2004年5月22〜23日
世界選手権第3戦 ウイダー日本GP(栃木県ツインリンクもてぎ)

 5回目のウイダー日本GP。藤波貴久は、5年間待ち望んだ、2日間に渡っての勝利を得て、はじめて、真の日本大会の勝者となった。

【土曜日】

 5回目のもてぎでの世界選手権は、基本的なセクション構成は変わっていない。もともともてぎの土は滑りやすいが、木曜日には台風が接近し、土曜、日曜も厚い雲からは時折小雨が降るという天候で、滑りやすさにも磨きがかかっている。

 日本大会へくるまで、藤波の結果はけっしていいものではない。ランキング3位で日本大会を迎えるのも、今年が初めてのことだ。今シーズンは「チャンピオンを獲得する年」なのだから、こんなランキングでいいはずがなかった。ランキングを回復すること、そしてランキングトップに立つこと。もちろんそれには「藤波貴久は2日間ともに勝てない」とされているジンクスを打ち破って、パーフェクト勝利をする必要がある。そしてそのためには、土曜日の1勝目が、まず最初の目標となる。

 土曜日、くじ引きによるスタート順はびりから3番目。藤波の後には、ラガ、ランプキン、ライバル二人がスタートする。

 第1セクションでは、ラガが前転して5点になった。クリーンが狙えるセクションだが、ラガのようになるリスクのあるセクションでもあるということだ。藤波は、クリーンを狙いながらも、わずかなバランスの崩れを感じて、確実に足つきをしてこのセクションをアウトした。フレイシャやカベスタニーなど、第1セクションをクリーンしたライダーもいたが、これはまったく意に介していない。

 Bゾーンに舞台が移って第2セクション。これまでとはちがい、下から上まで、一気にのぼっていく設定だ。渋谷らが華麗にクリーンして抜けていくのを見ても、このセクションは減点をもらうセクションではなさそうだ。そしてクリーン。

 さらにけわしい登りが設定されていた3セクション。アクセル全開から、エンジンをうならせて加速していく藤波の真骨頂が発揮されたセクションだった。もちろんここもクリーン。ここまでの3セクション、すべてクリーンしているのはフレイシャとカベスタニーだったが、藤波はこのふたりをそんなに意識することはなかった。注意すべき存在は、やはりランプキン、そしてラガだった。

 林の中、もてぎ本来の滑りやすいCゾーンに移っての第4セクション。マディをのぼっていくこのセクションは、かなりのクリーン度の高いセクションだ。しかし油断はできない。フレイシャはここで1点減点をしている。クリーンができるセクションは多いが、絶対にクリーンができるセクションなど、世界選手権にはあり得ない。気合いをこめてトライし、ここもクリーン。

 その隣の第5セクションは、難関セクションのひとつだった。入り口の滝登りが、多くのライダーを跳ね返していた。しかし藤波の旧来の仲間である小川友幸が4ストロークのニューマシンでここをクリーン。先輩である黒山健一もクリーンしていった。藤波も、もちろんクリーンだ。

 この4〜5セクションは、お客さんとの距離がもっとも近いセクションのひとつだった。泥をかぶりそうな位置からの声援に、藤波は後押しされて試合を進めていく。このセクションまでクリーンを続けていたカベスタニーは、滝登りの餌食になって、ついにオールクリーンは皆無となった。ランプキンも、ここで1点を追加した。この時点のトップは、藤波、フレイシャ、黒山の3人。減点は1点ずつだ。

 第6セクションも気の抜けないセクションのひとつだ。登りはけわしくはないが、ごろごろ滑る石をスムーズに越えていかなければいけない。ここまで減点3だった小川が、ここで減点3となってしまっている。

 第7セクションは、つるつるの泥斜面をはるか上までのぼっていく。ここでフレイシャが足をついた。滑るところが得意なジャービスも3点となるなど、ここもけっして簡単なところではない。藤波はクリーンをしたが、もちろん誰でもクリーンできるセクションではない。このセクションまでを減点1でまとめているのは、これで藤波と黒山のふたりだけになった。

 第8セクションも、今回の難所のひとつとなった。一見、入り口のジャンプ台が設定としては派手だが、その先に敷きつめられた岩々が、ことごとく滑る。ゆっくり走っては滑る岩につかまるし、速く走って乱れてしまっては元も子もない。ここで藤波は、今日ふたつめの減点をする。滑る岩につかまりかけたので、それ以上に減点を増やすよりも、1点でまとめておこうという選択だ。黒山がここで2点ついて、かわってここをクリーンしたランプキンが、藤波と同点のトップとなった。

 Cゾーンのはずれ、あるいはDゾーンの入り口にある第9と第10セクションは、これも今回の難関セクションのひとつと数えられる。複雑な形状に岩が積み上げられたこのふたつのセクション。ふたつともにクリーンをしたライダーは、1ラップ目では藤波ただひとりだった。ここもギャラリーとの距離が近いところ。藤波のクリーンは、ギャラリーを大いに沸かせて、それがまた、藤波のパワーとなっていった。ここではランプキンが減点を加えて、藤波が初めて単独トップに躍り出ることになった。もちろん、まだ戦いは序盤戦だ。

 セクションはDゾーンに移って、滑る斜面に岩がいくつも配置されている11セクション。リズミカルに、そして慎重に抜けるべきセクションだが、ここでランプキンが、最後の岩をミスして登り切れず。ランプキンに対しての藤波のリードは、一気に7点に広がった。残るDゾーンは、いずれもテクニカルな岩場だが、土は滑りやすく、気は抜けない。1ラップ目にDゾーンをすべてクリーンしたのは、藤波とジャービスのふたりだけ。

 藤波は最終の15セクションも見事にクリーンして、1ラップ目の減点は2ヶ所2点のみで終えている。下見の時点で、減点は相当に少ないだろうという読みはあったが、藤波の目標は「一桁減点」だった。2点は、ちょっとできすぎでもあった。1ラップ目のこのできすぎの結果が、2ラップ目の藤波の走りに、微妙な影響を与えることになった。

 第1セクションは、1ラップ目と同じく1点をついた。これはまだ予定の範囲だ。その後、第6セクションで1点をついた。これもいわば、減点を最小限にとどめるための最善の策だった。しかし藤波の中では、少しずつ違和感が増えていく。1ラップ目にクリーンしたセクションが、2ラップ目にクリーンできない。ひょっとして、2ラップ目は乗れていないのではないだろうか……。ほんのわずかながら、こんな不安は、藤波の中で広がっていく。

 そして第8セクション。藤波は、ほんの少し慎重になりすぎていた。つるつるの斜面をのぼっていく、このセクション最後の部分で、藤波のマシンはラインをミスした。ラインにのせられず、もがきながら斜面をかけあがることになってしまった。ここで3点を失った。しかしまだ、藤波にはランプキンに対して7点のアドバンテージがあった。

 続く第9セクションは、2ラップ目には誰もが藤波の走りを目標にした。1ラップ目の藤波は、それほど完璧だったのだが、しかしその本人がミスをした。登り口で足をついたと思ったら、その先の岩への飛びつきで、後輪がわずかに流れてゲートマーカーに接触してしまった。オブザーバーはこれを5点とした。

 規則では「ゲートマーカーの間を通ること」「ゲートマーカーやセクションテープに修復が必要になったら5点」とある。全日本ではマーカーにふれたら5点、しかし多くの世界選手権ではマーカーが破損しない限りは5点にならない。しかしジャッジはジャッジである。藤波はいさぎよく5点のパンチを受けて、次へ向かった。この5点で、ランプキンとの点差は2点に迫られていた。

 その後、第12セクション。藤波はさらに1点を加えてしまった。ランプキンとの点差、わずか1点。もう後がない。

 最終セクションをクリーンして、しかし藤波は勝利を確信してはいなかった。リザルトボードに正しく結果が表示されるまで、喜びはお預けだ。

 ランプキンが最終セクションをクリーンしてきた。レプソル・モンテッサ・HRCのチーム監督、ミゲール・シレラさんがスコアを集計して、報告にきた。藤波が、ランプキンに1点勝っているという。シレラさんの集計にまずまちがいはないが、しかしまだ喜べない。5分、10分。表彰台の前で、沈黙の時間が流れた。

 そしてリザルトボードの一番上に、藤波の名前が表示された。藤波、ジョセップ、アレックス、サンティ、そしてトレーナーの鎌田さん。チームが抱き合って、喜びを確認。

 でも、これはまだ土曜日の勝利である。藤波にとって、3年連続の土曜日の勝利となった。これはまだ、目標のほんの入り口だった。

【日曜日】

 土曜日は、1日中しとしととウェットコンディションだったが、明けて日曜日、太陽は出ていないが、雨は降っていない。前日よりは、天候としてはずいぶん良好。しかしこれでセクションコンディションがよくなるかというと、それはまた別の問題だ。乾きかけの泥は、水を含んだ泥よりも、かえって滑りやすくなってしまうことは多い。

 2日間続けて勝てないジンクス、と藤波は言われている。しかし藤波は、自分にジンクスがあるなどと、これっぽっちも考えていない。ジンクスなどという魔法がかったものではなくて、藤波には乗り越えるべき壁がある。そしてその壁は、けっして乗り越えられないものではなく、ほんの少しのコツをつかむことによって、壁の向こうにいくことができる。

 1日めに優勝したことは、日曜日の藤波はまったく考えずにいた。それが2日間優勝のまず第一歩だった。

 セクションは3、10、14の3ヶ所難易度が増していた。どれも、前日には逃げ道が見つけられたラインがふさがっていて、正面突破をしなければいけないように変更されていた。

 その第3セクションを含めて、藤波は前日に増して好調のように見えた。1点の足つきをした第1セクションをクリーンすると、次から次へとクリーンしていく。藤波のクリーンは、第7セクションまで続いた。しかしオールクリーンを続けているのは、藤波だけではなかった。チームメイトのフレイシャと、もう一人、若いファハルドが同じくオールクリーンしている。

 第8セクション、藤波は、きのうもここで3点を喫してしまっていたが、この日もまた……。最後の泥の登りで、少し慎重になりすぎてしまった。ラインに入れよう、ラインに入れようと集中するあまり、気が付いたときにはスピードが乗っていなかった。このままでは出口までたどりつけない。藤波はマシンを止めて、一呼吸入れなおして、ふたたび加速に入った。最悪の減点にはならなかったが、再び第8セクションで減点3。フレイシャとファハルドはここもクリーンしたので、藤波はここで追う立場となった。しかしまだ、フレイシャとファハルドは藤波の真剣な脅威ではない。試合も、まだ1/4が終わったばかりだ。

 第10セクションでは、黒山が最後の岩上りを失敗して胸を強打するアクシデントがあった。ここで、トップライダーが少し長い下見に入った。しかし藤波は、ライバルを牽制してトライを待つつもりはこれっぽっちもなかった。きのうに比べればむずかしくなっていたが、クリーンラインは見えていたから、ライバルの前にさっさとトライして、プレッシャーを与えてやろうという気持ちでいた。

 このセクション、クリーンラインを発見したのはラガ、ジャービス、ランプキン、そして藤波。ジャービスが入り口で5点となり、続いてラガがバックをとられて5点となった。そして藤波。トライは、バッチリ決まった。セクション出口で、思わずガッツポーズが出て、笑みがこぼれる。

 藤波は、ランプキンのトライを待たずに、先を急ぐ。ライバルの走りをじっくり観察してトライするのも作戦なら、ライバルがセクションに到着したときには、藤波がクリーンしたという結果だけを残しておくのも、また作戦だ。

 ランプキンが、藤波のこの作戦にはまったか、大きなミスをした。12セクション、泥沼から岩に飛びつく際にカードに接触。土曜日の藤波と同じようなケースだ。ランプキンは納得いかないが、この日は前日に増して「カードに接触したら5点」という通達が徹底していた。さらに続く13セクション、ランプキンが3点。わずかの間に、あっという間に8点を追加して、ランプキンの減点は12点。藤波は残るセクションもすべてクリーンして、結局1ラップめの減点は、第8セクションでの3点のみだった。

 この日も絶好調の1ラップ目。この勢いを持続すれば、念願のパーフェクト優勝が実現する。2位のフレイシャには5点、ランプキンには9点差。ラガには14点のアドバンテージがある。ふつうにトライを続ければ、可能性は大きい。
 第6セクション、藤波は滑る岩に足を取られてバランスを崩した。すぐに切り替えて、足をついてここをクリア。減点は最小限の1点。これはまったく問題ない減点だった。

 第8セクション。今度は藤波も美しくクリーンする。フレイシャがキャンバーにリヤタイヤを落として3点となった。藤波のアドバンテージは7点。

 1ラップ目に唯一クリーンをした10セクション、藤波は入り口で失敗、足を出してしまう。しかも悪いことに、このときにマシンと岩の間に足をはさんでしまい、痛みを引きずりながら、出口を目指すことになった。ここでまた、藤波は頭を切り替え足をついてマシンを進めた。藤波のアドバンテージは5点。2位は、ランプキンとなっていた。

 この日、藤波は試合展開を、すべて場内のアナウンスで把握していた。いつもはスタッフからの報告で戦況を知るのだが、今日はそれを待つまでもない。ところがアナウンスには、アナウンスをする人の私情が入っている。戦況を伝えに来るとき、スタッフはよけいなことを言わない。「ランプキンに5点のリード」、それだけだ。さっきまで大量にあった藤波のリードが、いまや5点にまで縮まったというアナウンスは、スタッフから伝わる情報とは、少し意味がちがう。「5点もリードしている」「5点しかリードしていない」。情報そのものは同じでも、印象はだいぶちがう。もちろんそんな情報に惑わされる藤波ではないのだが、気持ちのどこかに「5点しかないリード」のことがあったかもしれない。

 この日、もっとも大きな失敗が起こったのが、次の11セクションだった。土曜日にランプキンが失敗したのと、まったく同じ失敗だった。「乗り方が、いきなりかたくなってきた。タイミングもまったくあっていないし、アクセルもぜんぜん開いていなかった」。ここでの5点減点は、すなわち、リードがゼロになったことを意味する。ランプキンと、同点だ。この失敗には、あるいは10セクションではさんだ足の痛みもあったのかもしれない。しかし結果は結果。今は、残るセクションをすべてクリーンするしかない。

 追い込まれて、気合を入れなおして12セクションにトライする藤波。藤波の走りは、ここから再び目が覚めたように冴え渡った。最終セクションまでクリーンを続けて、そして後からゴールするランプキンを待つことになった。前日と、まったく同じシーンとなった。

 ランプキンが最終セクションをクリーン。情報では、藤波とランプキンは同点で、クリーン数はひとつかふたつ、藤波の方が多いという。しかし同時に、2ラップ目のランプキンは15セクションすべてをクリーンしているという事実もあった。これで本当にクリーン数で勝っているのか。ランプキンが、12セクションの5点に対して抗議を出すという情報もあった。結果が発表されるまで、長い時間が流れた。

 スコアボードに、最終結果が発表された。藤波12点、ランプキン12点、クリーン数、藤波26、ランプキンは、24。クリーン数ふたつの差で、藤波の勝利が決まった。

 5年間待ち望んだ、2日間ともに日本GPで勝利する、その瞬間が訪れた。

 同時に、この勝利で、藤波はランキング3位から、ランプキンと同点、しかし勝利数の差で、ランキングトップに躍り出た。

 表彰台の下では、世界選手権初挑戦から7年間、藤波の参戦を支えた父、由隆が、男泣きでファンにありがとうと叫んでいた。この頃、お天気もがまんができず、表彰式は大粒の雨の中でおこなわれた。

○藤波貴久のコメント
ありがとうございました。ジンクスはなくなりました。ジンクスというより、これまでできなかったことが、今はできるようになったということです。勝つ秘訣、のようなものも、なんとなくですけど、どんどん蓄積してきている気がします。みんなは「ドギーが弱くなった」というけれども、ぼくはぜんぜんそんなふうには思っていません。2日目の2ラップ目、オールクリーンをしたのはドギーだけですし、やはり強い。僕に言わせると、前より強くなっているんじゃないかという気さえします。ぼくは3勝しましたけど、ドギーは1勝しかしていない。それでもランキングは同点。今年、表彰台を一度もはずしていないのは、ドギーだけです。ぼくはこれまで、2日間の順位が平均していないことが多かったので、この勝利を機に、ドギーのように、表彰台をはずさないことを次のテーマに、もっともっとドギーを苦しめていきたいと思います。日本のみなさん、応援、本当に感謝です。これからも、活躍を見守ってくださいね。

World Championship 2004
土曜日/Saturday
1位 藤波貴久 13(2+11) 23
2位 ドギー・ランプキン 14(9+5) 25
3位 アダム・ラガ 18(15+3) 21
4位 グラハム・ジャービス 28(12+16) 18
5位 マルク・フレイシャ 30(10+18+2) 16
6位 ジェロニ・ファハルド 36(17+19) 17
日曜日/Sunday
1位 藤波貴久 12(3+9) 26
2位 ドギー・ランプキン 12(12+0) 24
3位 マルク・フレイシャ 13(8+5) 24
4位 ジェロニ・ファハルド 18(13+5) 23
5位 アダム・ラガ 20(15+5) 20
6位 グラハム・ジャービス 22(16+6) 22
Ranking
1位 藤波貴久 101(3勝)
2位 ドギー・ランプキン 101(1勝)
3位 アダム・ラガ 94
4位 アルベルト・カベスタニー 76
5位 マルク・フレイシャ 75
6位 ジェロニ・ファハルド 63

Pix:Pep Segales , Makoto Sugitani & Hiroshi Nishimaki 公式リザルト(土曜日)(PDF)はこちら
公式リザルト(日曜日)(PDF)はこちら
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