オーストラリア大会から2週間、1年ぶりの日本での戦いがやってきた。この2週間、久しぶりの日本での生活を楽しみ、その間全日本選手権の観戦にもでかけ、幼なじみであり仕事仲間であり兄貴である小川友幸の優勝にも立ち会い、充実した日々を送ってきた。久々の日本でのトライアル、藤波の走りを楽しみにしているファンのみなさんと同様に、藤波も日本で走るのを楽しみにしていた。
今年の規則により、金曜日の下見は1時間半とあっという間の間にすまさなければいけない。セクションの場所と、岩なのか泥なのか濡れるのかの確認だけしたらそれでおしまいというあわただしさだ。その際の感触だと、セクション難度はどれも低め。オーストラリア同様の神経戦となるかもしれないという予想も立てられた。ただしこれはすべてがうまくいった際のスコアだから、実際にはミスもあり、また今年はノーストップルールでライダーには思いがけない5点も起こりうる。優勝が一桁減点というのは、可能性はゼロではないにしろ、あまり現実味のない予想ではあった。
藤波のスタートは、前回オーストラリアの2日目の順位によって、後ろから6番目となっていた。すぐ前にはジェイムス・ダビル、後ろにはアルベルト・カベスタニーがつける。
第1、第2と小気味よくクリーンをして第3で1点、続く岩盤のセクションで5点となった。ここは藤波の調子の善し悪しのバロメーターともってしまっている鬼門で、この5点はちょっと幸先が悪い。ここのなにが苦手、ということではないが、過去の失敗がトラウマになってしまった苦手ゾーンだ。とはいえ、失敗の理由はわかっている。失敗した最後の岩場に向かう加速で、後輪がざくざくの岩のかけらに乗って滑ってしまったからだ。失敗の理由がわかっているから、対処はできる。しかし序盤からの5点は痛い。
いっぽうボウは、負傷の影響で第3で5点を取っている。この日好調なのはアダム・ラガとカベスタニーだったが、もちろん藤波はいつものとおりまわりを気にせず、自分のペースを守って走っている。
中盤には、泥の上りのセクションがあって、ここでカベスタニーが失速している。今回のセクション群は、バリエーションが豊富で、ここで好成績を挙げるには、すべてのコンディションでよい走りをする必要があった。藤波はパーフェクトではなかったものの、まずまずバランスよくどこも攻略しているといえる。鬼門の岩盤も、2ラップ目にはクリーンをした。
ところがこの頃、上空には不穏な雲が現れてきていた。遠くで、雷も鳴っている。天気予報では雨が降ってもおかしくない様子だったのだが、しかし事態はさらに意外な展開となった。雷警報のため、屋外にいるものはすべて屋根の下に避難しなさい、という指令である。
こんなことは世界を回るライダーも初めての経験だから、戸惑いは大きかった。怒ってしまうライダーもいた。ライダーとしては、突然の中断はうそでしょう?というものだったから、藤波がパドックへ向かったのは中断の指示が出てからしばらくしてからだった。
ルールによると、中断になった場合には再開はなく、その時点で競技は終了となっていると、誰かが指摘してきた。となると、このまま試合は中止になるのか、競技の2/3を終えていないから、この大会はキャンセル扱いになるのだろうな、表彰台が寝られる位置だったし、もったいないなと、藤波は考えていた。片づけこそしていなかったが、もう一度競技に戻るという空気は、このときのパドックには流れていなかった。
しかし突然、あと30分で競技再開、というアナウンスがあった。それから再開までは、たいへんだった。一度モードが変わってしまったモチベーションを元に戻すのは、至難だった。精神的には、1日にふたつの試合をこなすようなものだった。
それでも試合再開以降の藤波は、1ラップ目と同等か、それ以上のパフォーマンスを見せて試合を進めていくのだった。
3ラップ目、第7セクション。ここは泥の上りの手前に、2段の大岩があって、一つ目を上がってから間髪を入れずに二つ目に挑まなければいけず、さらに助走がない湿気った斜面から、延々と上まで上がっていかなければいけない難セクションだ。この、2段の大岩の先に、岩から飛び降りるポイントがあった。悪夢はここで起こった。飛び降りには注意を払っていたが、下りながらの飛び降りでは、想定以上に膝に衝撃が来る。藤波の膝は、ここで激しく前に押し出されてしまった。
負傷以来、感じたことがない違和感が藤波を襲った。それでもこのセクションはクリーン。すぐに応急処置をするも、直後は試合がこのまま続けられるものかどうか、絶望的にさえなる状況だった。すでに3ラップ目で、残るは5セクションでしかないが、ゴールが気が遠くなるような遠いものに思えるほど、藤波の膝は深刻だった。
思わず天を仰いでしまうような逆境だった。しかしこういった逆境は、初めてではない。むしろ、毎回のように、なにかのアクシデントが藤波を襲ってきた。毎回、これ以上の逆境はないと思えることが起きるが、今回もまた、過去最強の逆境になった。
しかし藤波のそれ以降のスコアは、1ラップ目2ラップ目と比べても遜色がない。藤波の強さの現れだ。最終セクション、いつもなら、ここで点数の把握をすることが多いが、今回はセクションに到着したときに、まわりにモンテッサのスタッフが見当たらず。正確な点数を把握しないまま、セクションに入った。残念ながら最後のアプローチでグリップが乱れて5点。ノンストップでは、修正しきれないままトライを続けなければいけないことが多いので、こういう不本意な結果も多いが、それもまた勝負の結果だ。
しかし終わってみると、最終セクションが5点でも表彰台は確保できていた。反面、あと3点でボウを破って2位につけられる位置にあったから、膝の痛みに耐えてよくやったという思いがある一方、2位を取れなかった残念さとで、試合後は複雑な思いを持つことになった藤波だった。
膝の痛みは、処置はしたものの、もともと根本的になおすのは手術をして時間をかけるしかない負傷だから、いまさら一晩でどうとなるものでもない。ボウの肋骨の痛みと同じく、痛みと戦いながらトライアルをすることになる。
この日は、第3、第7、第8、第9が前日と変更になっていて、難易度を増している。第3はぐずぐずの加速ポイントから岩と丸太の連続技で、ほとんどすべてのライダーが5点になってしまった。藤波も、残念ながらここは3回とも5点だった。ここはボウが2回、カベスタニーが1回、走破できているだけだ。
今日は、岩盤セクションもクリーンをして、きのうよりも好調にも思えたが、今度は第8、第9が難関となっていた。特に轍のない斜面を斜めから上がる第9セクションは、5点のオンパレードだ。1ラップ目のここを3点で抜けられたのは、小川友幸だけだった。
土曜日は難セクションの一つだった第10セクション。土曜日の藤波は、水の中から岩の壁にマシンをはわせて登っていた。これなら、1点は覚悟しなければいけないが、確実に1点で上がれるという(藤波以外のライダーが、このやり方で確実に1点で行けるとは限らない。むしろ不可能に近い)。しかしこの日、藤波より前を走るライダーは別のラインを見つけ、クリーンもけっこう出るようになっていた。
しかし藤波は、そのラインが半信半疑だった。それでもクリーンが出るラインはそこしかないので、藤波は思いきって壁に飛びついた。不安は残っていたから、アクセルを多めに開けて、落ちるより行き過ぎるほうを選んだ。するとやはり、飛びすぎた。1点足をつくも、これは想定内。2ラップ目以降にはこのやり方で、2回ともクリーンしている。
今回のセクションは、難攻不落のセクションもあったが、比較的行ける可能性の高いセクションでも、一瞬のミスが5点につながるものだった。ましてノンストップルールである。3ラップ目、ラガが7点、ボウが8点のスコアをマークしているが、調子がよければそんなスコアも可能で、いっぽう、不運があればラップごとの減点が20点台となるのも考えられる範囲だった。
藤波のスコアは20点台前半で安定してしまっていた。2ラップ目、最終セクションについて点数の確認をする。すでに藤波の前でファハルドが5点になっていたから、逆転されることはない。最終セクションをクリーンしたカベスタニーとは5点差がついていた。こちらも、藤波に逆転のチャンスはない。
最終セクション、カベスタニーは3回ともクリーンで素晴らしい走りを見せていたが、藤波はカベスタニーのラインはとらなかった。クリーンの可能性もあるが、一瞬で5点の可能性もある。すでに勝負とは関係なくなってしまった最後のセクション。入口で5点となってお客さんをがっかりさせるのも藤波の意に反する。入口のむずかしい部分を1点で抜け、そのまま最後まで走りきるというのが、藤波の作戦だ。
そのとおり、1点で難所を抜けた藤波が、最後の岩盤にさしかかる。難所の2段は難なく抜けて岩盤に向けて加速。ここで、グリップを失ってしまった。そのまま岩盤にアプローチしたものの、残念5点。最後は5点だったが、もう一度やり直してここをクリアして、最後はエアターンでフィニッシュして、痛みと戦った2日間のホームグリンプリは幕を下ろしたのだった。
「膝の痛みとの戦いは、苦戦でした。でもそれは言い訳にはならない。やはり日曜日に表彰台に上がれなかったのはなさけないし、くやしいです。土曜日は、あと一歩で2位でしたから、やはり悔しさもあるのですが、膝のトラブルを抱えながら表彰台に上がれたという喜びもありました。ちょっと複雑なところです。日本での戦いは、やっぱりみなさんの応援が心強いです。みなさんあっての日本の藤波なので、たとえ5点になっても、元気なところを見せて次のセクションに向かおうとしたりしています。もちろん5点にならないほうがいいんですが。これで戦いはヨーロッパに移ります。ラガには先行されてしまいましたが、なんとか食いついて、残るシーズンをがんばってきます」
土曜日 | |||
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1位 | アダム・ラガ | ガスガス | 26 |
2位 | トニー・ボウ | レプソル・Honda | 42 |
3位 | 藤波貴久 | レプソル・Honda | 45 |
4位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 56 |
5位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 62 |
6位 | ジェイムス・ダビル | ベータ | 82 |
7位 | ホルヘ・カサレス | ガスガス | 84 |
8位 | アレクサンドレ・フェレール | シェルコ | 102 |
日曜日 | |||
1位 | アダム・ラガ | ガスガス | 40 |
2位 | トニー・ボウ | レプソル・Honda | 47 |
3位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 53 |
4位 | 藤波貴久 | レプソル・Honda | 63 |
5位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 66 |
6位 | 小川友幸 | ホンダ | 81 |
7位 | ホルヘ・カサレス | ガスガス | 89 |
8位 | アレクサンドレ・フェレール | シェルコ | 108 |
世界選手権ランキング | |||
1位 | トニー・ボウ | レプソル・Honda | 71 |
2位 | アダム・ラガ | ガスガス | 70 |
3位 | 藤波貴久 | レプソル・Honda | 58 |
4位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 52 |
5位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 51 |
6位 | ジェイムス・ダビル | ベータ | 38 |
7位 | ホルヘ・カサレス | ガスガス | 34 |
8位 | アレクサンドレ・フェレール | シェルコ | 30 |