第9戦ポルトガル
スペインGPのあと、水曜日に引退が発表になった。実は引退は、今シーズンはじめに決断していたことだった。開幕戦の日本GPで、日本のファンの前で引退を宣言し、2021年シーズンを走るつもりでいた。しかし日本GPがキャンセルとなり、今シーズン皮切りのイタリアGPでは優勝、引退を伝えていたチームなども、もしかして引退撤回して、もう1年走るのではないかと思っていたかもしれない。しかし、藤波の意思はかたまっていた。
それでも、スペインGPの時点では誰にも知られることはなかった。藤波引退か、のうわさはパドックではもう何年も前から言われていて、それに応えて藤波も「今年でやめる」と何度も言ってきた。なのでパドックにそんな空気が感じられたとしても、どうせ続けるんでしょ?
と思われていたのではないか。
チーム以外で、唯一引退を伝えたのは、ドギー・ランプキンだった。ランプキンは本来ならポルトガルに行く予定はなく、日曜日には別のイベントの仕事が入っていたという。それでも藤波の引退を聞いて、急きょ土曜日だけポルトガルへ来てくれることになった。
ゴウベイヤの会場は2年前にも走ったことがあるが、今回はそことは別のエリアで、前半が川のセクション、後半がふかふかの土と岩盤のセクション群となっていた。パドック周辺の人工セクションはなく、ナチュラルなセクションばかりの12セクションだ。
見た目にはダイナミックでつるつるの岩も多かったのだが、藤波は神経戦を予想した。クリーン合戦にもなるのではないか。
しかし試合が始まってすぐ、第2セクションの登りで後輪が埋まってしまい5点。ここで失点したのは2ラップを通じて3人だけ、5点になったのは二人だけだから、手痛い失敗だった。試合の流れ的にも、藤波の気持ち的にも、これは痛かった。
さらに第5、第6と続けて5点になってしまった。この時点で15点の失点は大きいのだが、第6ではそれ以上に厳しい現実があった。マシントラブルだ。
第5で転倒した際に、セクションを構成する鉄の杭でリヤブレーキを破損してしまっていた。それに気がついたのが第6に入ろうかというときだ。もちろんセクションには入らず、修復に入った。使えなくなったリヤブレーキは交換するしかない。交換パーツはパドックにあるが、戻っている時間はない。マインダーのカルロスが乗るものと交換することになった。しかしリヤブレーキの交換はちょっとした大工事だ。ホイールを外し、サイレンサーを外し、2台のマシンの移植作業がおこなわれ、第6セクションに入ったのはGPクラス最後尾。すでに最終ライダーのボウも行ってしまっていた。第7は、下見もまだだったが、藤波はそのままトライして、ここを1点で抜けている。以後、時間に追われ、藤波は最後まで下見なしで1ラップ目を走りきることになる。
もうひとつ、大問題があった。藤波のマシンの修復が最優先だったので、カルロスのマシンはばらばらのままだ。藤波が下見なしでトライを続ける中、カルロスはまず自分のマシンを修復しなければいけない。これも、外部の手伝いはできないから、カルロス一人でマシンを修復。とはいえ、リヤブレーキは藤波号に移植してしまい、残されたのはこわれたものだけだから、カルロスはリヤブレーキなしで、残るコースを走ることになった。
移植修理中に、カルロスは1ラップ目にはついていけないから、と藤波に伝えてあった。だから藤波もその点は覚悟ができていたのだが、最終第12セクションをやはり下見なしでトライしようとしていたところ、なんとカルロスが追いついてきた。最終セクションに着いた時点で、すでに1ラップ目のタイムオーバーは必至だった。しかし最終セクションはクリーンが可能だったので、自分から5点をもらってタイムオーバー減点を減らすより、さらなるタイムオーバー覚悟でトライ。きっちりクリーンして、タイムオーバー2点をもらうことになった。
1ラップ目の最後は、ライダーとマインダーが揃い、スコアは26点。これにタイムオーバー減点が2点加わり28点。第4セクションでは藤波の前、ガブリエル・マルセリがトライしようというときになって、マインダーの命綱のロープがほしい、いやいらないという問答が起きて、これで時間もかかってしまった。問答するなら、時間を止めてほしいところだが、それはなく、ただ問答ばかりの時間が流れた。結果的に、これがなければタイムオーバー減点はなく、なんとも歯がゆいところでもあった。
4つの5点、タイムオーバー、マシントラブルと、散々な1ラップ目になったが、それでもこの時点の結果は6位。ポジションは意外に悪くない。2ラップ目、挽回のチャンスはありそうだ。
マシン調製をし、カルロスのマインダーマシンはリヤブレーキを装着し、2ラップ目に入った。
1ラップ目に5点だった第2をクリーンして、2ラップ目の藤波は好調だった。2段の大岩がそそり立っていた第5は5点その他細かい減点をしながら、第10セクション。ここはぬたぬたからそそり立つ岩盤でみんなが落ちていたが、藤波は新たなラインを見いだして、3点で抜けた……。と思ったのだが、オブザーバーは5点を宣告している。なぜ?
止まったということだが、ポイントを前にためながらの停止は、その手前でもやっているし、どのライダーもやっている。いったいなにをして停止とされたのか、納得がいかない。それまで、誰も走っていなかったラインを走ったので、意表をつかれ、他のポイントでは許してしまっていた程度の停止を5点と採点してしまった、というのが真相ではないかと思われるが、一度出した判定を、そのオブザーバーは断固あらためようとはしなかった。これもくやしい5点になった。
残り2セクション。藤波は悔しさいっぱいだった。そこまでのスコアは41点、6位のミケル・ジェラベルトは39点、5位のマテオ・グラタローラは38点。非常に僅差だったから、この日の12セクションにあったいくつかの不運がなければと思うと、くやしくてたまらない。
しかも藤波の背後には、ジェロニ・ファハルドもいた。ファハルドはすでにゴールしていて、そのスコアは42点。藤波の方が時間がかかってしまっているから、つまり第11、第12で1点でもついてしまうと、ファハルドに逆転を許してしまうことになる。
最後の最後まで、藤波は勝負に徹して走った。最後のセクションに来たとき、藤波を待っていたたくさんのお客さんの歓声があったが、しかしまだ終わっていない。残り1セクションをきちんと走り終えるまで、藤波は引退できない。
最終セクションをきちんと走りクリーン。登りきってわずかに向きを変えてセクションアウト。その瞬間、目の前に藤波を待つ顔顔顔……。そこで初めて、トライアルライダー藤波貴久がスイッチオフされ、あとは涙の時間となった。
26年間の戦いが、終わった。
「今回の成績も、ランキングも、本当に接戦で負けてしまっていたのでくやしくて、最終セクションを走っているときまでは引退どころではありませんでした。でもセクションアウトをした瞬間に、一気にこみあげてくるものがあって、終わったんだなぁと。
日本の皆さんには直接引退をご報告したかったし、最後の走りを見てもらいたかった。やる気になれば、まだ走れる自信もあります。走るなら体制は準備するとも言ってもらっていました。それでも、今年の初めに決断した通り、ここで区切りをつけて、人生の次のステップに進みたかった。日本の皆さんには申し訳なかったと思いますが、これからの藤波貴久にも、ご期待いただきたいと思います。
まだいつになるかはわかりませんが、必ず、日本の皆さんの前で、引退をご報告したいと思っています。26年間、熱い応援を、ほんとうに、ほんとうに、ありがとうございました」
土曜日 | ||||
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1位 | トニー・ボウ | (スペイン・モンテッサ) | 20 | 20 |
2位 | アダム・ラガ | (スペイン・TRRS) | 24 | 17 |
3位 | ハイメ・ブスト | (スペイン・ヴェルティゴ) | 26 | 15 |
4位 | ガブリエル・マルセリ | (スペイン・モンテッサ) | 33 | 14 |
5位 | マテオ・グラタローラ | (イタリア・ベータ) | 38 | 11 |
6位 | ミケル・ジェラベルト | (スペイン・ガスガス) | 39 | 11 |
7位 | 藤波貴久 | (日本・モンテッサ) | 41 | 13 |
8位 | ジェロニ・ファハルド | (スペイン・シェルコ) | 42 | 10 |
9位 | ホルヘ・カサレス | (スペイン・ガスガス) | 53 | 12 |
10位 | ブノア・ビンカス | (フランス・ベータ) | 62 | 7 |
世界選手権ランキング | ||||
1位 | トニー・ボウ | (スペイン・モンテッサ) | 172 | |
2位 | アダム・ラガ | (スペイン・TRRS) | 150 | |
3位 | ハイメ・ブスト | (スペイン・ヴェルティゴ) | 122 | |
4位 | マテオ・グラタローラ | (イタリア・ベータ) | 112 | |
5位 | ミケル・ジェラベルト | (スペイン・ガスガス) | 95 | |
6位 | 藤波貴久 | (日本・モンテッサ) | 94 | |
7位 | ガブリエル・マルセリ | (スペイン・モンテッサ) | 92 | |
8位 | ジェロニ・ファハルド | (スペイン・シェルコ) | 80 | |
9位 | ホルヘ・カサレス | (スペイン・ガスガス) | 57 | |
10位 | ブノア・ビンカス | (フランス・ベータ) | 38 | |
11位 | ダン・ピース | (イギリス・シェルコ) | 20 | |
12位 | テオ・コライロ | (フランス・ベータ) | . 5 |