前回アンドラでは、本当に苦しい戦いを強いられた藤波貴久。長い夏休みの間にマシンも気持ちもリフレッシュして、スペイン大会を迎えた。とにもかくにも、今回は前回果たせなかった「楽しく乗ること、楽しいトライアルを心がけること」を実現させるのが、目標だ。
前回が4位だったから、今回のスタート順は、トップライダーの中では最も早い。藤波の後ろにボウ、ラガ、ファハルドと続き、藤波の前にはカベスタニーがいるくらいだ。しかもこの日のカベスタニーは、なぜかペースがとても早かった。なのでカベスタニーのトライをみることもなく、藤波の前にはダビルやランプキンがトライすることになった。正直なところ、藤波にとっては、彼らのトライはあまり参考にならない。といって、スタートの遅いぼうやラガのトライを待っているわけにもいかない。
こういった状況では、戦況を把握して戦うのも、あまり意味がない。○セクションで誰それが何点だった、と報告を受けても、その時点では藤波はそのセクションを走り終えているから、結果がよくても悪くてもどうしようもない。藤波よりあとを走るライダーにとっては、藤波が5点だったから、ここは手堅く足をついていこうとか、藤波がクリーンしたから、ここはせめて1点で抜けなければ……、などと作戦が立てられる。スタート順で、戦い方も変わってくる。
もともと藤波は、戦況を把握して戦うタイプではない。チームもそれをわかっていて、藤波が聞かない限り、点数を教えてくることはない。今回は特に、意識して途中の経過をまったく聞かずに試合を進めた。だからチームも、そんな藤波の戦い方と気持ちを理解して、点数は教えてこない。
途中、第9セクション(結局このセクションは全員が5点になったのだが、藤波が最初にトライした時点では、もちろんそんなことはわからない)で5点となったときも、シレラ監督は「ここでの5点は大きな影響になっていない、まだ大丈夫だから、落ち込むことなくがんばれ」というようなアドバイスを送ってきた。ボウが何点だから、ラガが何点だからという情報は胸にしまったままのアドバイスだ。
情報がなくても、藤波は自分のコンディションが、悪くないことは感じていた。ライバルの動向にあわせなくても、自分の調子がよければ優勝はついてくるという実感はあった。そしてなにかミスをすれば、優勝のチャンスはその分だけ遠のいていく。自分がミスなく実力を発揮できれば、それがもっともいい結果を生むのだと、最近の藤波は悟っている。だから藤波のトライアルは、自然体で楽しげだ。
今回のセクションは、たったひとつだけ小川の流れる湿ったものがあったが、あとはすべてきれいにドライばかり。いかにもスペインというタイプのセクション設定だった。トップライダーの中では、誰よりも先にトライするのが藤波だから、今回の藤波は「誰も抜けられていないセクションを最初にクリーンしたライダー」になることも少なくなかった。
「ひょっとすると1位を走っているのかな?」
途中、そんなふうに考えたこともある。というのも、下見をしている藤波に追いついてくるボウが、そこここで走り方を聞いてくる。ここはどっちから行くのか、ギヤは何速を使うのか? 等々。聞かれたことは素直に答えながら、藤波は思った。
「今日のボウは、もしかすると調子が悪いのか?」
実際には、ボウはいつもの通りの調子を保っていたのだが、そんなふうに考えが及ぶくらいに、藤波は楽しくトライアルができていた。1ラップの後半、時間が厳しくなって、それが原因で減点を少し増やしてしまったが、集中もできたし、まずいい感じで試合は進んだ。
実は、この日のような登って登って、また登るというセクション設定は、藤波のライディングが最も光るシチュエーションでもある。登りの途中の段差を飛んでいくのかなめていくのか、ギヤの選択やスピード、ラインなど、抜きん出た走りを見せる藤波の走りは、トップライダーの間でも気になる存在なのだ。
2ラップ目は、1ラップ目よりからだも動いていた。第8セクションまでオールクリーン。点数もいい。1ラップ目に全員が5点だった第9セクションは、わき水が出ているような感じで真ん中が濡れていて、それを挟んで登ったり降りたりする設定だった。1ラップ目の5点はインしてすぐの失敗だった。2ラップ目、今度は最後まで走りきれそうだった。しかし最後がいけなかった。後輪がわずかに滑ってしまい、マシンが真上にあがって上れずの5点。ここがあがれていたら、その後の展開もちがったかもしれないとは思うも、残念。ただし結果的には、このセクションは2ラップ目も全員が5点だった。
12セクションは、1ラップ目に誰も抜けていないという状況で、藤波がはじめて3点で抜け出した。滑るところからの登りが難所だった。2ラップ目、藤波は今度はここで5点となってしまった。あとから結果を見ると、ボウはここを1点で抜け出ている。ここでの点差も、結果的には小さくなかった。
2ラップ目14セクション。残り2セクションにして、藤波はこの日はじめて、戦況を聞いた。ボウがトップで、藤波は8点差。3位のファハルドには大差がついているという。そこへちょうど13セクションをトライし終えたボウが追いついてきた。移動中にガッツポーズも出ている。それを見て、藤波もボウの勝利を確信した。残る2セクションはクリーン、クリーン。もちろんボウも両方ともクリーンで、点差は変わらず。
今回は、2位という結果の是非より、試合に集中ができて、楽しいトライアルができたという点で、なにより大きな収穫があった。前回ファハルドが優勝して藤波が4位となったことで、ランキング3位の座も脅かされかけていたが、今回少し突き放して、最終戦を前にポイント差を9点とした。こちらも少し落ち着いたといっていい。チームとしても、今回はタイトル獲得はならなかったが、ボウがタイトル決定まであと1ポイントに迫っていた。
さぁ、いよいよ今シーズンも最終戦だ。
「前回、アンドラでほんとうに苦しいトライアルをやってしまったので、今回はとにかく楽しくトライアルがしたかった。その目標にそって走って、集中もできてトライができたので、今回はいい戦いができました。いくつかのセクションがうまくいっていれば、あるいはということもあったかもしれませんが、自分の望むトライアルができたことが、今回はよかったと思います。最終戦も、楽しいトライアル、がんばります」
日曜日 | |||
---|---|---|---|
1位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・Honda | 21 |
2位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・Honda | 29 |
3位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 42 |
4位 | アダム・ラガ | ガスガス | 43 |
5位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 59 |
6位 | マルク・フレイシャ | ガスガス | 72 |
7位 | ジェイムス・ダビル | ガスガス | 81 |
8位 | ダニエル・オリベラス | ガスガス | 89 |
世界選手権ランキング | |||
1位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・HRC | 187 |
2位 | アダム・ラガ | ガスガス | 168 |
3位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・HRC | 130 |
4位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 121 |
5位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 117 |
6位 | ドギー・ランプキン | ベータ | 109 |
7位 | ジェイムス・ダビル | ガスガス | 95 |
8位 | マルク・フレイシャ | ガスガス | 86 |