2018年 トライアル・デ・ナシオン (チェコ)

2018年9月23日

時間との戦いに敗れ、表彰台を逃し4位となる

photo負傷とマシンとの一体感のなさで、最悪の序盤戦から始まった2018年シーズン、後半戦はなんとか戦える感触を取り戻して、日本からの仲間を迎えて日本チームとして戦うトライアル・デ・ナシオン(TDN)。最終戦イタリア大会の1週間後、チェコ共和国、ソコロフが舞台となった。

チェコは去年の世界選手権シリーズでも終盤戦に組まれていて、藤波はマシンの仕上がりに苦労をしながら5位に入っていた。今回は、そのときと会場そのものは同じ設定だった。しかし今回は、これまでのTDNとはちがって、なかなか難セクションが並んでいた。

今年、去年と大きく変わった点が二つ。ひとつは去年は各チーム代表一人が挑んだ予選が、今年は各チーム3人のうち二人がアタックするようになったこと。二人のタイムのうち、好タイムがチームのタイムとなる。日本は藤波と、黒山健一が予選ライダーとなった。もうひとつは、女子クラスの扱いだ。これまで、女子TDNは土曜日の開催となっていたが、今年から男子TDNと同じ日曜日の開催となった。主催者としては開催日数が絞られるが、参加者は全部で100人近くになった。にぎやか、と喜んでばかりもいられないことになりそうだ。

日本チームのメンバーは、昨年と同じ、藤波貴久、黒山健一、小川友幸の3名。この3年、変わらぬ代表チームであり、子どもの頃からの藤波の仲間。TDNはシーズンを終えたライダーが、仲間とともに激戦を楽しむイベントだ。

小川が、藤波のセカンドバイクを使うのも、この3年同じ。去年とちがうのは、黒山が最終戦イタリア大会に出場したこと。いつもならTDNのためだけに渡欧してくるのだが、今回は最終戦に出場しただけ、準備は万端ということになる。モンテッサチームとしては、去年はハイメ・ブストがチームにいたから、トニー・ボウ、藤波、ブスト、小川と4台のマシンが並んでにぎやかだったが、今年はボウと藤波、小川の3台で、パドックには多少余裕がある。

当初、藤波はTDNゆえにセクションの設定はいくらか簡単めになっているだろうと想定していたのだが、下見をしたところでちょっと様子がちがうことを認めざるを得なかった。33ヶ国99人が出場する今回のTDN、渋滞も覚悟しなければいけないだろう。万一、時間がなくなったときのため、当日に下見をしないでもいいように、藤波は事前の下見をじっくりとおこなった。

そして予選。予選は最終15をアレンジしたセクションを使っておこなわれた。今回の予選は今年の世界選手権とは異なり1回だけ。黒山とともに挑んだ藤波は、足をつかず、タイムもそこそこ。それでも、スペインはボウとブストという、予選スペシャリストがいるし、日本チームとしては予選3位くらいを獲得できればと考えていたようだ。しかし日本のあとに走ったスペインはブストに爆発的スピードが見られず、ボウはなんと足をつくというミスをおかした。最後にトライしたグラタローラもスペインのタイムにさえ及ばず、日本は予選1位を獲得することになった。

予選システムが始まってから、藤波はどちらかというとあまりいいリザルトを残していない。これまでにざっと20回ほどおこなっている世界選手権のいつもの予選でもトップになったことがないのに、TDNのこの舞台でトップになるとは!

個人戦の世界選手権の結果は藤波にとって重要だが、TDNのチーム戦での好結果はまた別の喜びがある。小川も黒山も、そして日本チームのみんなにとって、この予選結果は我が喜びとなる。土曜日のディナーは、してやったりのいい空気だった。

ただ、一抹の不安はあった。女子がいっしょの今回のTDNは、いつもより参加者が多い。加えて、今年の世界選手権では、スタート順はスタートするときだけでなく、トライ順もその通りに守るという暗黙の了解ができている。日本GPのときにはその了解がまだ徹底していなかったから、小川と黒山には初めての経験になる。予選結果がいい、スタートが遅いと、前のライダー(チーム)を追い抜くことができず、時間的に苦しくなる。予選の結果がいいのは、はたしていいことばかりなのだろうか。もちろん、ライバルチームの走りをしっかり見てからトライができるのは、まちがいなく有利な点だ。

photo9月23日、日本のスタートは9時36分。ライダー3人がいっしょにスタートする。マインダーは二人。藤波のいつものマインダーのカルレス・バルネダと日本からの黒山二郎。マインダー二人はここ数年の規則で、去年も一昨年もこの二人でTDNを戦っている。ライダーは3人いるのに、マインダーは二人。ライダー個々が単独で試合を進めようとすると、マインダーなしで戦わなければいけなくなる。

第1セクション。あとから考えれば、それほど強烈にむずかしい設定ではなかったと思うのだが、木のステアがつるつるに滑った。どのチームも、減点をくらっているが、日本の目前で、フランスとスペインはクリーンをした。そして日本。まず小川が失敗、5点となった。黒山はガードをかけるところまでは登ったのだが、やはり5点。これで、少なくとも日本の減点は5点となった。ここはなんとしてもクリーンをして、チーム減点を5点にとどめようと藤波は思った。思ってしまった。しかしそれでも、木のステアではリヤタイヤが藤波の想定を越えた滑り方をした。結果論として、そこで足を使ってマシンを押し出していればよかったのだが、藤波はがまんをした。その結果、なんとか3点で抜けられたかと思いきや、停止をとられての5点となった。日本のチーム減点は10点。7チームが出場のTDN世界選手権クラスで、最下位からの追い上げを強いられることになった。

その後、第2はクリーン、第3で3点、第4で2点、第5で2点と、こつこつと減点を押さえていった日本。第5までの時点でトップはスペイン(7点)。同点でフランス、3位はイギリスと日本が17点の同点、4位イタリア(19点)、5位ノルウェー(25点)、6位ドイツ(28点)。第1の10点は痛かったが、確実に挽回をしてきた日本だった。

しかしこの頃、すでに残り時間が足りない状況になりつつあった。予想はしていたことだったが、ではどうすればいいのだ。仮に3人のうち誰かが先へ行って、前を走る誰かを抜いても、日本チームと前のチームが混ざるだけだ。本質的な解決にはならない。

「きみら、もうちょっと早く行けないのか」

前を走るイタリアに、藤波は声をかけた。もちろんイタリアだって、時間がないのは承知している。「早く行きたいのはやまやまたが、前が遅いからどうしようもない」と答えが返ってくる。

100人も走っているのだから、こうなるのも当然といえば当然。後半、どんどん時間がなくなってきて、藤波は第12セクションで日本チームの先頭に出て、先を急いだ。そして以降は、いっさいセクションを下見せず、トライに臨んでいる。ところが事前に下見をしたときとは、セクションは変わっている。雨が降ってきて、主に難易度を低く設定しなおしたものだが、そんな状況なのに下見なしでセクションインするのだから、セクションの中で迷子になる。マインダーに「次はどっちだ?」と聞きながらトライすることになる。

photo第13セクションは、結果論としても、エスケープして先を急いだほうがよかったセクションだった。この時点で、1ラップ目の残り時間はたったの4分だった。しかし下見なしで走るのは藤波だけで、小川と黒山は下見なしで走る経験が少ない。時間はどんどん少なくなっていった。さらに、この第13セクションで藤波はクラッシュした。滑り落ちて、その際にステップにヒザを打ち付けた。ちょっと痛い。しかし痛いなどといっていられる場合ではないので、そのまま先を急いだ。結果、この第13ではチーム減点は8点となった。3人で走って8点。エスケープすれば、誰も走らずに10点。時間を使って、2点だけ稼いだ計算になる。

すでにオンタイムは不可能だ。あとはタイムオーバーをどこまで少なくおさえられるかという勝負になる。その頃、各チームが猛然とペースを上げてトライをし始めた。世界選手権のいつものパターンだ。しかし日本はこのペースアップにいまひとつついていけない。ノーストップルールに慣れたり、セクションを走る以外にも、世界選手権とヨーロッパのトライアルに慣れなければいけないことは多い。二人ともフルシーズン参戦をしていたとはいえ、ブランクは大きかったようだ。

第14セクションは、それでも3人がトライしている。小川が3点で抜け藤波がクリーンしたところで、藤波は黒山に、申告5点で先へ進もうと指示を出したつもりだったのだが、これは伝わっていなかった。黒山は第14をトライして、5点になっている。

そして最終セクション。小川が到着し、藤波が到着する。しかし黒山が帰ってこない。帰り道の移動路で、なにかトラブルがあったようだ。最終セクションを終えて藤波がゴール。おそらく藤波は2分ほどのタイムオーバーをくらっていた。そして小川がゴール。しばしして、黒山が帰ってきた。

このとき、藤波は、勘違いをしていた。というより、今年のTDNのタイムオーバーの計算がちょっとおかしかった。藤波は最後のライダーがゴールしたときの時間差がタイムオーバーになると考えていた。多くのライダーも、そんなふうに考えていたようだ。ところが実際には、3人のタイムオーバーをすべて合算して、チームの減点となった。FIMトライアル委員会のティエリー・ミショーがやってきて、オーガナイザーと問答をしていたが、試合が始まっている今になって言われても、システムの変更なんかできないという返答で、このタイムオーバーが結果に反映されることになったというやりとりだった。

1ラップ目後半、日本は2位に浮上したタイミングも合った。しかし結局タイムペナルティを加算すると、スペイン、イギリス、フランスに次ぐ4位。スペインにも19点のタイムオーバーがあるが、ここは別格。イギリスのタイムオーバーは9点、フランスは5点。ここで10点、15点の差がついたのは大きな痛手だった。

日本勢3人、それぞれがどれくらいのタイムオーバーだったのかは、はっきりわからない。リザルトには出てこないから、ライダー個々が把握していなければ不明のままだ。藤波は2分か3分、小川がそれより少し多いのだが、ということは黒山の減点がかなり多いということになる。タイムオーバーが20分をすぎると、そのライダーは失格となる。失格となれば、黒山が記録したスコアはすべてなくなってしまう。とにかく黒山を失格にしてはいけない、黒山には、なにがなんでもオンタイムでゴールしてもらわないといけない、というのが2ラップ目の日本チームの命題になった。

photoしかしその前に、藤波にはやらなければいけないことがあった。ヒザに負った負傷の確認だ。ケガは裂傷だが、思ったよりもひどかった。これは救急のお世話になるしかない。1ラップ目と2ラップ目のインターバルは20分あるが、タイムオーバーがあって時間が押しているから、すでに2ラップ目のスタート時刻が迫っている。

藤波はまだそのままスタートに向かい、二人といっしょにいっしょした。救急でケガの診断を仰いだ末にリタイヤとなるかもしれないが、スタートしなければその時点でリタイヤが決まる。まずはスタートをして、その後に救急処置を受けて、最終判断を決めようと思った。チームには「もしかしたらこのままリタイヤになるかもしれないが、リタイヤしないで追いつくようにがんばるから、それまで二人で走ってくれ」とお願いする。

診断は、すぐに縫合手術を受けなさい、ということだった。それはリタイヤを意味する。負傷してから5時間以内でないと縫合ができなくなるということだったが、競技はあと2時間半ほどで終了する。全部申告5点でさささと走って帰ってくるだけだからとお医者さんに宣告して、負傷患部を消毒してもらい、雑菌が入らないようにしてもらった。それからあらためてコースへ出て、先行しているチームを追いかける。ゴールしたら、表彰式は欠席して病院へ向かい、縫合手術を受ける予定だ。

第1セクションに到着すると、なんとセクションが片づけられていた。トライする気はなかったが、パンチをもらわなければいけない。ところが採点用のタブレット端末も片づけられていた。すったもんだをしているうち、ようやくタブレットが現れて、そこで藤波は申告5点をもらった。次の第2も申告5点。そして第3で、ようやく藤波は日本チームに追いついた。藤波は、トライする気はなかったのたが、目の前で5点になっている。それで藤波が走ってクリーンをして、このセクションのチーム減点を1点とした。

3人が揃った第4セクション。しかしここでは3人ともが5点になってしまった。今回二つ目のフルペナルティだ。しかし2ラップ目の第4はスペイン以外はどこもフルペナルティ。そしてイギリスもフランスも日本も、これが二つ目のフルペナルティだった。

第5、第6は、小川、黒山が5点となり、藤波がクリーンというパターンで、それぞれチーム減点は5点となった。しかしこの第5で、黒山が大クラッシュ。フロントに大きなダメージを受け、ブレーキに不具合が発生。これがブレーキディスクが歪んでいることに気がつくのに時間がかかったようで、結局12セクションまでを申告5点で抜けることになった。黒山のアクシデントも手痛いが、それによってマインダーの一人が、黒山にかかりきりになってしまったのも痛かった。

第8では、藤波が狙いすぎで5点。1ラップ目は1点で抜けていたので、同じように抜ければよかったのだが、二人の5点を挽回しようとしてしまったのが裏目となった。TDNは、3人のライダーがそれぞれ仲間の失点をリカバリーしあってチームに貢献していくところがおもしろいところなのだが、黒山が第6から第12まで申告5点で、二人のスコアがそのままチーム減点となった。2ラップ目はお互いをサポートするTDNらしい戦い方がほとんどできていなかったのは残念だった。

2ラップ目は時間的には仕切り直しになっていたが、やはり時間は足りない。今度は最初からできるだけ急いで、可能なら申告5点で時間を稼いだ。それで途中、一度はスペインを抜いて前に出た。しかし試合後半、スペインは第13セクションを全員で申告5点。一気に前へ出てきた。第13は、スペインなら最少減点で抜けるのも可能かもしれなかったが、すでに大差をつけていること、イタリアもイギリスもフルペナルティの10点をとっていることなど、全員でパスをするならここ、というのはいい判断だったかもしれない。

スペインが前に出てきたことで、日本の最後の戦いも多少影響を受けることになった。小川と藤波の間にスペインが入ったりして、チームが分断する。一人に一人マインダーがいれば、ライダー個々としては完結して試合を進められるが、ライダー3人マインダー2人では、チームが分断してしまうと誰かがマインダーなしになってしまう。マインダーなしで走るのは藤波だった。どうしてもあぶないところは、追いついてきたスペインチームのマインダーをするレプソル・ホンダ・チームのマルク・フレイシャにお願いして立ってもらったりもした。

最終15セクションに藤波が到着したとき、小川はすでにトライを終えていた。藤波が入ろうかというとき、藤波の残り時間は1分半ほど。黒山には、トライをする時間が残されていなかったから、先にゴールへ向かう黒山を見送ってから、藤波は確実に最終セクションを走って、クリーンした。

photoすでに表彰台の獲得がむずかしいのはわかっていたので、2ラップ目をオンタイムでゴールした後は、一刻も早くパドックへ帰って病院へ向かうのが藤波の仕事になる。藤波、小川、黒山の3人が組んだ日本代表チームが表彰台を逃したのは、これが初めてだ。藤波としても、この二人とチームを組んで表彰台を逃したのはこれが初めて(2015年に5位となったが、その時は小川、黒山は参加していない)。なんともくやしい結果になってしまった。

タイムオーバーを(こんなにたくさん)とらずに戦うにはどうしたらよかったか。誰がチームを引っ張っていくべきだったのか、いろいろむずかしい問題はある。世界選手権の今を戦っている藤波にとっては思うところはたくさんあるが、今回の3人が表彰台に乗る実力を持っているのはまちがいない。ぜひ、今回の雪辱は晴らしておきたいと思うところである。

ヒザの裂傷は、ゴール後すぐに病院へ向かって縫合手術を受け、今は回復を待っているところだ。裂傷そのものはつながればいいので問題はない。傷が深く、筋肉や腱も傷めている可能性があるので、しばらくは様子を見ていきたいところだが、オートバイに乗っているのがなによりの薬の藤波のこと、じっとしているのはなかなかむずかしそうだ。

○藤波貴久のコメント

「小川(友幸)さんと(黒山)健ちゃんとのチームで、表彰台を逃すとは思ってもみませんでした。悪くても3位。2位を勝ち取るのはむずかしいかなぁ、でも2位になれるかもしれないなぁと思っていたもので、失望は大きかったです。予選でトップに立って、それで日本チームのみんなも盛り上がっていたのですが、予選トップで最終スタートというのも、タイムキープについては状況が悪かったのではないかとは思います。時間がなくなってきたら、サポートを待ってトライしているようでは遅くて、下見をしていなくてもなんでも、ぱっぱぱっぱとトライしていかなければいけないのですが、そのへんが日本からの二人には徹底できなかった。ぼくも一人で先へ進んでしまって、きちんと伝えられなかったし、またそこで話し合いをしているようではさらに時間がなくなってしまうし、結果論で今考えても、むずかしい戦いでした。これでもう、今年は大会の予定はないので、ケガをなおして、日本へ行くのを楽しみにしていようと思います」

Trial Des Nations World Championship 2015
Pos. Nat. Total CL
1位 スペイン 64+19  35
トニー・ボウ(モンテッサ)
ハイメ・ブスト(ガスガス)
ジェロニ・ファハルド(ガスガス)
2位 イギリス 113+9 23
ジェイムス・ダビル(ベータ)
ジャック・プライス(ガスガス)
トビィ・マーチン(モンテッサ)
3位 フランス 128+5  17
ブノア・ビンカス(スコルパ)
アレックス・フェレール(シェルコ)
ロリス・グビアン(ガスガス)
4位 日本 127+20  18
藤波貴久(モンテッサ)
黒山健一(ヤマハ)
小川友幸(モンテッサ)
5位 イタリア  151+23  16
マテオ・グラタローラ(ホンダ)
ルカ・ペトレーラ(TRRS)
ジャンルカ・トルノール(ガスガス)
6位 ノルウェー  184+6  8
イブ・アンダーセン(ガスガス)
ハカン・ペダーソン(ベータ)
ハガ・ソンドレ(TRRS)
7位 ドイツ 190+10  200
ヤン・ペテルス(ベータ)
フランツ・カドレック(ガスガス)
サーシャ・ノエマン(スコルパ)