2018年 世界選手権第1戦スペイン

2018年5月20日/カンプロドン(スペイン)

欠場もあり得た開幕戦、8位を得る

photo2018年のトライアルGPが開幕する。今年はXトライアルもケガなく終え、これまでに負った負傷も、完治はともかく、ずいぶんよくなっている。久々に、調子のいい状態でシーズンを迎えられると、藤波自身も楽しみにしていた開幕だった。

シーズンインに先駆けて、スペイン選手権が開催された。藤波は通常、これに出場していない。スペイン選手権はストップルールとなっているから、世界選手権の練習としてはあまり的確ではない。ただし今回は、アウトドアの試合勘を養っておくこと、試合のインターバルが開くこと、そして開催地の標高が、開幕戦と同じくらいの高さであることなどがあって、大会の直前に出場することにした。今回の開幕戦の、5週間前のことだった。

いま、スペイン選手権もトライアルGPと同様に、予選が行われている。試合に参加することにはしたが、まずそのタイムスケジュールなどがよくわからない。誰に聞いてもよくわかんないと答えられるまま、気がついたら練習走行が始まっていた。スタートラインに出向くと、もう予定の時間いっぱいだから、今すぐなら走ってもいい、とオフィシャルがいうので、ではちょっと走ってみるかなと下見をしないでマシンを入れた。

photoところがそれがよくなかった。前タイヤをつっていくところで、思ったより木が湿っていた。それで、リヤがスカッと逃げてしまった。ふつうなら、前転を避けるためにマシンを跳び箱のようにして、前方へ勢いよく飛び降りるのだが、そこにはお客さんがいて、みんなが見ているというのと、なにより、なんとかこらえられると思ってしまった。しかしこらえられなかったのだ。それで、頭から落ちていくことになった。

こけた瞬間、右腕が上がらないというのはわかった。しかし右の肩は以前に筋を切っているから、それが悪化したかな、くらいに考えていた。打ったのは左の頬と左の肩で、そちらは外傷もちょっとひどかったが、右肩には傷ひとつなかった。この事故でスペイン選手権への出場はやめて、それからしばらく療養に入ったのだった。

最初は、5kgくらいのものが持てなかった。トレーニングのダンベルでなく、ミルクとか、日常的なものが持てない。1週間休んで、エキシビションの仕事があったのだが、ぜんぜん腕に力が入らず、たいへんな思いをした。そこから、精密検査を行ったのだが、靱帯の損傷や骨折はなかった。トニー・ボウにも「そういうことはときどきあるけど、10日くらいすると力が入るようになる」といわれて、少し待ってみることにしたが、回復しない。どうやら首からきている神経がつぶれているのではないかということになり、神経注射や電気治療、針などもしてみたが、あまり進展がない。

4週間バイクに乗らず、するとまた別のエキシビションの仕事が入り、その週末にチームの写真撮影があって、それでバイクに乗ることになった。しかし力が入らないのは変わっていない。フロントがぜんぜん上げられない。これでは開幕戦には出場できない、という事態になった。

photoそれでも、今回の開幕戦は参加が15名だ。ゴールさえすれば、ポイントは1点もらえる。選手権の終盤になって、あの1点があればと後悔しないよう、スタートだけはすることにした。開幕戦1週間前の金曜日に治療をして、土曜日の朝に載ってみて、月曜日に少し力が入るようになっているのを確認、火曜日に神経専門の先生に診てもらって注射。水曜日、少しずつ力が入るようになってきた。木曜日、本番車は整備中なので、セカンドバイクをワークショップ内で走らせ、金曜日にはもう会場入りをしていた。出場は決めたが、走れるかどうかはまったく未知数だ。

開幕戦のスタート時、回復度合いは50%くらいだったろうか。その1週間、2週間前なら、その度合いは10%か20%くらいだったのではないだろうか。

予選のスタート順を決めるQ1はともかく、Q2での藤波はよくなかった。クリーンしたライダーの中では最も遅く10位。ボウは1回足をついて、藤波の前でスタートする予選11位だった。ボウもインドアでの背中の負傷が完治しているとはいえず、レプソルHondaの開幕戦は、ちょっとどたばただ。

photo予選トップはハイメ・ブスト。去年までチームメイトだったブストがライバルとなって、いよいよ世界のトップを目指し始めている。油断できないが、今回の藤波はブストを相手にしている場合ではない。ちなみに、今年のFIM規則では、予選の上位3人には選手権ポイントが与えられることになっていた。1位3点、2位2点、3位1点。ただしこれは事前に選手やチームから猛反対にあって、実現しないで却下となっている。

藤波のスタートは、かくして後ろから10番目、前から5番目になる。先頭は今年からGPを走るイアン・ロバーツ、次がアレックス・フェレール、フランツ・カドレック、オリオル・ノグエラ、そしてボウ、藤波、さらにジェロニ・ファハルドと続く。正直なところ、先頭の何人かはラインの参考にもなってくれそうにないが、ボウから藤波までが3人いっしょというのは、スタート順が悪い中ではラッキーだった。

ただし、ラインはまったくついていない。下見の段階であてにしていたラインは、すぐ前を走ったトライアル2のわだちでかき消されていた。それをもう一度、ラインを見えるようにしてトライしようと思うと、あとからやってきた連中が先にトライしてしまったりして、どうも具合が悪い。そんなことをしているうちに、時間ばかり使ってしまうのだ。

そうこうしているうちに、肩にはどんどん力が入らなくなってくる。序盤は悪くはなかったのだが、第9あたりであやしくなって、第10で手がはずれた。手がはずれたまま走ってなんとかまたハンドルに手を添えて、ばたばたの3点で出たりもしたのだが、戦況はどんどん悪くなってくる。第12から最終までは、ずっと5点だ。

力は入らない。ハンドルを引くことができない。坂を登っているときでも、ハンドルは引きつけているものだが、それもできない。なにもできないといっていい。

スタート順が早かったから、結果のライブ速報では藤波の点数が真っ先に確定される。あとから来るライダーは藤波が5点となったセクションをまだやっていないから、その分、点数が少なく表示される。なので実際以上に藤波の順位は悪く見える。しかし1ラップ目、全員がゴールしてみると、藤波のポジションは12位だった。悪く見えているだけではなかった。

photoトップ争いを見ている場合ではないが、トップのボウは13点、2位のブストが25点、3位ホルヘ・カサレスが33点と、10点ずつの差で並んでいる。ここからは何人かが接戦で、35点にファハルド、36点にラガ、39点にジェイムス・ダビル、43点でアルベルト・カベスタニー。

藤波は53点で、カベスタニーに追いつくのも厳しそうだ。しかし同じくらいの点数のライバルを見ると、49点にノグエラ、50点にジャック・プライスとブノア・ビンカス、55点にミケル・ジェラベルトとフェレールがいる。この争いのトップに出れば10位までポジションは上げられるし、この集団の最下位だと14位まで落ちることになる。

2ラップ目、とにかく、上腕二頭筋が痛い。藤波は考え方を変えて、走り方を変えてみた。クリーンを狙うのではなく、とにかくマシンを走らせて、人間は乗っているだけ、すべてのセクションをバタバタの3点で抜けようという作戦だ。もちろんトライアルGPのセクションだから、マシンに座って運んでもらっているだけで抜けられるセクションなどほとんどない。しかし藤波に残されたのは、それで事態を切り抜けることだけだった。

それが功を奏したか、あるいは1ラップ目とは天候条件がちがうので、それでセクションが楽になっているということもあったかもしれない。クリーンを狙っていないのに、1ラップ目には一つもとれなかったクリーンもとれた。

photo第4、1ラップ目は1点で抜けているが、2ラップ目は時間がなくなるのがいやで、さっさとトライして5点になった。第5も、1ラップ目には3点で抜けているが、ここは申告5点で先を急ぐつもりだった。第6からは川のセクションなので、雨が降ってもさほど条件が変わらない。結局藤波は、持ち時間を15分ほど残してゴールした。

藤波がゴールしてから20分ほどの間に、ほとんどのライダーがゴールしてきた。トップグループとの点差はあいかわらずで、こちらは望みがない。けれど藤波と8位を争うグループとはやはり僅差だ。特に最終セクションは、よくても2点、3点ならよいほうで、ふつうは5点になってしまうというセクションだったから、誰かが最終セクションを走るたびに、藤波の順位はぽつぽつと上がっていった。最後はプライスが最終で5点になって、藤波と同点ながら、1点の数の差で(クリーン数は同じ)藤波が上位に出て、8位を決めた。

ゼッケン5番、最低でもランキング3位を目指す藤波としては、8位はお世辞にもよくない結果だが、しかし今回は状況が状況だ。その上で、14位になってもおかしくない戦況で8位を得た。最悪は出場できないという可能性もあったのだから、この結果はよい結果だと喜ぶべきだ。

ここからは、上げていくしかない。次は2週間後の、ニッポンだ。

○藤波貴久のコメント

「たいへんな開幕戦になりました。結果の8位は最悪だけど、最悪の中では最高の結果でもありました。ケガをしてからの4週間は絶望的な状況でしたが、レースウィークに入ってからは徐々によくなっているのが体感できましたから、あと2週間、日本GPまでにはさらに回復をしていると思います。ひどいときは肩も腕も痛くて、肩や腕の稼働域も少なくなってしまっていました。今は、周囲の痛みもだいぶひいてきています。ただ、ずっとオートバイに乗らずに、ぶっつけ本番で試合をすることになったので、試合を終えた今は、珍しく、筋肉痛が出ています」

World Championship 2018
日曜日
1位 トニー・ボウ スペイン・モンテッサ 43  1
2位 ハイメ・ブスト スペイン・ガスガス 60 4
3位 ジェロニ・ファハルド スペイン・ガスガス 75  5
4位 ホルヘ・カサレス スペイン・ヴェルティゴ 76  3
5位 アダム・ラガ スペイン・TRRS 77  5
6位 ジェイムス・ダビル イギリス・ベータ 82  2
7位 アルベルト・カベスタニー スペイン・ベータ 88 2
8位 藤波貴久 日本・モンテッサ 102 2
世界選手権ランキング
1位 トニー・ボウ スペイン・モンテッサ 20
2位 ハイメ・ブスト スペイン・ガスガス 17
3位 ジェロニ・ファハルド スペイン・ガスガス 15
4位 ホルヘ・カサレス スペイン・ヴェルティゴ 13
5位 アダム・ラガ スペイン・TRRS 11
6位 ジェイムス・ダビル イギリス・ベータ 10
7位 アルベルト・カベスタニー スペイン・ベータ 9
8位 藤波貴久 日本・モンテッサ 8