最終戦イタリアGPは、昨年と同じオフロードパークが会場となった。ここは昨年10位となった印象のよろしくない会場でもある。セッティングに迷いが出たという明らかな敗因はあったにせよ、第1セクションから7連続5点というあり得ないスコアを残してしまった。
会場のレイアウトは去年とほとんどいっしょ。セクションのレイアウトも、ほぼいっしょだった。去年の敗北には明確な理由があったとはいえ、いいイメージがわかないのは確かだ。
さて今回、初めての試みとして、予選がナイターで行われた。土曜日の夜に予選を楽しんでもらうのは、ショーとしてはなかなかすぐれた試みだったかもしれないが、参加者的にはすべての時間がずれてきて、なかなかたいへんだった。
ライトアップはされているとはいえ、暗い。予選セクションそのものも明るくはないが、ウォームアップをすべきエリアはまともなライトはないので、さらに暗い。あぶないというより、ちょっと走りにくいというくらいのレベルではあるが、遠近感はつかみにくくなる。日本人の目は、白人系の目に比べると、どうも暗いところは弱いようで、これはどうしようもない。それが予選結果に影響するかどうかは又別問題かもしれないが、昼間とは環境がちがうことだけは確かだ。
予選2回目が終わったら午後9時を回っている。予選1セクションを2回走っただけだから、それからの整備はフルバージョンではないにしろ、翌日の本番を控えて、最終整備は夜遅くまでかかる。ライダーは最後までつきあっていられないから、マシンの仕上がりを確認することなく宿へ向かう。そして翌朝、できあがったマシンをチェックして、そこであらためて整備をしなおすことも起こったりする。事実、藤波は試合の朝、マシンの仕上がりがいまひとつ感覚に合わず、パーツの組み換えなどをしなければいけなかった。
今回は主催者の要望でのナイト予選と聞いているが、もしこれが毎度のことになるようだったら、参加側としてはかなり厳しいシステム、ということになるだろう。
そして本番。泣いても笑っても、これが2018年最後の世界選手権トライアルだ。願わくば、好不調の波が激しいアルベルト・カベスタニーが不調に沈んで、藤波が表彰台に上がって、ランキング争いを逆転するという結末を望みたいが、まずは藤波が調子よく走ってこそ実現する結末だ。カベスタニーとの点差は8点差。簡単に逆転できる点差ではない。
こんな期待を込めて始まったトライアル。しかし第1セクション、藤波は5点になってしまった。1年前と同じ滑り出しに、ちょっとあせった藤波だった。藤波の下見中には、今回日本からスポット参戦している黒山健一が2点で通過している。それを確認しながらの5点だから、これはやばいのではないか、もしかすると去年の二の舞いになってしまうのではないかという危機感を感じてしまったのは否めない。
第2セクションも1点。第3セクションで、ようやくクリーンが出せた。なんとか、去年とはちがう展開となったのだが、この頃、別の問題が発生していた。今シーズン、ライダーはスタート順を守ってトライする暗黙の了解ができていたのだが、今回3番手スタートだったアダム・ラガの下見がとても長い。予選で失敗したラガは、黒山、アレックス・フェレールに次いでのトライのはずなのだが、二人がトライした後、さらに下見をやりなおしたりしている。第3セクションの時点で、すでにスタートから1時間を費やしている。
しかし後続のライダーは、みな暗黙の了解を守ってラガを追い抜かない。ゼッケン2番だし、特に今回はランキング3位争いの渦中にあるラガを、若手たちはリスペクトしているようで、おとなしくラガのトライを待っている。
一方、これはラガの作戦でもあった。このままのペースではラガとてオンタイムでのゴールはむずかしい。後続をちょっとした渋滞状態にしておいて、1ラップ後半、一気にペースを上げて自分だけオンタイムでゴールすれば、ライバルがタイムオーバー減点をくらうことになる。予選を失敗して早いスタートを強いられたライダーにとっては、これもまた行使できる作戦、ということになるのかもしれない。デモ、ちょっとずるい気はする。
そんなことがありながらも、第7セクションあたりまではまずまずのトライアルができていた。第9セクションでは、1点で走っていたのだが、停止の5点を取られてしまった。次の第10セクションでも、やはり停止5点を取られた。第11セクションは、ふつうに失敗して5点になった。しかし結果として、ここで3連続5点になったのは痛かった。
第9での停止5点は、ライン上に予期せぬ石があって、ちょっと躊躇した。その躊躇が、停止したととられてしまった。もともと藤波はゆっくり走る。だからちょっと躊躇してスピードが落ちたら、見方によっては停止ととられてしまう恐れはあったが、ここではその心配が的中してしまった。
第10での停止5点は、それはないだろうという判定だったが、そこで判断の理由を問いただしている時間はなかった。仮に5点がクリーンになったとしても、それでタイムオーバーを5点とってしまったら結果は同じだ。それで先を急ぐことになった。
その頃、いよいよという感じでラガがペースを上げ始めた。もちろん、これは藤波も予期していた。ラガのペースが異常に遅いという以前に、1ラップ目後半に時間がなくなるのは想定内だったから、金曜日の下見の時点でじっくりと下見をして、試合中には下見をしないでも走れるくらいにしておいた。それで第12セクションはクリーンすることができたのだが、トライを終えたところで残り時間3分とスタッフに告げられた。さすがに第13、第14は時間がない。この二つは申告5点で先を急ぐことにした。第14セクションで申告5点の手続きをしているとき、すぐ隣にある最終セクションを見たら、並んでいるライダーは皆無だった。これなら間にあいそうだ。
最終セクションに到着してみると、しかしなんと、黒山が下見中だった。なんでこんなにのんびりしてるんだろうと思いつつ、トライ順を譲ろうかとも思ったが、すぐ後ろにはダビルもいた。どっちが先に走るか、なんて相談をしているうちに、ダビルに抜かれてしまう恐れもある。それで少々不思議な顔をしている黒山を尻目に、藤波は下見もしないでトライした。そしてクリーンした。
しかし1ラップ目、藤波の減点は40点にもなった。5位のハイメ・ブストに4点差の6位だが、ブストは4点のタイムオーバーを足してのこの点数。減点自体は8点差をつけられている。2ラップ目、よほどの挽回をしなければ、逆転はむずかしそうだ。
2ラップ目、1ラップ目に5点になった第1は1点で抜けることができた。2ラップ目のボウ以外全員5点の第4は致し方なしとしても、序盤はそこそこ点数を押さえられた。ラガのトライはやはり遅かったが、でも今度は藤波が「1ラップ目みたいに遅かったら、今度は遠慮なく抜かしていくぞ」と宣言した。藤波がラガを抜いていけば、若手たちも次々にラガの前でトライし始めるだろう。そうなってしまったら、タイムオーバーの危機に晒されるのはラガの方だ。藤波の宣告を受けたラガは、突然ペースを上げてトライし始めた。2ラップ目は、1ラップ目ほどタイムに苦しむ恐れはなさそうだ。もちろん時間が充分ではないのは同様だ。
第7セクション。ここは1ラップ目には2点で抜けている。アンダーガードをかけにいって1点、もう1ヶ所、バランスを崩しての1点の計2点だ。ここを藤波はクリーン仕様と思った。ここをクリーンして逆転のはずみをつけようと思ったのだ。クリーンをするには、アンダーガードをかけていくわけにはいかない。ところがこれに失敗。前輪をつりすぎてまくれて5点となった。この5点は今回の戦いを決着づけるに等しいものとなった。カベスタニー、ブストとの点差は10点以上に広がり、逆転は厳しいものになった。
第10、第11と、1ラップ目に5点になった2ヶ所を1点で抜けた藤波だったが、最終第15セクションは5点となった。走れば走るほど滑るように変化していった岩の上でタイヤを滑らせての5点だった。しかしここでクリーンするか5点となるかは、もはや戦況には影響がなかった。藤波は6位をほぼ確定させてゴールすることになった。
今シーズン、前半の絶不調から、後半戦でなんとか藤波らしい走りを取り戻した。日本GPでは3位に入賞したが、藤波本人としてはこれは奇跡的な結果で、ふつうなら10位前後の結果を得るのがせいぜいだったはず。フランス大会で5位に入るまでは、肩の負傷とセッティングに悩み、本当に最悪の戦いとなった。
数年前まで、ボウとラガがトップを争い、藤波をはじめとするカベスタニー、ファハルドが表彰台争いするのが定番だったが、これにブストが加わり、さらに若手ライダーが成長を続けている。イギリスではミケル・ジェラベルトが2位表彰台に上がったが、こんなことは今後も起こってくるだろう。そして藤波らも、ちょっと調子を落とせば、10位あたりまで落ちてしまう可能性はあるということだ。
今回、黒山が久しぶりにヨーロッパの世界選手権に参戦を果たしたが、黒山らしい順位は残せずに終わっている。黒山がヨーロッパから撤退して10年、やはりそのブランクは大きいということか、10年の間にヨーロッパがどれほど進化したかということだろう。
藤波と黒山は、かつては同じパドックでいっしょに世界選手権を戦っていた仲間でありライバルだったが、10年ぶりにパドックでいっしょになって、日本人ひとりで戦うルーチンがしっかりできていることもあらためて確認した。日本の仲間がきても、藤波の戦い方は変わらなかった。孤軍奮闘という思いも藤波にはない。世界の藤波として戦ってきた歴史は、まだこれからも続いていく。
「浮き沈みが激しかったといわれますが、日本GPの3位は特別として、沈んだままの前半戦から、後半戦にようやく自分の走りができるようになった今シーズンでした。最終戦は、いまひとつおさえきることができずに6位となってしまいましたが、戦っている感覚はだいぶ戻ってきています。肩の調子も、少しずつ復調している。若手の成長は著しく、練習ではぼくよりうまいのは10人近くいます。でも試合になれば、そんな若手を相手にまだ勝負ができています。そこがトライアルのむずかしさであり、ぼくには若手にはない、それは経験なのかもしれませんが、若手に対して勝っている、そういうなにかがあるということなのだと思います。まだやれる、という実感を持ってシーズンを終えられたのは収穫でした」
日曜日 | ||||
---|---|---|---|---|
1位 | トニー・ボウ | スペイン・モンテッサ | 21 | 23 |
2位 | アダム・ラガ | スペイン・TRRS | 24 | 23 |
3位 | ジェロニ・ファハルド | スペイン・ガスガス | 32 | 18 |
4位 | アルベルト・カベスタニー | スペイン・ベータ | 46 | 17 |
5位 | ハイメ・ブスト | スペイン・ガスガス | 46 | 17 |
6位 | 藤波貴久 | 日本・モンテッサ | 63 | 12 |
7位 | ジェイムス・ダビル | イギリス・ベータ | 69 | 10 |
8位 | ミケル・ジェラベルト | スペイン・シェルコ | 78 | 10 |
9位 | ホルヘ・カサレス | スペイン・ヴェルティゴ | 83 | 6 |
10位 | ジャック・プライス | イギリス・ガスガス | 84 | 6 |
11位 | フランツ・カドレック | ドイツ・ガスガス | 85 | 12 |
12位 | オリオル・ノグエラ | スペイン・ホタガス | 100 | 6 |
13位 | ブノア・ビンカス | フランス・スコルパ | 107 | 7 |
14位 | アレックス・フェレール | フランス・シェルコ | 113 | 4 |
15位 | 黒山健一 | 日本・ヤマハ | 121 | 0 |
世界選手権ランキング | ||||
1位 | トニー・ボウ | スペイン・モンテッサ | 170 | |
2位 | ジェロニ・ファハルド | スペイン・ガスガス | 132 | |
3位 | アダム・ラガ | スペイン・TRRS | 129 | |
4位 | ハイメ・ブスト | スペイン・ガスガス | 124 | |
5位 | アルベルト・カベスタニー | スペイン・ベータ | 102 | |
6位 | 藤波貴久 | 日本・モンテッサ | 91 | |
7位 | ジェイムス・ダビル | イギリス・ベータ | 79 | |
8位 | ホルヘ・カサレス | スペイン・ヴェルティゴ | 73 |