2006年 世界選手権第1戦スペインGP
2006年4月2日/Nigran Spain /観客数:15000人
大奮闘の6位獲得
アルゼンチンで痛めた指は、その後のテストで骨折となり、さらに切り傷が化膿して手術をするまでにいたってしまった。骨折のほうは自然治癒を待つしかなく、手術は化膿部分を浄化するためのものだったが、その手術をしたのがたった1週間前のこと。以降、藤波はマシンにいっさい乗ることなく、自信の回復力を信じて開幕戦のスペインのはずれ、ニグラの街にやってきた。
どれほど走れるのか、それ以前に、参加は可能なのか。藤波自身にもまったく予想がつかない中で、金曜日にそっとマシンに乗ってみる。骨折した人さし指は安静するのが一番だが、人さし指以外の指でクラッチが操作できるのか、あるいは傷む人さし指でクラッチ操作をしたほうがいいのか、今後の回復を考え、今回は欠場を選択したほうがいいのか。むずかしい判断をするための貴重なプラクティス。
結果は“まるで走れない”。人さし指は痛いし動かないし、中指でのクラッチ操作もまた、まったくタイミングがつかめない。ちょうど今回がヨーロッパの世界選手権デビュー戦となる小川毅士が練習していた同じラインを走ってみるも、毅士がクリーンしているラインがまったく歯が立たない。これでは、走ってもとうていポイント獲得はおぼつかないのではないかという空気が流れてくる。
マシンは今回がデビュー戦、2006年型のワークスマシン。見た目にはそれほどの変化はないが、各部の軽量化などが徹底して行われ、コンピュータ関係にも新たな試みが採用されている。このシーズンオフ、藤波が精力的につくりあげてきた待望のマシン。藤波自身も、テストやインドア世界選手権を通じて、調子は上向きだった。すべて好感触で迎えるはずだった開幕戦だが、アルゼンチンのケガに端を発した負傷は、すべてを一変させてしまっている。
藤波の指をメンテナンスするため、今回の開幕戦にはお医者さんが同行してくれることになった。Pim Terricabrasさん。シレラ監督の友人で、自身SSDTなどにも出場するトライアルライダーでもある。治療の知識はもちろん、トライアルライダーにとっての人さし指の役割も理解してくれるから、心強い。
ピムさんによれば、開幕戦を走ったからといって、その後の回復に大きな問題が生じるほどではなく、開幕戦を休んだからといって、その後の回復が飛躍的によくなるということもない。つまり走れるものなら走ったほうがよさそうな診断なのだが、走れば痛みはそうとうきついはずだから、どこまでライディングができるかは保証の限りではないという。トライアルにとってクラッチが重要なのは先生の理解の範疇だが、藤波がどれほど繊細なクラッチワークでマシンを走らせているかについては、先生にはちょっと想像がつかない。藤波には、指の痛みがどれほどのものになり、指の負傷がどれほどライディングに影響するのか、やっぱり想像がつかない。はっきりしているのは、たいへんな試合になるということだ。
とまれ、藤波はスタートを切ることにした。スタートをしても、いつでもやめることはできる。まったく走れなければ途中でリタイヤすることもあり、走り続けられれば最後まで走る。ギプスをまいた人さし指を露出させるため人さし指部分をカットしたグローブも用意していたが、試合に使ったのは人さし指部分だけ特別製にしたものだった。
第1セクション。いきなりの難セクションで、トップライダーは長い下見。ファハルドがしびれを切らしてトップライダーの中では真っ先にトライ。続いて藤波がトライした。ファハルドも藤波も5点。ここは、ランプキン以外は全員が5点だった。しかしこの5点で、藤波の指はまた少し痛めつけられてしまった。
第2セクション。美しい走りを見せるも、2段の岩に合わせて走るところで指が動かず、5点。しかしその後、3つ連続してクリーンをたたき出した。指の具合はよくなるわけもないのだが、それでもあたたまってきて、少しだけ動くようになってきた。その成果が、3連続クリーンだ。
藤波がクリーンしたセクションを、3つともクリーンしたのはボウとファハルドだけだった。カベスタニーは5点ひとつ、ラガは5点ひとつと1点、ランプキンにいたっては5点がふたつ。なんと藤波は、10セクションまではボウに次いで2位につけていた。
「ありえない」
と藤波は思った。藤波の指は、2位を走れるような状況ではない。そんな藤波に遅れをとるとは、みんないったいなにをしているんだろう……。藤波には、このまま2位で逃げ切るという作戦は考えられなかった。指がどこまでもつのか、まったく未知数だからだ。少なくとも、後半、さらに苦しくなるのはまちがいない。この時点で2位につけたのは、後半に向けて、少しでも貯金ができたと考えるにとどまっている。
8セクションまでが最初の山に集中し、9セクション以降が沢筋にもうけられていた。このセクション群に到着した頃、藤波の指はすでに働きを失っていた。しかも9セクションなどは、それほどむずかしいセクションではないものの、延々とクラッチを使ってコントロールする設定になっていた。今日の藤波には、非常につらい。
「1ラップ目が終わって、10位までに入れていなかったら、リタイヤしよう」
スタート前の作戦会議では、こんな取り決めがされていた。10位ならポイント獲得圏だが、その後指の疲労が増すことを思うと、1ラップ目に10位ということは、とうていまともな状態でゴールできないはずなのだった。1ラップを終えて、藤波はしかし5位につけた。藤波に遅れをとっていたトップライダーたちも、1ラップ後半、徐々に調子を上げてきた。それでも藤波は、まだカベスタニーを抑えている。
2ラップ目、藤波の戦いはいよいよ苦しくなった。可能な限り中指を添えて2本指以上でクラッチを操作するも、ここ一発の場面では人さし指一本に頼らざるをえない。高さのある飛び降りでは、クラッチレバーにのせた人さし指には、少なくない負担がかかる。そこで激痛だ。飛び降りをするたび、叫び声をあげて痛みに耐える藤波。いつもとはまったく異なる藤波のトライシーンだ。
セクションも、できるかぎりエスケープすることになった。5点になる可能性が高いところはエスケープし、指の負担が大きいセクションでもエスケープ。確実にポイントを稼げるところで集中してトライする。それでも、人さし指の使用限界はとっくの昔にすぎさっている。
12セクションで、藤波は最後の力を振り絞ってクリーンをした。これを最後に、13、14とエスケープし、最終セクションに帰ってきた。5位より上位とは点差が開いていて、これ以上よくはならない。7位のフレイシャに対しても5点以上の点差はあったはずだが、しかし点数の把握がちょっとあやしい。6位を確定させるために、藤波は最後のセクションにトライした。
大木で構成されたインドアセクション。最後は空中に飛びだしてコンクリートのアリーナに飛び降りる。ゴールした藤波は、必死で痛みに耐えていた。6位獲得は、今の藤波にとって、大金星である。
○藤波貴久のコメント

World Championship 2006 |
日曜日/Sunday |
順位 |
ライダー |
|
|
1位 |
トニー・ボウ |
ベータ |
52 |
2位 |
アダム・ラガ |
ガスガス |
60 |
3位 |
ドギー・ランプキン |
レプソル・モンテッサ・HRC |
60 |
4位 |
アルベルト・カベスタニー |
シェルコ |
65 |
5位 |
ジェロニ・ファハルド |
ガスガス |
67 |
6位 |
藤波貴久 |
レプソル・モンテッサ・HRC |
80 |
7位 |
マルク・フレイシャ |
スコルパ |
93 |
8位 |
タデウス・ブラズシアク |
スコルパ |
107 |
Pix: Hiroshi Nishimaki |
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