2006年 世界選手権第5戦-第6戦日本GP
2006年6月03-04日/ツインリンクもてぎ /観客数:16,500人
くやしいくやしい、がまんの闘い
トライアルは、メンタルスポーツだと言われている。正確なライディング技術を競うのがトライアルだが、その実、コンペティションの現場では、同じレベルのライディング技術を持った者同士がしのぎを削ることになる。どんなに技術が高くても、ちょっとした油断が失敗につながる。油断でなく、緊張が足を引っ張ることもあるし、マシンや体力、残り時間など、なんらかの不安が結果に表れることもある。最後には、勝利に向かう気持ちが強いライダーが、勝利をつかむ。勝利者となり、チャンピオンになるのは、気持ちの充実した者に限られている。
しかして、充実したメンタルを築くのはむずかしい。実績に裏打ちされた自信でなければいけないから、練習もみっちりやらなければいけない。誰よりも練習を重ねたから、負けるわけがないという自信を持つことができる。体力面でも万全を期さなければいけない。からだの動きが悪かったり、疲れが出ていたり、あるいはからだになんらかの症状が現れるかもしれないという不安が、ライディングを変えることもある。一口にメンタルといっても、充実したメンタルを身につけるには、マシンの性能もライディング技術も、体力面もチームの体制も、すべてが揃っている必要がある。そのうえでのメンタルが勝負となる。
今シーズン、藤波は、アウトドアシーズンの序盤からフィジカル面での大ハンディがあった。開幕戦は、骨折があって傷みもさることながら適確な操作すらできなかった。その1週間後、骨折は完治するわけもないが、状況は好転していた。それが、藤波のパワーになった。完調とはほど遠いながら、骨折のハンディを補うだけの精神力、そしてそのメンタルを支える体力を培ってきていた。第2戦ポルトガル大会での勝利は、奇跡が起きたわけではない。充分にがんばった結果、藤波の努力が指の故障を越えることができた。試合中、藤波は指の痛みをしばし忘れることもできた。卓越したメンタルが、藤波のトライアルを支配できたのだ。
ところがその後、藤波は体調を崩してしまった。最初は、スペイン選手権だった。とても試合を続けていられる状況ではなく、その試合はリタイヤした。藤波がトライアル大会を途中棄権するのは、これがはじめてのことだ。風邪をひいていたってオートバイにのっていればなおってしまうような藤波である。 棄権するというのは、よっぽどつらかったわけだ。それでも藤波はこの試合後「スペイン選手権だからリタイヤしたけど、世界選手権なら絶対最後まで走る」と語っていた。藤波にとって、世界選手権はそういう対象だ。
事態は、その後さらに深刻に推移した。ちょっとした体調不良だから、ゆっくり休みさえすればすぐ回復すると思いきや、なかなかなおらない。アメリカ大会は、そんな渦中に開催されてしまった。せっかくタイトル奪還に向けてシーズンがうまく回りはじめたと思った矢先の不運だった。しかしもちろん、体調管理はライダー自身の責任だから、これは言い訳にできない。アメリカ大会は、スペイン選手権と同様のコンディションで、今にも倒れてしまいそうな状況だったが、とにかく走りきった。アメリカ大会は、走りきったことが評価されるべき大会だった。そういう点では、指の骨折が試合を支配した開幕戦と同じ状況だった。しかして、選手権を戦ううえでは、どうしても勝利しなければいけない戦いだった。
そして日本。あらためて書くまでもなく、日本GP、ツインリンクもてぎは藤波にとってゲンのいい開催地だ。この6年間、藤波はひたすら日本GPの表彰台にのり続けてきた。ワンミスが響いた昨年は両日勝利はしそこねたが、それでも1位と3位を得た。この圧倒的勝利は、他の追随を許さなかった。日本のファンの大声援に答えなければいけないというプレッシャーは尋常ではないはずだが、そんなプレッシャーは跳ね返して、藤波は日本GPのトップ争いを演じ続けてきた。
幸い、アメリカでの体調不良は、日本ではだいぶ回復傾向にあった。日本のファンの声援の後押しを受けて、これなら本来のフジガスを見せられるかもしれない。左手人差し指の骨折は、いまだ完全にはなおっていない。折れたまま酷使した指はちょっとばかり曲がっている。クラッチレバーにはスポンジが貼ってあって、指の負担を軽減するように細工されている。さらにここ1ヶ月、藤波の特殊事情を鑑みてクラッチシステムが急速に性能向上を果たした。悪いことばかりではない。
【土曜日】
序盤、藤波は絶好調。ローテーションによるスタートで、藤波はトップライダー6人の中ではもっとも早いスタートを与えられたが(今年からスタート順はくじ引きではない。今回は早いスタートだったが、次回は一番最後からのスタートとなる)、誰も走破していないふかふかツルツルのセクションを次々にクリーンしていく。特に第4セクションのクリーンは圧巻だった。走破したライダーはごくわずか、そんな彼らも足をついて強引にマシンを引っぱり上げていく中、小気味よいバランスでマシンを進めた。このクリーンで、藤波はこの日最初の単独トップにでた。
好調だったのはカベスタニー。しかしラインの固まっていないセクションは、どこで誰が5点となってもおかしくない状況。カベスタニーとて、クリーンばかりで走っているわけではない。チャンスは、誰にでもあった。そしてやっぱり、もっとも勝利の近くにいたのは、藤波だった。
今回ハローウッズの前庭に新しく設置された滝のある庭園に作られた第9セクションでカベスタニーが5点になると、再び藤波はトップに。しかしその直後、ハローウッズの岩盤セクションで、藤波が登れ切れない。思えば、去年も藤波にとっては、ここが鬼門となった。これで、ボウがトップにでた。
しかし藤波にとって、この日最大の試練はこの後に控えていた。最終セクションは、いつものとおり難度の高い設定だったが、ここで藤波は集中力を失っていた。難所に向かうために、ジュニアとユースのラインに入りこんでしまった藤波は、ここであっさり5点となってしまった。1ラップ目、藤波は4位で試合を折り返すことになった。しかしまだ5点差。このミスがなければ、藤波はトップだったということになる。
2ラップ目、ボウは調子よくラップを重ねていく。藤波はカベスタニーやランプキンと戦いながら、後半調子を上げてきたラガを抑えにかかるという戦況だが、その実、藤波は目前のセクションを走りきることで精いっぱいになってきた。だいぶ症状はよくなったとはいえ、体調不良はまだ完治していなかったのだ。
終盤、12セクションまでで藤波とボウに5点差の2位まで追い上げた。13セクションで、ボウが5点。しかしまた、藤波も5点となった。小さなステップを登れなかったのが直接の失敗原因だが、藤波のコンディションはすでに正常ではなかった。これで点差は変わらず。結局結果はこのまま、ボウが5点差で逃げ切った。13セクションで藤波が5点になったことで、藤波は勝利の座をのがしたばかりか、2位と3位をラガとカベスタニーに明け渡す結果となった。
4位。日本GPで、藤波のいないはじめての表彰式が始まった。1位から3位まで、スペイン勢の独占だった。
【日曜日】
ラインがないために難度が高かったセクションは、2日目になってだいぶ走りやすくなっていた。日本勢の下位グループにはオール5点をなんとか免れるのが勝負の胆になったが、トップライダーにとっては、いかに足をつかないかが勝負の焦点となってきている。
この日の藤波は、土曜日にすべてを出しきってしまって、疲れが出てしまっていた。藤波にすれば、非常に珍しい。そしてからだのコンディションが、その走りを大きく変えてしまっていた。いつもなら、転びそうになり、落ちそうになっても、そこからバランスを修正し乗り越えていってしまう驚きのたくましさがある。今回は、残念ながらそれが見られず。うまく走れるときにはうまく走り、少しうまくいかなかったときには足が出て、もう少しうまくいかなかったら3点となり、失敗すれば5点となった。日本でのほんとうの藤波は、うまくいったらあっさりクリーンしながらギャラリーに声援を感謝し、少しうまくいかなくなくても巧みなバランス感覚で足を出さず、もう少しうまくいかなかったとしても強引に足を出さずに走り抜け、うんと失敗しても無理やりクリーンのままいってしまう。そのフジガススタイルは、やはり完璧な肉体と完璧な精神に裏打ちされて完成されるものだった。
それでも、1ラップ目の12セクションで、藤波はカベスタニーと同点でトップに立った。ワサビ抜きのような状態の藤波だったが、それでもトップを走る実力は持っているのだ。
結果、藤波は両日ともに4位に終わった。1日目に勝利したボウは、この日は黒山健一、小川友幸にも敗れて7位に沈んだが、ランキングトップのラガは両日ともに2位と、浮き沈みの激しいライバルを尻目にトップをキープし続けている。
藤波にとってラッキー大会だったはずのアメリカ・日本を落として、藤波の2006年は一転、たいへん苦しい状況となってしまった。こういうコンディションでは、2日間続けての大会は体力の消耗も激しかった。しかしシーズンはまだまだ続く。藤波はこの窮地からの脱出をかけて、スペインのわが家へ戻っていった。
○藤波貴久のコメント

World Championship 2006 |
第5戦/土曜日/Saturday |
順位 |
ライダー |
マシン |
L1+L2+TO |
Pts |
CL |
1位 |
トニー・ボウ |
ベータ |
23+21+0 |
44 |
16 |
2位 |
アダム・ラガ |
ガスガス |
30+15+0 |
45 |
13 |
3位 |
アルベルト・カベスタニー |
シェルコ |
27+20+0 |
47 |
14 |
4位 |
藤波貴久 |
レプソル・モンテッサ・HRC |
28+21+0 |
49 |
14 |
5位 |
ドギー・ランプキン |
レプソル・モンテッサ・HRC |
27+25+0 |
52 |
14 |
6位 |
黒山健一 |
スコルパ |
43+32+1 |
76 |
9 |
7位 |
マルク・フレイシャ |
ベータ |
42+38+0 |
80 |
8 |
8位 |
8位 タデウス・ブラズシアク |
スコルパ |
47+40+0 |
87 |
7 |
L1=1ラップ、 L2=2ラップ、 TO=タイムオーバー、Pts=減点、CL=クリーン |
第6戦/日曜日/Sunday |
順位 |
ライダー |
マシン |
L1+L2+TO |
Pts |
CL |
1位 |
アルベルト・カベスタニー |
シェルコ |
12+2+0 |
14 |
23 |
2位 |
アダム・ラガ |
ガスガス |
13+5+0 |
18 |
22 |
3位 |
ドギー・ランプキン |
レプソル・モンテッサ・HRC |
16+10+0 |
26 |
17 |
4位 |
藤波貴久 |
レプソル・モンテッサ・HRC |
20+13+0 |
33 |
17 |
5位 |
黒山健一 |
スコルパ |
28+14+0 |
42 |
15 |
6位 |
小川友幸 |
ホンダ |
21+24+0 |
45 |
10 |
7位 |
トニー・ボウ |
ベータ |
26+23+0 |
49 |
16 |
8位 |
ジェロニ・ファハルド |
ガスガス |
31+20+0 |
51 |
14 |
L1=1ラップ、 L2=2ラップ、 TO=タイムオーバー、Pts=減点、CL=クリーン |
ランキング |
1位 |
アダム・ラガ |
ガスガス |
108 |
2位 |
ドギー・ランプキン |
モンテッサ |
90 |
3位 |
トニー・ボウ |
ベータ |
87 |
4位 |
アルベルト・カベスタニー |
シェルコ |
82 |
5位 |
藤波 貴久 |
モンテッサ |
77 |
6位 |
ジェロニ・ファハルド |
ガスガス |
65 |
Pix: Makoto Sugitani & Hiroshi
Nishimaki |
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