2014年の開幕戦はオーストラリア。オーストラリアから2週間後の第2戦がツインリンクもてぎの日本GPとなる。南半球のオーストラリアでの世界選手権は、2年ぶり2度目となる。日本と同じく、ヨーロッパからの遠征だと、時差がある苦しい大会だ。
今シーズンは、下見についての規則がまた変わった。土曜日、日曜日、試合当日にはセクションの中に入っての下見が許されるようになった。反面、金曜日の下見はセクション内には入れず、時間も1時間半しかない。今回、試合時間は5時間20分あったが、金曜日にしっかりした下見ができていないため、試合中はかなり忙しくなってしまった。それでも以前のように下見ができるようになったのは、ちょっとだけ朗報だった。
金曜日に見た限りでも、セクションは簡単目で、神経戦が予想された。トニー・ボウなどは、むずかしければむずかしいほど実力通りの勝負ができると、このセクション設定にぶうぶう。文句を言いたげだった。失敗するところがない、というわけだ。
藤波とボウの予想では、14セクション3ラップの結果は、トップが5点から10点となるのではないかというものだった。いくら簡単といえど、目をつぶってクリーンできるようなものではないし、ノーストップのワナにかかってしまうこともある。本当にうまくいって、3ラップトータル一桁減点が、レプソル・ホンダチーム二人の読みだった。
FIMは、晴れたらセクション設定を考えるということで、そのとおり、土曜日の朝になってセクションは少しむずかしくなっていた。といっても神経戦であることには変わりない。
1ラップ目の持ち時間は3時間20分。13セクションと14セクションの間が離れているので、13セクションでタイムチェックを行い、14セクションはそこから20分以内に走り終えろ、というルールだ。下見をしてトライして、13セクションを3時間ちょっきりで帰ってくるのはなかなか厳しい。ましていくら簡単といえど、勝負どころになると流れが止まる。そうするとあとがきつくなってくる。
スタートはランキング(の逆)順だ。最後にスタートするボウが、時の王者を表す黒字のゼッケンをつけている。ランキング5番の藤波は、最後から5番目のスタートだ。すぐ前にはランキング6番のジェイムス・ダビルがいたが、藤波は淡々と自分のペースで試合を進めていた。
5セクションか、あるいは6セクションだったか、藤波は自分が乗れているのを自覚していた。ペースも悪くないので、そのまま順番を待つのではなく、先へ行ってやろうとペースを早めた。10セクションが岩が崩れてキャンセルになったので(2ラップ目以降は復活した)、ペースを早めた藤波にとって、時間的にも余裕ができた。
1ラップ目の13セクションが終わったときに、チームのマネージャーのオスカル・ジロー氏に「どう?」と聞いてみた。藤波は、ふだん自分の点数については把握をしたがらない。今日はちょっと聞いてみる気になったのだ。
ジロー氏は、しかしあんまり試合経過を正しく把握していなかった。正確じゃないけど、と前置きした上で、ジロー氏が教えてくれたのはボウがオールクリーンをしているだろう、それ以外のライダーは4点か5点とっているのではないか、というものだった。
事実は、ボウが2点(ボウは13セクションで5点となってしまうのだが、その時点ではまだトライをしていない)、ダビルが1点(同じく13セクションで5点)、ファハルドがオールクリーン(13と14で8点)、ラガが6点(13で2点)だったのだが、13を終えて2点の藤波は、少なくとも優勝争いにからんでいるのを実感して、2ラップ目に入っていったのだった。実は1ラップ目が終わった時点では、藤波は2位ダビルに4点差のトップだった。
2ラップ目、第3セクションで2点。やっちまったと思った。これでライバルに追いつかれた。試合は振り出しに戻ったなと思い、あとはもう点数を聞くことはなく、最後までトライに集中した。
3ラップ目に入って、別の問題が発生した。手も足もつりはじめたのだ。まず左足がつった。ケガを抱えているのは右足だが、もしかすると右足をかばって左足が疲労していたのかもしれない。あるいは、ケガをしてから5時間もの長時間にわたってトレーニングをしたことがないので、その影響もあったのかもしれない。オーストラリア大会の1週間前にはスペイン選手権があったが、藤波は大事を取ってこれには出場しなかった。つまり長時間のトライアルは、ケガ以来これが初めてということになる。
こうなると、勝つの負けるの、ケガがどうこうという以前に、体が最後まで持つのか、という一点が気になってくる。3ラップ目は、疲労との戦いだった。ところどころでマッサージをするなどして、藤波のペースは徐々に遅れてきた。最後にはカベスタニーにも抜かれたのだが、カベスタニーは藤波のすぐ後ろでスタートしているから、カベスタニーの後ろなら、タイム的にもそんなに心配する必要はないだろうと判断した。しかしこれは、少し甘かった。
13セクションでは、カベスタニーが先にトライをしていた。カベスタニーは5点になるのだが、5点になってからセクションアウトするまでが、異様にゆっくりだった。これはやられたと思った。自分が間に合うぎりぎりのタイミングでセクションアウトをすれば、藤波はタイムオーバーが確実になる。カベスタニーが試合状況を把握していたのかどうかはわからないが、藤波はちょっと窮地に立たされた。藤波の13セクションは1点。そしてタイムコントロールを受けると、残念、藤波は1分のタイムオーバーとなっていた。
そして最後の14セクション。あとから考えれば、14セクションは20分のうちに走ればいいので、時間は充分にあった。ゆっくり休んでからトライをしてもよかったのだが、藤波はさっさとセクションに入った。それがまずかった。トライ中に、腕がつった。つった腕では、まともなコントロールなどできようがない。これは5点になってしまうかもしれないという危機感と戦いながら、なんとかアウトした。ぎりぎりのクリーンだった。
腕をさすりながらパンチを受けていると、そこへボウがやってきた。ボウはこれから14セクションにインするというタイミングだったのだが、わざわざ藤波のところにやってきて、おめでとうと言うではないか。ボウはそこまでで9点、藤波は全セクションを終えて減点7。タイムオーバーの1点を加えても8点だから、勝っているはずだと。ボウは藤波勝利の方だけ伝えると、自分のトライに去っていった。
信じられなかった。ゴールをして、カードを提出して、それで思った。今日の試合はいい走りができた。優勝したのかもしれないし、もしかしたらまちがっていて2位なのかもしれない。でもどっちでもいいと思った。納得がいく走りができたのだから、それで今日は満足だと。
5分ほどパドックにいて、それからスコアボードのところへいってみた。そこで、藤波は自分の名前が一番てっぺんに貼り付けられているのを確認したのだった。
土曜日の夜は、遅く帰ってきたチームのメンバーを待って食事をしに行き、ビールで優勝の乾杯をした。ただし翌日も試合だから、一杯だけだ。
初めて5時間の競技を走り終えた藤波の体は、大きな問題なしで、一安心。少しだけ膝に痛みがあったので、まず水で冷やして念入りにマッサージ、それから熱いシャワーを浴びてケアをした。それよりも、つりまくりだった手足の方が気になる。1日走ってこれだから、2日目になったらいったいどうなるのか、それがちょっと不安なところだ。
開幕第1戦で優勝したから、スタートは一番最後。そしてゼッケンは黒字。その時点でのランキングトップを示すエリートゼッケン。この制度は最近のものだから、藤波がこれをつけるのは初めてだ。黒いゼッケンをつけた藤波は、みんなに冷やかされることになった。
この日、セクションは5つが変更になっていた。2、5、7、9、11。どれも難度が高く変更になっている。そして始まった2日目の競技だったが、まず第1セクションをクリーンして第2セクション。設定が変わって現れたビッグステアで落ちてしまった。さらに続く第3セクション。今度はむずかしい以前のポイントで5点だ。きのうは3ラップを走って7点だったのに、今日はいきなり10点を失った。
それでも、この日は昨日よりは設定がむずかしいし、どこかで挽回はできるだろうと藤波は考えていた。しかし現実は、挽回どころかどんどん藤波が崩れていく。これはなんとかしないとまずい。それで藤波は、4〜5人一気に抜かして、ポル・タレスらといっしょに1ラップ目を終えた。
1ラップ目を終えて、この日も藤波は状況を聞いている。すると、ボウとラガは二人だけ抜けているが、あとはどっこいだという返答だった。事実、1ラップ目の藤波は25点だったが、3位のファハルドが20点、カベスタニー22点、ダビルが藤波と同じ25点で5位となっていた。ボウの5点、ラガの10点はちょっと離れているが、表彰台の可能性はまだ残されているポジションだ。
そして2ラップ目。1ラップ目に5点になった第2セクション。1ラップ目とはちがうラインから飛んでのトライだったが、クリーンしたと思ってアウトしてみると、5点だという。どこでとられたのかわからないが、停止をしたので5点ということだ。ちょうどそこにはダビルもいたのだが、ダビルも一緒になって今の採点はおかしいのではないかと言ってくれた。競技中のライダーは、ほかのライダーの採点には口を出さないのがふつうだ。なのに思わず言いたくなってしまうほどのびっくりの採点だったということなのだろう。しかし結局、採点は変わらなかった。
第3セクションでは、大まくれをした。2ラップ目はみんな点数を抑えてくるだろうなと思っていたし、それに合わせて自分も減点を減らさなければと思っていた矢先の2セクション連続の5点だった。これは手痛い。さらに14セクション。ここでもあり得ない5点をもらった。藤波は、土曜日の3ラップ、日曜日の1ラップ目と、このセクションはどれもクリーンをしている。このときも、同じようにトライして、クリーンしたと思った。しかし停止5点だという。納得がいかない藤波の前で、フェレールがトライ。フェレールも藤波と同じようにトライをして、クリーンだった。さらに納得がいかない。するとファハルドがやってきて、やはり藤波と同じようにトライをする。すると今度は5点になった。なんだかさっぱりわからない。
すでに上位入賞は厳しい状態で、こうなると表彰台などとは言っていられず、いったい何位になるのかという心配が大問題となった。2ラップ目、藤波の減点はなんと33点。5位のカベスタニーの減点は1ラップ目と2ラップ目を合わせて33点だから、なんとも大差をつけられてしまった。しかも2ラップ目の時点では、藤波はルーキーのホルヘ・カサレスにも抜かれていた。カサレスの54点に対し、藤波は58点で7位。万事休すである。
それだけでは終わらなかった。3ラップ目。第1セクションに入る前に肩慣らしをしていると、フロントフォークから突然異音が出て、ショックストロークが半分くらいになってしまった。なにかのトラブルが起きたのはまちがいない。今は、ではどう対処するかが問題だ。
すぐにマインダーのバイクからスタンダードのフォークを外し、それを装着するという方法が一つ。メカニックがパドックまで帰って、藤波仕様の新しいフォークをとってきてそれに交換するという方法が一つ。がまんをしてそのまま走る選択肢が一つ。なんせストロークが半分しかないから、仕様がどんな状態であれ、交換したほうが走りやすいのはまちがいないのだが、3ラップ目に入って、時間も厳しくなっている。スタンダードを装着し、さらにパドックから持ってきた藤波仕様に再交換するのは、時間的に厳しい。藤波は、ひとまずそのまま、動かないフォークで戦いを続けることにした。
とにかくすごいショックだ。膝が心配だから、藤波は飛び降りなどには気を使っている。しかしそんなのは比較の対象にならないくらい、激しいショックだ。特に下りが厳しい。足の心配などまるっきり忘れて、手首や肩に衝撃が走る。しかしいくしかない。藤波の気合いに、もう一度火が入った。マシンをうまくコントロールするというレベルではない、藤波自身がマシンを運んでいく、持っていかないと、セクションのアウトまでたどり着かないというレベルである。すると不思議なことに、ここまで1日苦しんでいた走りだったが、一転、乗れてきたではないか。
こうして第5セクションまで走り終えて第6セクションに到着したとき、フロントフォークが到着した。ここでフロントフォークを交換した。すでに全員が先行し、藤波はボウの後ろで戦列に復帰することになった。3ラップ目の減点は11点だった。
もしかすると、カサレスにもタレスにも抜かれるのではないかと不安だった藤波だが、結果は6位だった。1戦と2戦を終えて、ランキングトップはボウで、ポイントは37点。藤波は30点でランキング2位となった。実はラガもファハルドも30点だが、優勝した藤波がランキング上位につけている。
喜びと残念と。悲喜こもごもの開幕戦となったが、レプソル・ホンダとして戦った第1戦、チームとしては両日とも優勝することができ、ランキングも1位と2位で次の日本に向かうことができる。まずは幸先がいい開幕戦だった。
「日曜日は7位になるのか、8位になるのかと思っていましたから、この走りで6位になれたのは、逆に割り切りができました。この週末は、優勝と6位でいいのと悪いのがいっしょにきてしまいましたが、ランキングで同点で並んでいる3人を見ても、2位と4位、3位と3位より、6位があっても優勝があったほうがうれしいなと感じています。今年はチームホンダとなって、より勝たなければいけない体制となっています。その緒戦で勝てたのはよかったし、勝てるポテンシャルがあるのも再確認できました。自信を持って日本へ帰ろうと思います」
土曜日 | |||
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1位 | 藤波貴久 | レプソル・Honda | 8 |
2位 | トニー・ボウ | レプソル・Honda | 9 |
3位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 11 |
4位 | アダム・ラガ | ガスガス | 11 |
5位 | ジェイムス・ダビル | ベータ | 33 |
6位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 34 |
7位 | ポル・タレス | シェルコ | 62 |
8位 | アレクサンドレ・フェレール | シェルコ | 70 |
日曜日 | |||
1位 | トニー・ボウ | レプソル・Honda | 7 |
2位 | アダム・ラガ | ガスガス | 13 |
3位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 39 |
4位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 39 |
5位 | ジェイムス・ダビル | ベータ | 50 |
6位 | 藤波貴久 | レプソル・Honda | 69 |
7位 | ホルヘ・カサレス | ガスガス | 81 |
8位 | エディ・カールソン | モンテッサ | 106 |
世界選手権ランキング | |||
1位 | トニー・ボウ | レプソル・Honda | 37 |
2位 | 藤波貴久 | レプソル・Honda | 30 |
3位 | アダム・ラガ | ガスガス | 30 |
4位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 30 |
5位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 23 |
6位 | ジェイムス・ダビル | ベータ | 22 |
7位 | ホルヘ・カサレス | ガスガス | 16 |
8位 | ポル・タレス | シェルコ | 16 |