Xトライアル第4戦は、第3戦から2週間後、ドイツのビーレフェルトで開催された。ドイツでのインドア世界選手権は久しぶり。藤波はランキング3位でドイツ入り。スタート順もトップ4人の中での抽選となって、今回はいつにも増して期待が持てる。2戦続けて表彰台に登った藤波貴久は、今回の試合に期待を寄せていた。そう藤波は、2004年1月、ドイツのインドア世界選手権で優勝を果たしている。これは藤波の唯一のインドア世界選手権での勝利で、そしてその年、藤波はアウトドアの世界チャンピオンとなったのだった。会場こそちがうが、ドイツ大会に際して、藤波には気合いが入っていた。
クォリファイ、藤波はトップ4人の中では最初のくじを引いた。くじ運がいいとは言えなかったが、それでも藤波の前にはジェロニ・ファハルドを含む5人のライダーが走っている。落ち着いてクォリファイに取り組むことができる。
ドイツのセクションは、やや簡単といえた。最初に走ったワイルドカードのジェイムス・ダビルは5セクションを走って5点が二つで10点。次のジャック・チャロナーはクリーンなしで23点と減点を積み重ねたが、アレッシャンドレ・フェレールとマテオ・グラタローラは11点で同点。ファハルドが10点と、クォリファイ争いもなかなか接戦となっている。
藤波は好調だった。ダビルとファハルドと比べても5点がなく、圧勝だ。結局第3セクションで1点をとっただけ。この時点で残りは3人だから、セミファイナルに進出する6人に残ったのはまちがいない。欲を言えば、誰かが2点ほど減点してくれれば、少しでも好順位でクォリファイを終えることができる。しかし藤波のあとを走ったアルベルト・カベスタニー、アダム・ラガ、トニー・ボウは、いずれもオールクリーン。藤波は4位でセミファイナル進出ということになった。
同点のトップ3人、5位争い、7位争いは、それぞれタイブレイクを行って順位がついている。ボウはラガよりカベスタニーより早くタイブレイクを走ったのだが、ターンのところで床がすべってつい足が出てしまった。これで、クリーンをしたカベスタニー、ラガより下位順位の3位でクォリファイ通過、ということになっている。
ボウのこの結果が、藤波のその後の戦いに影響を与えようとは、気がついていた者はあったろうか。セミファイナルの最初の戦いは、いつものとおり、ダブルレーン。勝負の組み合わせは、クォリファイ1位と2位、3位と4位、5位と6位となっている。つまり4位の藤波は、3位でクォリファイ通過のボウと対戦することになったのだった。
ボウの速さは天下一品だ。しかし藤波は、ボウに全力勝負で挑んだ。これまでの戦いで、セミファイナルではダブルレーンに勝利できるかどうかが最終結果にも大きな意味を持ってくることがわかっている。同点や僅差の勝負が多いから、ここでの1点はたいへんに重要なのだ。藤波はボウに「全開でいくよ」と宣言した。ボウもまたそれに応えた。チームメイト同士なのだから、チャンピオン決定戦に無理をさせないよう、ボウに勝たせろとか、あるいは藤波に好順位をとらせるよう、ボウにゆっくり走らせるとか、そういう指示はまったくなかった。今回に限らず、モンテッサがチームオーダーを出すことは、まずない。藤波とボウは、ガチンコ勝負のダブルレーンに挑んだ。
藤波はがんばった。速さでも圧倒的なボウを相手に、折り返し地点までは藤波の方が速かった。しかし後半、藤波がわずかにミスをした。マシンの姿勢のコントロールを誤って、マシンがつんのめってしまい、失速した。これで、ボウの勝利、藤波の負け、1点減点が決まった。
このシーズン、藤波が好調である理由のひとつに、ダブルレーンで負けが少ないことがあげられる。セミファイナル、ファイナルの最初に行われるダブルレーンは、勝てば気分がいいし、負ければ勝負のリズムを崩すことにもなる。勝負の流れ的にも、最初から1点のビハインドを背負って戦うのは、なかなか厳しい。
ダブルレーンに負けた焦り。これを、たった1点くらいなんとでもなると思い流すこともできたかもしれない。しかし藤波は、2戦連続で表彰台に乗ったことで、次はさらに上位の成績をと意気込んでいた。そんな中でのダブルレーン敗退だから、藤波の焦りは小さくなかった。いわば、自分で自分にプレッシャーをかけてしまった状態だ。
セミファイナルのセクショントライのひとつめ。ここは時間がぎりぎりという読みがあった。インを上って、一本橋から1.5mくらいの飛びつきをこなしていく。やさしくはないが、止まらずに走れるのではないかという読みもあった。1分を越えると、タイムオーバーの1点がつく。ただでさえダブルレーンで1点負けているのだから、ここでまた1点減点となってはいよいよ勝ち目がない。
藤波は、ここをノンストップで走ってみる気になった。それなら、1分以内で走りきれるにちがいない。その挑戦の結果、飛びつきポイントで落ちてしまった。飛びつく瞬間にからだがわずかにずれてしまった。そこで止まって、じっくり攻めていけば、あるいは結果はちがったかもしれない。しかし藤波は、セクションに入る前から、時間のことで頭がいっぱいだった。このセクションをオンタイムでクリーンすることが、藤波の唯一のテーマだった。
第1セクションで失敗したのは、藤波とラガだけだった。ラガはダブルレーンで勝っているから、1点差で藤波が最下位だ。続く第2セクション。今度はオーバーハングのステアケースがあった。手前には、きっちりきっかけが用意してある。最初にトライしたファハルドが落ち、カベスタニーが落ち、藤波も落ちてしまった。きっかけの位置が、本当に必要な位置より近い場所に設置されていた。正直にきっかけをつかったライダーは落ちて、きっかけを無視して離陸したライダーは、比較的すんなり上がった。ダブルレーンと2セクションを終えて、ファイナル進出の4位争いは3人の勝負、藤波とカベスタニー、そしてファハルドだ。ファハルドはここまで5点、カベスタニーが7点、そして藤波は11点。残るは2セクション。状況は、厳しい。
第3セクションは、2段になっているインが厳しかった。足をついて持ち上げるように進めばクリアはできるのだが、クリーンしようとすると、むずかしい。しかし藤波は、ここまできたらもう、クリーンをするしか頭にない。結果論でいえば、ここでクリーンをしてもファイナル進出は赤信号だったのだが、この時点での藤波は、とにかくクリーンしようとして考えていなかった。それで刻んでいくポイントなど検討もせず、正面からクリーン狙いで挑んでいった。そしてまんまと罠にはまって落ちてしまった。
3連続5点。最後のセクションはインだけがちょっとむずかしいくらいで、カベスタニーがもたついた以外は全員がクリーンとなった。藤波の減点は16点。カベスタニーが12点、ダビルが8点、ファハルドが7点。2戦連続表彰台から、一気に6位へ。今回は、クォリファイだけは通過する、という最低限の目標をクリアしただけで終わってしまった。
思えば前回までの好調は、ダブルレーンで勝利すると同時に、抑えられる点数を確実に抑えるという戦い方を実践してきたからだった。今回でいえば、第1セクションをタイムオーバー覚悟で確実に走り、クリーンとタイムオーバーの1点で切り抜ける、というような戦い方だ。もちろんタイムオーバーがないクリーンの方が結果はいいが、最善の結果を目指して最悪の結果が返ってくることも少なくない。攻めるところ守るところの判断はむずかしいが、今回は攻め続けて、すべて失敗した。さらに上位に進出したい、という藤波の思いは、ことのほか強かった。そういう点では、セミファイナルのダブルレーンと、最初のセクションを走った時点で、今回の結果は見え始めていた、ということかもしれない。
これでXトライアルも残り1戦となった。ボウは今回で7回目のインドア世界チャンピオンを決めた。残る1戦では、ラガとカベスタニーによるランキング2位争いが焦点となるようだ。前戦でランキング3位に進出した藤波は、今回の6位で一気にランキング5位に転落。しかもランキング4位に5ポイント、ランキング3位には8ポイントと、点差の開いた状況で最終戦を迎えることになった。厳しい戦いになるが、藤波は最後まであきらめない。結果はともかく、最後は、もう一度よい戦いぶりをして、Xトライアルを締めくくりたいと思うのだった。
「残念な戦いになりました。なにもかもが、空回りでした。予選は1点で通過して4位を確定、まずまずだなと思っていたのですが、そこからが、欲が出すぎたようです。これまで2戦表彰台に上がっていた時のような走りには遠く及ばずのトライアルになってしまいました。残念ですけれど、これもいい経験となりました。これで最終戦は、なんのプレッシャーもなく戦えますから、きっちり戦って、笑顔でアウトドアのシーズンに突入したいと思います」
Final(決勝)+Semi Final(セミファイナル) | |||
---|---|---|---|
1位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・ホンダ | 1 |
2位 | アダム・ラガ | ガスガス | 13 |
3位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 15 |
4位 | ジェイムス・ダビル | ベータ | 25 |
5位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 12 |
6位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・ホンダ | 16 |
Qualificarion Lap(予選) | |||
1位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 0 |
2位 | アダム・ラガ | ガスガス | 0 |
3位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・ホンダ | 0 |
4位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・ホンダ | 1 |
5位 | ジェイムス・ダビル | ベータ | 10 |
6位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 10 |
7位 | マテオ・グラタローラ | ガスガス | 11 |
8位 | アレッシャンドレ・フェレール | シェルコ | 11 |
9位 | ジャック・チャロナー | ベータ | 23 |
PointStandings(ランキング) | |||
1位 | トニー・ボウ | 80 | |
2位 | アダム・ラガ | 43 | |
3位 | アルベルト・カベスタニー | 42 | |
4位 | ジェロニ・ファハルド | 39 | |
5位 | 藤波貴久 | 34 | |
6位 | ジェイムス・ダビル | 18 | |
7位 | アレッシャンドレ・フェレール | 14 | |
8位 | マテオ・グラタローラ | 13 | |
9位 | ジャック・チャロナー | 11 | |
10位 | フランチェスク・モレット | 4 |