2021年 世界選手権第1戦〜第2戦イタリア

2021年6月12〜13日/Tolmezzo(イタリア)

初日の7位から、完璧な走りで5年ぶりの勝利!!

photo2020年は10月にシーズンが終わり、それからこの6月まで、今年のシーズンオフも長かった。感染症防止のためのロックダウン処置はだいぶ緩和されたが、世界選手権開催の状況など、まだまだもとどおりにはなっていない。

藤波らのマシンは、日進月歩で進化がある。その進化をしっかり結果に結びつけるのがライダーとチームの仕事だが、思うようにテストができず、開発陣と同じ現場を共有するのもむずかしい。

藤波は、2年前の終盤戦から仕様の新しいマシンに乗っている。見た目にはほとんどわからないが、目ざとい人なら、ちょっとちがうのはわかるかと思われる。しかし外観より、中身はより変化がある。それだけ高性能ということだが、その分、慣熟も必要になる。2019年、このマシンに乗り始めたときには、悪くない結果が得られた。さらに乗り込んだ2020年、藤波は成績を大きく落とす結果になった。まだ慣熟が足りなかったのか、新しいマシンのセッティングをまちがえたのか、それに加えて、始まったと思ったらあっという間に終わってしまうスケジュールが、藤波には災いしたのかもしれない。

このシーズンオフ、藤波は精力的に仕事をした。少しずつテストができるようになったが、日本の技術者はスペインには来れない。テレビ電話で打合せをする際には、日本語担当の藤波の存在が大きい。テストがうまく進むと、トレーニングも楽しい。藤波には、新しいマシンをつかんでいる実感が、日に日に大きくなっていった。

2020年シーズンから、予選はやらずに、前回までの成績順にそってスタート進行が行われている。開幕戦だから、昨年の成績順。藤波のスタートは後から7番目。世界選手権では、ひとりずつ1分半の間隔を置いてスタートしていく。

●1日目・土曜日

photo2021年シーズンの滑り出し、第1セクションはクリーンしたが、第2ではストップをとられて5点になってしまった。

今回、トップでスタートしたのは、トライアル2からGPクラスに復帰してきたイタリア人のマテオ・グラタローラ。地元選手のトップクラス復活とあって、地元ファンの期待は大きい。グラタローラの3人あとにスタートした藤波は、グラタローラのラインを見ることができた。

しかしイタリア大会でのイタリア人ライダーとあって、どうもオブザーバーの判定がひいき目だ。今回のグラタローラは、難所を次々に攻略していって、観戦に訪れたイタリアのファンを興奮させていたが、停止判定が甘い。それを見て同じように走った藤波が、停止5点を取られたというのもあった。ともあれ、グラタローラの走りは、あんまり参考にしない方がよさそうだ。それにグラタローラも、ライバルには走りを見られたくないのか、どんどん先へ進んで、藤波には追いかけられなくなってしまった。

しかしあとになって、第2セクションのこの5点はカウントされないことになった。藤波のあとをガブリエル・マルセリがトライ、セクションの大岩がずるりがさりと崩れてしまった。それで、その後のトライをどうするか、試合をどう続行するか、オフィシャルが相談を始めて、10分ほどの問答の末、このセクションの1ラップ目はキャンセルとなって試合が続けられることになった。

藤波は第3セクションでも5点。今回のイタリア大会は、岩も手ごわいが、それ以上に土の登りが難関だ。難関ゆえにライバルも減点が多いが、トップグループは減点を最小限にまとめてくるから、このあたりの5点をどこまで減らしていけるかが、上位獲得のカギになる。

photo第4は1点、第5はクリーンしたものの、第6から第9まで、連続で5点になってしまった。乗っている感触は悪くないのだが、結果がよくない。歯がゆいところだ。第10をクリーンしたあと、残る2セクションも5点になって、1ラップ目の藤波は36点で終えることになった。1ラップ目の順位は、6位となる。表彰台まで19点と、ちょっと差はつけられたが、5位のファハルドまでは4点だ。

今回、1ラップ目と2ラップ目のインターバルは、これまでの20分から45分となった。インターバルが長すぎて、間延びしてしまうのではないかとの不安もあったが、気温も高く、疲れもあったので、この休憩時間は悪くはなかった。そして45分後、2ラップ目がスタートした。

2ラップ目、1ラップ目にキャンセルになった第2セクションも復活して、藤波は序盤4セクションをクリーンした。なかなか見事なリカバリーだ。順位も、5位まで浮上した。4位までも5点差くらいで、上昇傾向だ。

しかし残念、藤波の追い上げは第10セクションで終わった。トップグループにとってはここはクリーンセクションだったが、ここで藤波はテープを切ってしまった。クリーンセクションでの5点は痛かった。さらに第11セクションで5点、第12セクションで3点となった藤波は、ここでファハルドとマルセリに逆転を許してしまった。2ラップ目第10セクション以降の藤波の減点は13点、ファハルドは3点、マルセリは7点と、この3セクションの失速は大きかった。

終わってみると、藤波の成績は7位。シーズンオフにしっかり仕事をして、しっかり乗り込んできた実感はあったし、感触は悪くなかった。それなのに、シーズンが明けてみたら結果は7位と、2020年シーズンに落としたランキングと同じ順位だ。もはや、41歳の世界選手権挑戦はこんなものなのかと、あきらめの気持ちも、藤波の中にめばえ始めていた。しかし藤波は、世界一、あきらめの悪い男でもある。

●2日目・日曜日

photo7位と、ちょっと失望の藤波だったが、希望もあった。ライディングの感触が、昨シーズンとはまったくちがったことだ。去年は、まったく乗っている感触がなかった。なんで失敗したのかがわからない。原因がわからないから、改善もできない。クリーンをしても、なんでうまくいったのかがわからない。わからないから、1ラップ目に行けたところを、2ラップ目に失敗したりしていた。徹底的に、うまくいかなかった。

しかし今シーズンは、乗っている感触はしっかりとある。なんで失敗したのかもわかる。なんでうまく走れたのかも、ちゃんとわかっていた。このいいフィーリングは、シーズンオフに乗り込んで得ていた感触と共通している。状態は悪くないはずだった。だから、それだけに、結果がついてこないところが歯がゆかった。

日曜日のスタート順は、土曜日の結果に準じて決められる。しかし藤波のスタート順は土曜日と同じ、後から7番目。ただし土曜日朝のPCR検査で陽性が出てしまったホルヘ・カサレスは戦列離脱しているから、藤波の前には、ダン・ピースとミケル・ジェラベルトがいるだけだ。土曜日のスタートは午前10時からだったが、日曜日は午前9時からのスタート進行になる。こういったスケジュールは、世界選手権ではめずらしい。

藤波は、第1、第2とクリーンして試合を始めたあと、しかし第3から第6まで、連続1点をマークする。第6セクションはクリーンを狙うと失敗のリスクが高く、最初から1点を狙ってトライしたのだが、それ以外はクリーン狙いだ。それでも今回のセクションは一瞬で5点になってしまう設定が多かったから、ミスが出たと思ったら足を出して1点で切り抜けるようにした。足をつかずに切り抜けられる状況もあったかもしれないが、修正をしているうちに停止5点を取られるリスクもあったから、とにかく5点にならないようにと、足を出していく走り方を選んでいる。

この日、トニー・ボウは絶好調だった。第5セクションまでをすべてクリーン。その他のライバルにはけっこう5点があって、アダム・ラガにもハイメ・ブストにも5点が出た。第5セクションまでを5点なしで抜けているのは藤波とボウとファハルドと、3人だけになった。

藤波の5点なしはその後も続く。5点なしで試合を進めていけたのは藤波とファハルドだけで、クリーンの大行進が続いていたボウも、第6セクションで5点になってしまった。5点一つのボウと、5点はないが細かい減点のあるファハルド、同じく5点なしで細かい減点がちょっと多い藤波が、トップ3を争う展開だ。

しかし、鬼門は最後の2セクション。藤波はこの2セクションをともに5点。この日初めての5点だが、これで順位を落として、1ラップ目はブストと同点の4位になった。それでも、土曜日の1ラップ目から2ラップ目、そしてこの日の1ラップ目と、状況は確実によくなっている。乗れている実感があって、失敗の原因をしっかりとつかんでいるから、完全ができる。それが結果に結びついている。この調子なら、2ラップ目にもうちょっと状況を改善して、表彰台も狙えるかもしれない。45分の長いインターバルの間にしっかり休息をとって、藤波は2ラップ目に希望をいだいていた。

photo2ラップ目、クリーン合戦が始まった。第5セクションまでをすべてクリーンしたのは、1ラップ目と同様にボウと藤波、そしてブストとアダム・ラガだった。ラガは1ラップ目に減点が多くて6位からの追い上げになる。

第6セクション、ここでボウ、ラガ、ブストが5点になった。彼らが5点になった頃は、藤波はすでに先のセクションに進んでいる。藤波としては、第6はクリーンでいくのは無理だろうと思っていたが、1点なら自信があった。そのとおり、ここまでクリーンをしてはいたが、第6はしっかり1点にまとめている。この時点で藤波はトップに躍り出たのだが、藤波とボウやラガのトライには時間差があったため、藤波陣営は順位やライバルの動向をしっかりとは把握していなかった。ただ藤波には、今日は乗れている、調子は悪くない、という感触はしっかりあった。試合中もリラックスしていて、マインダーとの間で冗談も交わしていた。

第7セクションからは、またクリーン合戦。ブストは第6での5点のあと崩れて、5点を連発した。クリーン合戦のライバルはボウとラガの二人になった。第10セクションまでを終わって、2ラップ目に9個のクリーンをたたき出したのは藤波とボウとラガの3人。この時点での減点は、藤波がトップで19点、ボウが20点。ただし藤波が第10セクションに来た頃、ボウはまだ第6あたりにいて、順位も定かではない。

最後の2セクション。ここは藤波にとって鬼門だ。土曜日にも、ここで一気に点数をつめられ、逆転されている。ここは土の斜面で、藤波にとっては得意パターンのはずなのだが、それだけにここがうまくいかないのは不満のあったところだが、そんな状況だから、最後まで気を抜いてはいけない。

すると、第11セクションを2点で抜けることができた。この週末、4回目にして初めてアウトまでたどり着いた。残り1セクション、ここで、表彰台は確実との情報を得た。あとになって計算すると、実は第11セクションを走り終えた時点で、藤波が21点、ボウが25点、ファハルドとラガが32点と、2位以上が確定していたのだが、現実には、ボウが第11セクションをトライしたのは、藤波がゴールしたあとだった。

最終第12セクション。ここで、2位は確実、という情報が入った。優勝争いのライバルは、チームメイトのボウ。よし、それならちょっと攻めて走ってみるか、と藤波は考えた。そして、見事、1点で抜けた。なんと、ただ一人、2ラップ目は5点なし。そのスコアは、たったの4点だった。なんという完璧なラップだったのだろう。トータル減点は22点だった。

藤波がゴールしたとき、ボウとラガはまだ第10セクションにいた。藤波の22点に対し、第10セクションまでのボウは20点。ボウが両セクションをクリーンすればボウが優勝、藤波が2位。ボウがふたつのセクションであわせて3点以上とれば、藤波が優勝となる。ボウの結果待ちだから、藤波の優勝のチャンスは、この時点でもなお大きくはなかった。それでも、最後の2セクションは本当に難関だったから、なにかのドラマは起きるのではないかと言う期待はあった。

photo第11セクションではボウが5点となり、ここで藤波の勝利は決まっていたはずなのだが、LIVE速報の反映が遅くて、藤波らはまだその結果を知らずにいた。そして最終セクション、ボウが5点になったのを見て、初めて勝利を確証したのだった。

2016年フランス大会以来、5年ぶり。41歳5ヶ月。34勝目、歴代5位の記録。ボウと二人で、ワンツー表彰台。この勝利には、いろんな評価がある。ただし藤波本人は、2016年以降も、表彰台には乗っていた実感があって、そんなに勝利がなかったのかという思いもあった。

と同時に、この年になってもう一回優勝できるとも思っていなかった。優勝を狙って走る、優勝できなければ表彰台を狙う、調子が悪くても、表彰台をキープできるようにがんばる。これはいつも変わらぬ目標だが、ほんとうに優勝してしまうとは!

41歳での勝利は、世界選手権史上、最年長の記録。藤波貴久、41歳にして、やってしまった。

○藤波貴久のコメント

「やりました。やってしまいました。ほんとに、この年でもう一回優勝できるとは思ってなかったけど、勝ってしまいました。乗れている感じはあったし、土曜日の1ラップ目から、どんどんよくなっていく実感もあったし、調子がいいのもわかっていましたけど、まさか優勝するとは!
それにしても、日曜日の2ラップ目はすごかった。自分でもすごかったと思います。でき過ぎでした。今回5年ぶりに勝って、あらためて思うのは、優勝すると、みんなの喜んでくれる感じが、表彰台に上がったのとはぜんぜんちがうな、ということでした。みんなに、あんなに喜んでもらって、それでぼくも、あらためてすごいことをしたんだなと発見しました。41歳、やればできる!
やりました!」

World Championship 2020
土曜日
1位 トニー・ボウ (スペイン・モンテッサ) 24  14
2位 アダム・ラガ (スペイン・TRRS) 25   13
3位 マテオ・グラタローラ (イタリア・ベータ)  40  12
4位 ハイメ・ブスト (スペイン・ヴェルティゴ) 44   10
5位 ジェロニ・ファハルド (スペイン・シェルコ) 55   7
6位 ガブリエル・マルセリ (スペイン・モンテッサ) 60  7
7位 藤波貴久 (日本・モンテッサ)  62  7
8位 ミケル・ジェラベルト (スペイン・ガスガス)  65  8
日曜日
1位 藤波貴久 (日本・モンテッサ) 22   12
2位 トニー・ボウ (スペイン・モンテッサ) 30   18
3位 アダム・ラガ (スペイン・TRRS) 36   13
4位 ジェロニ・ファハルド (スペイン・シェルコ)  38  8
5位 マテオ・グラタローラ (イタリア・ベータ)  43  11
6位 ミケル・ジェラベルト (スペイン・ガスガス)  44  9
7位 ハイメ・ブスト (スペイン・ヴェルティゴ) 45   13
8位 ガブリエル・マルセリ (スペイン・モンテッサ) 46  11
世界選手権ランキング
1位 トニー・ボウ (スペイン・モンテッサ)  37
2位 アダム・ラガ (スペイン・TRRS)  32
3位 藤波貴久 (日本・モンテッサ)  29
4位 マテオ・グラタローラ (イタリア・ベータ)  26
5位 ジェロニ・ファハルド (スペイン・シェルコ)  24
6位 ハイメ・ブスト (スペイン・ヴェルティゴ)  22
7位 ミケル・ジェラベルト (スペイン・ガスガス)  18
8位 ガブリエル・マルセリ (スペイン・モンテッサ)  18