開幕戦イタリア大会を6位になって日本に帰ってきた藤波貴久。今回の日本GPは日本大会20周年となっている。2000年に第1回大会が開催されてから、毎年欠かさず参加しているのは、藤波のほかは、小川友幸、黒山健一、野崎史高の3人だけだ。
毎年、1週間前にはホンダの本社でトークショーとデモンストレーションがある。これにぎりぎりで帰国した藤波は、おかげで、他の来日組より、少し時差ボケ対応に余裕ができる。
イタリアでの6位は残念な結果だった。表彰台に乗れなかったという成績の上ではもちろんだが、終盤まで4位を守っていて、最後に失敗が続いて6位まで転落してしまっていた。そこがなんとも残念だった。昨今の世界選手権は中堅クラスがとても伸びてきていて、トップグループでもちょっと失敗すると5位以降、へたをすると10位くらいまですぐに落っこちてしまう。とても厳しい戦いになってきている。
そんなわけで、6位は残念だったが、内容的には納得できるものがあった。ヒザの負傷から始まって、毎年なにか体調面でのトラブルがあった。去年は開幕直前に肩の大けがをしてしまい、けがと闘いながらのシーズンとなった。
ヒザのケガも肩のケガも、厳密には完治したわけではなく、多少なりとも動きに問題があったりはするのだが、しかし今年、そのコンディションはこの数年例がないほどによくなっている。自分の思った通りのコントロールができている。表彰台には乗れなかったが、表彰台争いができる力を持っていることは確認ができた。あとは、その証明をするだけだった。
ご存知、今年の日本GPは、予選が行われた金曜日の午前中は大雨。ちょっとずつ天候はいい方向になり、土曜日は時々雨、日曜日は時々晴れ間も見えるお天気だった。
金曜日に下見をした段階では、セクションは雨設定になっていて、雨ならむずかしい、晴れたら簡単、という読みだった。
金曜日午後、予選が行われる。去年は、練習、Q1、Q2と3回走っていたが、今年は練習なしで、Q1、Q2の2回を走る。去年までは、Q1の結果でQ2のスタート順が決まり、Q2の結果で翌日のトライアルのスタート順が決まるレギュレーションだったが、今年はQ1とQ2のどちらか、いいほうのタイムが予選結果として採用されることになった。これまでは、一か八かの大勝負を打つか、手堅くクリーンを狙ってそこそこのポジションを狙うか、どちらにしても決勝のスタート順はQ2の一発勝負だったのだが、今年からはちょっと作戦が立てやすくなった。この規則は本来ならイタリア大会から採用のはずだったが、イタリア大会では全員5点という結果に終わっているため、きちんとスタート順に反映されたのは今回が初めてとなった。
ちなみに、2日制の場合の2日目のスタート順は、これまでは予選結果に準じていたが、今年からは1日目の順位に準じることになった。3年前に戻って、納得できる規則となった。ただし2日制が組まれているのは日本大会だけなので、他の大会でこの規則が運用されることはない。
藤波はQ1では2点をついた。これは失敗だった。Q1ではまずクリーンをして最低限の順位を確定しておいて、Q2でタイムアップを狙うというのが今年の予選の作戦だったのたが、それがうまくいかないことになった。Q1では5人がクリーン、1点が一人、2点減点したライダーの中では藤波が一番速かったので、Q1での順位は7位。もうちょっと上位を確保しておきたいところだ。
Q2に向けて、藤波はさすのセッティングをちょっと変更した。そのほうがセクション中ほどの岩を越えるのに調子がいいと思ったからだ。しかしQ2では、それが裏目に出た。思った以上にはねてしまって、それで足が出ることになった。1点。Q2でのクリーンは4人。1点減点の中では藤波は3番手で、Q2の順位も7番手。しかしQ1、Q2を合わせた順位では、藤波は10番手ということになった。GPクラスは全員で15名だから、藤波の土曜日のスタートは早い目ということになった。
しかし藤波はポジティブに考えた。金曜日にたっぷり降った雨は、地面にしっかりしみ込んでいて、そうそう乾かない。この泥が岩の表面にのると、もてぎのセクションは強烈にむずかしくなる。スタート順が早ければ、岩に泥が乗る前に、走り抜けられるセクションが出てくるかもしれない。また、ラップの終わりには時間が残り少なくなることも予想される。これもスタート順が早い方が、タイムオーバーのリスクは少しは回避できるかもしれない。
ジャック・プライス、ダン・ピース、野崎史高、ハイメ・ブスト、藤波貴久、そして小川友幸という順でスタートした。小川の後は、フランツ・カドレック、ミケル・ジェラベルト、ジェロニ・ファハルド、ホルヘ・カサレス、ブノア・ビンカス、トニー・ボウ、ジェイムス・ダビル、アダム・ラガと続く。
セクションは、下見をした時点とそんなに変わっていなかった。第13、第14、第15は難セクションが続いていて、下見をしていてもこの3セクションはむずかしかった。もし時間がなければ、このどれかを申告5点として先を急ごうと思っていた。
序盤、第1、第2と連続クリーンをしたのは藤波だけだったが、そこから3連続5点となってしまった。このセクション群はずるずるの難セクションで、連続5点は残念だが、しかしそれほど致命的でもない。うまく抜けられても3点となることが多いから、失敗との点差は2点となる。クリーンセクションでの5点とは意味がちがうわけだ。
そんな状況だったから、トライを進めながら、接戦の中にいるのではないかとは感じていた。スマートフォンアプリによる試合速報は入ってくるが、藤波のスタート順が早くペースが早いため、暫定で出てくる順位は藤波が下位に出てくることになる。
そしてやはり、1ラップ目後半、時間がなくなってきた。申告5点で先を急ごうと思っていたセクションが、実は聞いていたより簡単に設定しなおされていて、これでは申告5点で抜けていくわけにもいかないと、これで時間配分がちょっと狂ったりもした。
第13セクションは3点、第14は3点でならもしかすると抜けられたかもしれないが、ここは申告5点で先を急いだ。最終第15セクションは、元から水が流れているから、雨が降ってもコンディションが変わらない。ここをクリーンして1ラップ目を終えようと考えたのだが、停止をとられて5点となった。これで1ラップ目が終了。
藤波がゴールをして10分ほどすると、スタートの遅かったグループも含めて全員がゴールする。藤波の順位は3位だった。2位のラガには2点差だから、2位進出のチャンスもある。しかし4位に3点差、5位に5点差、6位に8点差と、順位が入れ替わる可能性は大いにある。1ラップ目の3位で喜んでいるわけにはいかなかった。断じて気をゆるめるわけにはいかない。
藤波は、勝負は後半だと思っていた。3点か5点かというセクションでは、大きな差はつかない。第12は、クリーンをするのはむずかしいが、クリーンも可能だ。最終第15は、むずかしいのは入口だけで、そこを抜ければあとはそんなにむずかしくない。こういうところで5点になってしまうと、勝負に影響が出てくる。
2ラップ目後半、やはり時間がなくなってきた。第14セクションにきた時、藤波の前に黒山と小川がいた。スタートはほぼ同じだから、藤波が時間がないということは、彼らも時間がないのは同じだ。しかし彼らは、残り時間が少ないことを気にしている藤波に、自分のトライ順を譲ってくれた。
第14は、1ラップ目は申告5点でトライしていてないから、2ラップ目が初めてのトライとなった。ややこしいポイントがあって、そこで1点2点と減点しているライダーが多い。しかし藤波は、ここをどうしてもクリーンしようと思っていた。クリーンしか、頭にない。
それが裏目に出た。勝負に出たポイントで転倒。ここは5点となった。これは痛い5点となったが、しかし藤波はあきらめていない。3位なのか4位なのか、あるいは5位なのかはわからないが、ベストを尽くして最後まで走るだけだ。
最終第15セクション。ここでも、藤波は時間に焦っていた。藤波の前に並んでいたのは野崎だった。野崎もまた、順番を譲ってくれて藤波を先に行かせてくれた。いつもは、海外勢のそういうシーンを、たった一人の日本人として見守るしかない藤波だが、母国GP、日本の仲間はありがたいと思わせる瞬間だった。
ここは確実にクリーンしようと考えた。それができるセクションでもあった。ただし1ラップ目に停止で5点をとられているので、そこは気をつけなければいけない。ストップをとられないようにとられないように、そこを気を配って走ったのだが、残念、クリーンはならずに1点。
それでもこの1点が、藤波に表彰台を呼び込んだ。藤波が第15セクションを走り終えた頃は、ファハルドも藤波と熾烈な勝負をしていたが、ファハルドは第12から3連続5点。最終セクションでは、藤波のポジションを脅かす者は、もはやダビルただ一人となっていた。試合を終えた藤波の減点が75点に対し、最終セクションに到着したダビルは74点。クリーン数がどうなっているのかはわからないが、ダビルが2点をつけば藤波がダビルを上回るのは確定的となる。
その頃藤波は、ゴールしてパドックに戻り、一人スマートフォンをにらんでいた。ダビルの点数を知るためだ。試合を追ったスタッフはそのまま最終セクションで試合を最後まで見守っていて、藤波の周囲にはごくわずかのスタッフがいるだけだった。
最終セクションをトライしたダビルは、1回、2回と足をついた。結果、ダビルの減点は3点。これで、藤波の3位表彰台が確定的となった。
うれしい表彰台となった。肩の不調を抱えていた去年も表彰台に乗ってはいるが、奇跡のような、周囲の脱落で舞い込んだ表彰台だった。今回の表彰台は、藤波が自力で勝ち取ったものだ。このシーズンオフにやってきたことが、しっかりと実を結んだという実感もあった。
喜びの3位入賞になった。去年は3位表彰台の翌日に9位と落ち込んだが、今回は去年とは比べものにならないほどに調子がいいから、きっと別の結末が待っているはずだ。もちろん、勝負は甘くないから、気を引き締めなければいけない。
日曜日に、天候が回復傾向なのはわかっていた。土曜日は天候のいたずらで難攻不落のセクションが多かったが、日曜日はこれまた天候の加減でセクションは簡単方向になるのはまちがいない。
いつものとおり、ボウはFIMにセクションを思いきりむずかしくしてもむずかしすぎることはないと進言する。藤波も、これには同意見だった。当日になって、FIMは、セクションは前日と変わっていないという説明をしてきた。しかし明けてみると、セクションは全体的に簡単になっていたのだ。同じような設定に見えるが、加速部分がほとんどすべてのセクションにわたって、広がっていた。
こりゃ、たいへんなオールクリーン勝負になるぞ、とはボウの予測だった。藤波も同感だった。とにかく、失点を可能な限り食い止めなければ、勝利も上位入賞もあり得ない。
しかしトラブルは、第1セクションから発生した。セクション中盤で、エンストしてしまった。足をつかずに始動させれば減点にはならないが、停止は5点となるのがノーストップルールだ。藤波は必死でマシンをホッピングさせてマシンを動かし、その間にエンジンを始動させるという離れ業を見せた。
実はその後もこんな兆候は出ていたのだが、幸いセクションでエンジンが止まったのはこれ一回だった。土曜日に悪戦苦闘セクションとなった第4、第5は、この日はクリーンセクションとなっていた。しかし藤波は、第3で1点を失っている。飛び降りのポイントで、足が出てしまった。
やっちまったなぁ、という思いだった。ただしまだ1点だ。その後、第7で1点をついた藤波だったが、よく減点をおさえて第10までを2点でまとめた。第11はクリーンを狙うも2点。ストップ5点を警戒して2点でまとめたというところだ。第12の3点は、これもベストではないがベターの結果だった。その先、第13から第15までが勝負のポイントになる。
第13は5点。1ラップ目のここは、ボウしかクリーンしていない難セクションだった。第14は3点。結果を見るとカサレスやジェラベルトが1点で抜けているから、これもベストの結果とはいえないが、5点となっているライバルも多いから、この3点もまずまずだった。そして最終第15。
最終第15は、判定も走りのポイントも、土曜日にだいたいつかんでいる。今回のここは、自信あり、というところだった。たくさんのお客さんの声援も、藤波を押し上げた。そしてクリーンだ。このクリーンは、藤波の順位を大きく押し上げた。第13で5点になった時には5位だった藤波は、第14の3点で4位となり、第15のクリーンで、一気に2位までジャンプアップしている。逆に、仮にここが5点なら、1ラップ目の順位は7位まで落ちている計算だから、今の世界選手権の層がいかに厚いかということになる。
1ラップ目と2ラップ目の間の20分間休憩では、藤波パドックはちょっと大慌てだった。第1セクションで発生したエンストは、たまたまのアクシデントではなく、電気トラブルだった。この対策で、ワイヤーハーネスの全交換という大作業を行ったのだ。これで電気トラブルに悩まされる心配はなくなった。反面、いつも1ラップ目と2ラップ目の間に行うクラッチのメンテナンスができず、その点は不安な2ラップ目への突入となった。
この日、勝負どころは後半の第12以降、そこまでは限りなくオールクリーンが必須で、たとえ減点があっても1点2点ですませたいエリアだった。
第1、第2、第3をクリーンしての第4。土曜日と異なり、この日はクリーンセクション。1ラップ目の藤波は1点をついているが、今度はクリーンしなければいけない。藤波は、ここからはマッピングをウエットモードに選択した。ここまでもセクションの一部をウェットモードで走り、好感触を得ていたからだ。しかしそれが失敗。この日のコンディションと藤波の感覚からすると、ウェットモードは加速がにぶすぎた。5点。
この5点は痛い。クラッチ操作に神経を使いながら、ウェットモードは封印し、残るセクションに最善を尽くすしかない。とはいえ第7で2点を失ったりなど、完璧とはいかない。
第10セクションを終えて、一時は5位まで交代していた藤波の順位は3位に復活していた。藤波は22点。カドレックが23点、ダビルとカサレスが24点と、藤波の周囲は大接戦だ。後半の難セクションをすべてクリーンするは不可能かもしれないが、難セクションをクリーンすれば、そのライダーがぽんと順位を上げてくる。順位を守りきるには、難セクション群のいくつかを華麗に走り抜けていかなければいけない。ただしこの時藤波は、自分が3位にいるとは把握していなかった。とにかく、ベストを尽くすしか作戦はない。
第11は1点、第12は3点。第13は、最初の勝負どころだった。1点か、もしかしたらクリーンも狙える。最後までクリーンを狙い、しかしぎりぎりのところでいけず、5点になった。これで順位を落としたかと思ったが、14へつくと、ダビルが5点になったという情報があった。まだ可能性はある。ならば、第14はなにがなんでもクリーンしようと、気持ちを強くした。
気合いの入ったトライで、第14をクリーン。そして最後のセクションに到着すると、そこで3位が決定したという情報が届けられた。2日間連続の3位表彰台が決定だ。
最終的には、4位に6点離しての表彰台だった。もっと接戦だと思っていたから、この結果にはちょっとびっくりしたものだったが、ともあれ、両日3位はなによりうれしい結果だった。
土曜日は、早いスタートで先行した。日曜日は、最後から3番手でトライが始まった。もしも、と藤波は言う。日曜日にスタートが早かったら、ここまでクリーンを自分に課さずに、1点か2点でいいかなと思ってしまったのではないか。絶対にクリーンしようという気概で臨めたのは、スタートポジションが(後ろから)3番目だったからかもしれない。
昨年、体調の不調で結果的にランキングを6位まで落とした藤波だったが、コンディションを調整した今年、表彰台に上がる実力を、いまだ充分に持っていることを証明できた一戦だった。とはいえ、今シーズンがこのままいけるかというと、そんなに甘い話ではない。ここまでまだ3戦しか終わっていないが、3戦ともに表彰台に上ったのはボウとラガだけ。開幕戦で2位に入ったファハルドは、日本GPの日曜日には9位まで落ちてしまっている。この混戦模様は、もちろん藤波とて他人事ではない。
これからいっそう気持ちを高めていかなければいけないと身を引き締める藤波だった。
「やりました。うれしいし、なにより日本で2日間表彰台に乗れて、ほんとうによかったとほっとしています。両日表彰台は、もうずいぶんやっていない気がしていましたが、3年前の2016年にやっていたんですね。去年もおととしも表彰台には乗ってるんですが、この2年間の表彰台と、今回の表彰台ではないようがぜんぜんちがいます。きちんと走れば表彰台につながってくるという自信をあらためて持つことができたし、その証明もできました。今年は今までとはちがいますが、それでもひとつまちがえれば6位にも9位にもなってしまうのが今のトライアルGPですから、片時も気をゆるめることなく、闘っていきます。日本での応援、本当にありがとうございました」
土曜日 | ||||
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1位 | トニー・ボウ | スペイン・モンテッサ | 48 | 14 |
2位 | アダム・ラガ | スペイン・TRRS | 71 | 10 |
3位 | 藤波貴久 | 日本・モンテッサ | 75 | 11 |
4位 | ジェイムス・ダビル | イギリス・ベータ | 79 | 11 |
5位 | ジェロニ・ファハルド | スペイン・ガスガス | 81 | 8 |
6位 | フランツ・カドレック | ドイツ・TRRS | 93 | 9 |
7位 | ハイメ・ブスト | スペイン・ヴェルティゴ | 98 | 8 |
8位 | ホルヘ・カサレス | スペイン・ヴェルティゴ | 98 | 5 |
日曜日 | ||||
1位 | トニー・ボウ | スペイン・モンテッサ | 0 | 30 |
2位 | アダム・ラガ | スペイン・TRRS | 20 | 23 |
3位 | 藤波貴久 | 日本・モンテッサ | 31 | 19 |
4位 | ジェイムス・ダビル | イギリス・ベータ | 37 | 19 |
5位 | ホルヘ・カサレス | スペイン・ヴェルティゴ | 38 | 16 |
6位 | フランツ・カドレック | ドイツ・TRRS | 41 | 20 |
7位 | ハイメ・ブスト | スペイン・ヴェルティゴ | 47 | .15 |
8位 | ミケル・ジェラベルト | スペイン・シェルコ | 49 | 18 |
世界選手権ランキング | ||||
1位 | トニー・ボウ | スペイン・モンテッサ | 60 | |
2位 | アダム・ラガ | スペイン・TRRS | 49 | |
3位 | 藤波貴久 | 日本・モンテッサ | 40 | |
4位 | ジェロニ・ファハルド | スペイン・ガスガス | 35 | |
5位 | ジェイムス・ダビル | イギリス・ベータ | 33 | |
6位 | ハイメ・ブスト | スペイン・ヴェルティゴ | 29 | |
7位 | フランツ・カドレック | ドイツ・TRRS | 28 | |
8位 | ミケル・ジェラベルト | スペイン・シェルコ | 24 |