2019年最終戦。2018年にランキング6位となった藤波は、ジェロニ・ファハルドとランキング3位を争って最終戦を迎えることになっていた。藤波のランキングポイントは88点、対してファハルドは95点。7点差は逆転可能な点差だが、簡単ではない点差だった。
ところが最終戦を前にして、藤波のところにうわさ話が流れてきた。ファハルドのランキングに異変があるのではないか、という話だ。2018年最終戦で、ドーピング検査があったのは周知のことだった。ドーピング検査の結果は、しかるべきところに公表されている。ところがそこには、ファハルドの結果だけが明らかにされていなかった。なにかあったのだということは想像がつく。ただ、ドーピングに限らず、こういう話がいつの間にか穏便に処理された例はいくらでもあるから、またなにかあったのだろうなと、この件についてはあまり深く考えないようにしていた、というスタンスだった。最終戦のレースウィークを迎えてもなにも発表がないから、この件は半ば忘れていたところ、金曜日になって突然、ファハルドがドーピング陽性となっていて、1年間の資格停止を受け入れたとの発表があった。
ファハルドが2019年に積み上げたランキングポイントはすべて消滅した。藤波のランキングポイントは97点となり、ランキング3位で最終戦を迎えることになった。ランキング4位はハイメ・ブストで、その点差は12点差となった。ふつうに走れば、まずランキングの逆転はないが、まったく可能性がないわけでもない点差ではある。
ふつうに走れば大丈夫。しかしこの「ふつうに」がむずかしい。ここで決着がつく、この1戦で2019年が締めくくられる、そんな思いが、どこか藤波の走りを狂わせていた。1ラップ目、その走りは、本人いわく、まったくよくない、というものだった。
この日、藤波の予選順は8番手。予選1回目には足をついてしまっていたので、2回目は絶対に足をつかない前提で、持てる力の6割か7割くらいで走った。予選トップは狙っていなかった。もっとも予選トップは今の顔ぶれからすると、狙ってとれるものでもないのだが、むしろ藤波は、積極的に予選トップを狙わずにいた。
今シーズン特に、時間が足りなくなるケースが多い。後ろの方を走ると、自ら試合のペースを作るのは不可能に近い。ペースが作れるのが、だいたい半分くらいのポジションにいる場合と、藤波は読んでいた。
実際のところは、藤波の予選は8番手で、予定よりちょっと悪かった。今回は12人が出場するので、藤波の前には4人のライダーしかいない。それでも、予選2回目では足をつくわけにはいかなかった。足をついてしまうと、トップスタートになってしまう恐れがある。それだけは避けなければいけなかったから、8番はよくもないが、悪くもない結果だった。走る順番だけ考えれば、よいスタート順とはいえないが、それでも一番や二番スタートよりは、ずっといいと、藤波は考えていた。
しかし第1セクションで2点。12人中8人がクリーンした第1での2点。もっともこの減点は、まだまだ挽回ができるものだし、そんなに気にするものではなかった。しかし第5セクションで5点。これはよろしくなかった。停止5点をとられたのだ。それもホッピングをしたりするポイントを過ぎて、下りに入ってちょっとブレーキをかけたところでの5点だった。これは納得がいかない。納得がいかないけれど、判定はくつがえらず。調子がよくないところに持ってきて、こういうことが起きるというのは、今日はつきがないのかと思ってしまう。
第5に続く第6でも藤波は5点となった。ここは5点の多かったセクションだが、前の方を走る藤波にとって、ライバルの動向はわからない。自分が5点でも、ライバルは最少減点でまとめてくるのではないかという心配はつきない。結果、ここはボウとダビルが1点で抜けただけで、他はみんながみんな5点だったが、それはあとになって知ったことだ。
その後、第9や第13は抜けておきたい、抜けなければいけないと考えていたセクションだったが、ここでも藤波は5点となった。どうにも波に乗れず、なんとか5番、6番に入りたいと願うような展開かとも思われた。減点速報を見ると、ブストがなかなかいいペースで走っているようで、もしブストが勝利をすると、藤波は7位以上にならなければいけない計算になる。
第8セクションからは急な岩盤が続いていたが、この頃、時間もなくなってきた。そんな中、クリーンすべき最終セクションで失敗して、5点になってしまった。これは時間がなかったのではなく、走りのミスだった。気持ちオーバーハングとなっていた岩を、フロントをつって越えていこうとしたのだが、そこまでマシンが上らなかった。フロントをつろうとしなければ、まちがいなくいけていたとこすだ。この5点は、ちょっと痛い5点となった。
そして1ラップ目、藤波のタイムオーバー減点は2点。藤波の時間が足りないということは、後ろを走る面々はもっと時間が足りない。ボウやブストは8点、ファハルドには10点ものタイムオーバー減点があった。ただしこういった情報はあとでわかったことだった。藤波とラストスタートのボウの間には10分以上の時間差があり、さらにスタートの遅いライダーは10分近いタイムオーバーがあったから、藤波がピットで1ラップ目と2ラップ目のインターバルを送っている間に、トップグループはまだ帰ってきていなかった。
2ラップ目に入った第1セクションで、藤波は1ラップ目の成績を聞いた。藤波は6位で、ブストは4位ということだった。それまで、ブストは1位か2位、ということだったから、そのつもりでブストとのポイント差を計算していたのだが、藤波にとっては楽なカタチで予想がはずれていた。しかもブストとは4点差だから、2ラップ目の走り次第では、ブストより上位でゴールもできそうだ。チャンピオンシップ3位を獲得するのに、これは朗報だった。ただその一方で、ビンカス、ジェラベルト、カドレック、ダビルらが数点以内で藤波を追っているから要注意だ。
2ラップ目、気持ちを切り替えた。1ラップ目、停止5点をとられた第5は1点で抜けたが、次の第6はクリーンした。このクリーンは大きかった。ちょっとした安心材料だ。しかしその後、第8で5点。これはちょっとやばいなと思う。浮き沈みをしながら、しかし第12など、しっかり抑えるべきところを抑えられたので、順位は大きく飛んではいないだろうとの感触はあった。少し順位を上げて、5位くらいには入れたのではないかなと、藤波は思っていた。5位でも6位でも、ランキング3位は決まったはずだった。
ゴールして、パドックには戻らず、そのまま最終セクションで後続を待った。2ラップ目はタイムオーバーがなく、藤波の減点はトータルで64点。2ラップ目は減点を14点減らすことができたが、ライバルも同じような戦いをしてくるのではないか。ボウとラガの二人は減点が離れていて、この二人が1位と2位を得るのはまず確実だった。
ほどなく、ブストがやってきた。最終セクションまでで、ブストは62点。藤波とは2点差だ。最終セクションを2点までで抜ければ、ブストの4位以上、藤波の4位以下が決まる。ところがブストは、ここで5点になった。1ラップ目の藤波と、まったく同じような失敗だった。これで藤波の4位以上が決まった。残るはファハルドだ。
今シーズン、ファハルドには何回となく順位争いをし、たびたび敗れている。ドーピング問題でランキング的には大きく後退したが、ファハルドとは最後まで順位を争うことになった。ファハルドは、最終セクションを前に減点64点。藤波とは同点だった。しかしクリーン数でファハルドがひとつ勝っている。ファハルドが最終をクリーンなら、ファハルドの3位が決定する。そして、ファハルドが最終を失敗する可能性は、ごくごく低かった。
そしてファハルドがトライ。やはりファハルドはクリーンで、これで勝負は決着。藤波の減点64クリーン12、ファハルドは減点64クリーン14、だったかに思えた。
ところがゴールしてみると、ファハルドには2ラップ目のタイムオーバーがあった。2ラップ目にタイムオーバーしたのは、ファハルドだけだった。2ラップ目のタイムオーバー減点はわずか1点だったが、大きな1点だった。
最後の最後で3位獲得。これは藤波自身も驚きの結末となった。表彰台獲得で、ランキング3位獲得。藤波貴久の、2019年シーズンが幕を下ろした。
「今回の最終戦は、表彰台にのったのがなによりうれしい結果となりました。ぎりぎりの表彰台でしたが、今までぎりぎりで表彰台を逃してきたこともありますし、大会中は表彰台を狙うなどという状況ではなかったので、この結末は驚きでした。最終戦での表彰台は、ここ10年くらいないんじゃないかと思います。1日トライアルをして、大勢の決まった最後の5分10分で5位から3位になるなんて、ぼく自身も驚きでした。ファハルドがドーピングでひっかかったからランキング3位になれたと見られるのはいやだったので、本当は7点差をひっくり返したかったんですが、ドーピングの結果なしだと5点差くらいになります。ただ、最後で表彰台に乗ったので、いいシーズンだったといえると思います。今年はケガがなかったのがとにかく大きかった。そして順位も安定していた。それが今シーズンの収穫です。ぼく、世界一あきらめの悪い男といわれているんです」
*最終戦の表彰台は藤波の記憶通り2009年(2位)以来。ただし、最終戦が2日制だった時代の1日目には、2012年(2位)、2010年(3位)にも表彰台に乗っている。
日曜日 | ||||
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1位 | トニー・ボウ | スペイン・モンテッサ | 36 | 20 |
2位 | アダム・ラガ | スペイン・TRRS | 43 | 17 |
3位 | 藤波貴久 | 日本・モンテッサ | 64 | 12 |
4位 | ジェロニ・ファハルド | スペイン・ガスガス | 65 | 14 |
5位 | ハイメ・ブスト | スペイン・ヴェルティゴ | 67 | 15 |
6位 | ミケル・ジェラベルト | スペイン・シェルコ | 69 | 12 |
7位 | ホルヘ・カサレス | スペイン・ヴェルティゴ | 70 | 14 |
8位 | ブノア・ビンカス | フランス・ベータ | 83 | 12 |
世界選手権ランキング | ||||
1位 | トニー・ボウ | スペイン・モンテッサ | 160 | |
2位 | アダム・ラガ | スペイン・TRRS | 134 | |
3位 | 藤波貴久 | 日本・モンテッサ | 112 |
|
4位 | ハイメ・ブスト | スペイン・ヴェルティゴ | 96 | |
5位 | ホルヘ・カサレス | スペイン・ヴェルティゴ | 81 | |
6位 | ジェイムス・ダビル | イギリス・ベータ | 80 | |
7位 | ブノア・ビンカス | フランス・ベータ | 69 | |
8位 | ミケル・ジェラベルト | スペイン・シェルコ | 66 |