2018年も終盤戦。最終戦イタリアを前にしての1戦はイギリス大会。今回のイギリス大会は西ヨークシャーのシルスデンでの開催だった。シルスデンはドギー・ランプキンの生まれ故郷の町。藤波も2000年頃、ランプキンとチームメイトだった頃に練習に行ったことがある。とんでもなく滑るところだったというのが、そのときの印象だ。
ところが今回、雨は一滴も降らなかった。そして猛烈にグリップがよかった。ちょっとの締め切りけが、グリップに大きな影響となるらしい。グリップがよくなれば、走破性もうんと上がる。セクションを見て、さっそくトニー・ボウは「これでは簡単すぎる」と言い出したが、彼の「簡単すぎる」はいつものことで、真に受けてセクション変更をするとたいへんなことになるのは主催者側もよくご存知だ。つまり、言い方は悪いがあまり信用されていないということになる。それでもいくつかのセクションの難易度がちょっとだけ変更されて、当日を迎えることになった。
さて予選は8番手。トップグループの中では最下位といってもいい、よろしくないものだった。前を走るのはホルヘ・カサレスやミケル・ジェラベルトあたりで、参考にできるようなトップライダーはいない。ただし今回は、みんなが走ってもそれほど条件が変わりそうにない。その点に限っては、スタート順の悪さが大きなハンディになることはなさそうだ。それに、もし試合中に雨でも降れば、先にトライしているほうが条件が酔いということにもなりそうだ。
最近の世界選手権では、セクションのトライ順はほとんど動かない。予選でスタート順が決まった頃から、なんとなく暗黙の了解でその順を守ってトライしている。以前は我先にトライしようとして割り込みが発生したり楽しくないこともあったが、いまやことGPに限っては参加しているのは15名内外。小競り合いをするにはあまりにも仲間すぎるということもあって、トライ順は決められたままでいこうというのが仲間内のルールになった。マシントラブルを起こしたなど、みんなに周知のアクシデントでも起きればこの限りではないが、みんながトライしようとしているのに先頭が長々として身をしていたりすると、もしもし?と催促を受けたりする。催促されたほうも、ごめんごめんと速やかにトライするという段取りになっている。前からこんな傾向はあったけれど、今年のもてぎ大会の後からは、特に順番を守る暗黙のルールは徹底してきている。もちろん、試合後半になると時間がなくなることもある。それでもみんな順番は守っている。結果表を見ると、スタートの早い藤波にはタイムペナルティがないが、トップのボウ、2位のアダム・ラガにはタイムペナルティがついている。これはラガのトライがとっても遅かったからだ。
今回の藤波は、序盤はなかなか好調だった。第4までをオールクリーン。ボウが第3で1点をついていて、第4までオールクリーンはハイメ・ブスト、アルベルト・カベスタニー、ミケル・ジェラベルト、ラガと藤波、5人だった。
続く第5は、今回の難所の一つ。ここをいければ、上位入賞の可能性は大きくなると、藤波は考えていた。大きめの二段ステアがむずかしいポイントだ。藤波の前を走る若いジェラベルトが1点で通過していった。それなら自分もとトライした藤波だったが5点。ちょっと残念だが、まだ試合は始まったばかりだ。
今回のセクション、第1から最終第15まで、ほとんど見渡すことができるロケーションだった。セクションの下見をしている際にも、隣を見るとライバルがどんな感じでトライをしているのかがなんとなく見渡せる。もちろんスマートフォン経由で戦況を把握することはできるが、自分の目で状況を見渡せるのはまた話がちがう。
その後、藤波は第7で5点となった。この第7は、むずかしいセクションではなかった。ゴロゴロの岩が敷き詰められているというか、SSDTのようなセクションといえばわかってもらえるだろうか。特に大きな岩があるわけでもない。その代わり、オブザーバーが思い切り厳しかった。藤波の5点は、この容赦ないオブザーバーに停止をとられての5点だった。くやしいが、いたしかたない。
ここで5点を取ったライダーに、ボウもいた。オブザーバーが厳しいのは藤波らにすれば周知だったのだが、最終スタートのボウは、それを知らなかったらしい。ボウが到着したとき、ラガがあわてたような走りでトライをしている最中で、なんであんな走りをしているんだろうなぁと思いながらいつものように走ったところ、5点を取られたという。
第7セクションのこんなハプニングで、ボウは7点、藤波は10点。ラガが1点、ジェラベルトが2点、ジェロニ・ファハルドが6点と続く。カベスタニー、ブストが藤波と同様の10点で並んでいる。5点をふたつもとってしまったから、順位が5位か6位となるのもしかたない。
ただし、藤波はこのまま10点で1ラップ目をゴールした。タイムオーバー減点はなし。カベスタニー、ファハルド、ブスト、ダビルにはタイムオーバー減点が1点あった。藤波より1ラップ目の減点が少ないのはボウ、ラガ、ジェラベルトの3人だけだったが、ボウとラガにもタイムオーバーがあった。1ラップ目のタイムオーバーを足すと、トップはなんとジェラベルトの3点(タイムオーバーなし)、2位が藤波の10点(クリーン13)だった。ボウは8点+タイムオーバーの2点で10点(クリーン11)で3位、ラガが9点+タイムオーバー3点の12点で4位となっていた。
表彰台の可能性はあった。いや、勝利の可能性も充分にあった。1ラップ目、藤波の減点は5点が二つだけだ。これを2ラップ目に、たとえば1点1点でまとめられれば、充分に可能性がある。ジェラベルトのリードは大きいが、しかしジェラベルトにはこれまで表彰台経験もない。トップを走る不慣れから、ジェラベルトは必ず崩れると藤波は読んでいた。つまりジェラベルトは敵ではない、ということだ。
2ラップ目、しかし思ったような展開にはならなかった。1ラップ目の最初の鬼門だった第5セクション、藤波はまたしても5点になってしまった。攻略しきれずの5点だった。ボウは2点、ラガは1点、そしてなんと、ジェラベルトはまたしてもここを1点で抜けてしまった。この時点で、やばいな、この若いのは調子に乗ってきているな、という危機感が芽生えてきた。同時に、5を抜けられなかったことで、この日の表彰台獲得の権利はないな、と覚悟も決まってきた。
今回、藤波マシンには悩んだ末、ボウのセッティングを適用した。これが藤波にもなかなかよかった。このマシンで、もう失敗はできない。第5で5点となってしまったが、しかしこのあとは、自分が一生懸命走るしかないと気持ちを奮い立たせた。
もうひとつ、気になることがあった。若いジェラベルトの存在だ。この日は、トニー・ボウがまた新たなチャンピオンを決める日だ。チャンピオン決定には揺るぎがないが、そんなめでたい日に、若手が初優勝などされてしまったら、話題のハイライトがそっちに持っていかれてしまう。藤波ががんばってなんとかなる問題ではないかもしれないが、しかしそれが唯一のできることだった。
1ラップ目に5点を取られた第7は、今度は1点で抜けた。ところが、第12セクションで、藤波は5点を取ってしまった。ゲートマーカーをつぶしてしまう、文句なしの5点だった。表彰台争いからは完全に脱落した印象だが、しかし今度は、4位争いを勝ち取るため、ここから気を抜かずに最後まで走りきらなければ行けない。4位争いは僅差だった。8位のジェイムス・ダビルまでが5点内外の間にひしめきあっている。第12の5点は、この日のすべてを帳消しにするような絶望感があったが、それだけに藤波をあらためて奮い立たせるに充分だった。
反対に、第12で3点となり、それからがたがたとくずれていったライダーがいた。優勝するかもしれなかったジェラベルトだ。第12で3点、第13で1点、第14で5点、最終で1点。後半の4セクションでは、ついにクリーンが一つも出なかった。残り4セクションにして減点5点、優勝争いのボウはこの時点で13点。8点差があった。ここでジェラベルトは、今日は勝ったと思ってしまったのではないか。それだけに、第13での3点は精神的に揺さぶられて、そこからがらがらと崩れてしまう結果になった、と藤波は見る。
残り3セクション、藤波はジェラベルトとは対照的に、しっかり走りきってゴールした。第13ではブストが5点になっているから、それが藤波に起こっていた可能性はあった。5点4つ、1点一つ、クリーン25の21点で30セクションを走りきった藤波。上出来とはいかなかったが、まずまずの結果にはなったのではないか。あとは後続がゴールしてからでないと最終順位はわからないが、藤波はゴール後の重量検査などをしていて、後続の状況を知るところにはいなかった。ボウのチャンピオンを祝う場に出向いた際に、この日の4位を知らされた藤波だった。5位のカベスタニーとは2点差、6位のファハルドとは3点差のきわどい勝利だった。
ランキングは6位のまま。ランキング5位争いのライバルはカベスタニーだが、カベスタニーが今回藤波の直後の5位に入ったことで、点差はほとんど縮まっていない。
さぁ、次はいよいよ2018年最終戦だ。
「優勝できたかもしれない、表彰台は勝ち取れたのではないかという点では悔しいですが、今シーズン前半の最悪の状況からは脱して、ちゃんと戦えているという実感があるのがなによりうれしいです。そういうライディング感覚は、元に戻ったなという実感がありますし、腕の状況も、100%とは言わないけれど、徐々によくなっています。自分の戦う場所に戻ってこれたというのが、今はなによりうれしいことです。ランキングのことは、もうなんにも考えていません。あと1回、とにかく表彰台に乗って、いい戦いをしてこんシーズンを終わりたいという、それだけです」
日曜日 | ||||
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1位 | トニー・ボウ | スペイン・モンテッサ | 13 | 24 |
2位 | アダム・ラガ | スペイン・TRRS | 15 | 23 |
3位 | ミケル・ジェラベルト | スペイン・シェルコ | 15 | 21 |
4位 | 藤波貴久 | 日本・モンテッサ | 21 | 25 |
5位 | アルベルト・カベスタニー | スペイン・ベータ | 23 | 24 |
6位 | ジェロニ・ファハルド | スペイン・ガスガス | 24 | 23 |
7位 | ハイメ・ブスト | スペイン・ガスガス | 28 | 24 |
8位 | ジェイムス・ダビル | イギリス・ベータ | 28 | 19 |
9位 | ジャック・プライス | イギリス・ガスガス | 35 | 18 |
10位 | ホルヘ・カサレス | スペイン・ヴェルティゴ | 42 | 13 |
世界選手権ランキング | ||||
1位 | トニー・ボウ | スペイン・モンテッサ | 150 | |
2位 | ジェロニ・ファハルド | スペイン・ガスガス | 117 | |
3位 | ハイメ・ブスト | スペイン・ガスガス | 113 | |
4位 | アダム・ラガ | スペイン・TRRS | 112 | |
5位 | アルベルト・カベスタニー | スペイン・ベータ | 89 | |
6位 | 藤波貴久 | 日本・モンテッサ | 81 | |
7位 | ジェイムス・ダビル | イギリス・ベータ | 70 | |
8位 | ホルヘ・カサレス | スペイン・ヴェルティゴ | 66 |