年に1度の地元大会、日本GP。毎年、日本での藤波は、多くのイベントが目白押しで、忙しい。1週間前にはホンダの本社で、日本人ライダー走行会と銘打って、藤波、小川友幸、黒山健一、野崎史高によるトークショーが開催された。
スケジュールは忙しいが、早く帰ってくることで時差ボケは少しでも早く解消されるし、昔からいっしょにトライアルをがんばっている仲間といっしょに話ができるのは楽しいし、なにより、日本のファンに向かい合える時間は大切で、貴重なものだ。
しかし今回の藤波は、日本GPに向けて期待ばかりではなかった。前回、開幕戦スペインGPで藤波を8位に沈めた負傷は、いまだ完璧には癒えていない。もちろん回復はしていて、スペインの時よりと比べれば、コンディションはだんぜんよくなっている。100%にはほど遠い。オートバイに乗ってのトレーニングができていなくて、マシンを強く引きつけることができない。それが今の藤波だった。
木曜日は練習と受け付け、そして下見。金曜日は練習もできるが、基本は予選。予選の練習、1本目、そして2本目。スタート順は2本目の予選で決まってくる。土曜日、日曜日は大会本番となる。
練習時間の藤波は、腕に負担のかかる練習を避けていた。腕に負担をかけずにもてぎのセクションを走りきることは、おそらくできないだろう。しかし試合中の不可が原因で腕にトラブルが発生しても、それはそれであきらめがつく。練習中にだめになってしまうわけにはいかないと考えた。つまり本番に向けて、腕がどれくらいの仕事をしてくれるのか、そしてどれくらいの負荷に耐えてくれるのか、まったく未知数のまま、藤波の日本GPは始まったのだ。
金曜日の予選、プラクティスは、まずまずだった。そしてQ1。Q1はQ2のスタート順を決めるものだが、万一天候の急変などでQ2が開催できなくなった場合(途中で雨が降ってイコールコンディションが維持できなくなったときもこの例となる)には、Q1の結果でスタートが決まる。なのでQ1をQ2の練習と考えるわけにはいかない。どちらも真剣でないと、あとで困ることになる。
Q1では、藤波は5番手だった。これならまぁ悪くない。トップはトニー・ボウ、2位がハイメ・ブストと、予選の速い連中が上位を占める。ブストと、3位のアダム・ラガの間には1秒半近いギャップがあった。
その2時間後、Q2が始まった。小川友幸が1回足を出して、だいぶ結果が悪いだろうというのを見て、さらに藤波の直前を走ったジェロニ・ファハルドが停止5点となった。これでこの二人はトップグループでスタートすることになるだろう。
そして藤波。セクションはGPクラスとしてはむずかしくはないが、タイムをだそうと思えばやはりそこここに罠がある。丸太を一つ越えて、さらに加速しようと体勢をつくったその瞬間、リヤが滑ったか、藤波のマシンは大きく向きを変えてしまった。並のライダーならそれで5点となってしまうアクシデントだが、しぶとい藤波のこと、そこで瞬時にアプローチを変えて、短くなった助走でもう一度体勢を整えて、みごと足をつかないままに予選を走りきった。しかしそのタイムはトップを争うにはほど遠く、終わって見ればトップに11秒近い差で、クリーンをたたき出したライダーのほとんど最下位となってしまった。
予選トップはブスト。2位のアルベルト・カベスタニーに3秒弱の圧勝だった。ボウはといえば、藤波が失速した次の丸太を折り返すところでミスが出た。思ったよりはるかに小回りしすぎてしまったようで、あやしい走りになってしまった。スコアは減点1となり、ファハルド、小川に次ぐ3番手スタート。ボウには手痛い予選となった。この減点1。足は出ていなくて、セクション境界の杭にのっかってしまったような感じだったので、クリーンか5点かということだったと思われるのだが、オブザーバーからは減点行為を確認することができなかった。それで当初はクリーンとなっていたのだが、その場にいたレースディレクターが採点を修正してしまった。ボウにすれば、オブザーバー以外のスタッフが採点について口出しをすることがあっていいのかと不満で、なんで1点なのかも疑問の判定だったのだが、ともあれこうして予選が終わった。
一番スタートはファハルド、2番手が小川、3番手ボウ。以下、野崎史高、黒山健一と続いて藤波。日本人にとって目ぼしいライダーがみんな予選下位となってしまった。お天気がよく、乾いたもてぎは走るほどに岩に砂ぼこりが乗って滑ることがあるから、このスタート順はまんざらわるいものではないと、藤波はボウにはっぱをかけた。それは同時に、自分自身への発奮でもあった。
土曜日、気温が高い。セクションは、むずかしいという感じではなかったが、クリーンか5かという設定が多かったから、おそらく神経戦になるだろうとは思っていた。一番スタートのファハルドは、最初から淡々とセクションをこなしていく。しかもこの日のファハルドは、やたらと調子がよくて失敗がひとつもない。
確かに、セクション設定を考えれば、やってやれないことはない好スコアだが、それでもできる実力を持っているのと、実際にそれができるのとは話はちがってくる。ボウは第4で失敗して、ちょっと苦しい戦いを強いられている。マシンとの一体感がなかったそうだ。ボウといえど、マシンが自分の望む本調子になっていないと、ちょっと調子を崩したときに復調するのはむずかしい。
藤波は、淡々とクリーンを続けるファハルドを追って、第10セクションまで10連続クリーンを果たした。第11セクションでは2点。ファハルドに逃げられてしまうのはくやしいが、5点にもなれる設定のセクションだったから、2点でよかったと思える減点でもあった。藤波としては、意外に走れるな、という印象で、しかも、ライバルがもっとクリーンをしているのかと思いきや、意外にみんな減点がくらっていて、藤波にアドバンテージが回ってきていた。
1ラップ目が終わって、ファハルドは15セクションをすべてクリーン。藤波は第11のあと、第13で1点、第15で5点となって、1ラップ8点だった。最終セクションでは、ファハルドが充分にためを作ってスタートしていったのを見たが、その後にボウが停止をとられて5点となっていたので、オブザーバーの基準がちょっとむずかしくなり、そのままトライして5点になってしまったという次第だ。記者会見では、ファハルド自身がしっかり止まれたので(少し長めにバランスをとったのに5点を取られなかったから)ラッキーだったと言うように、ここはファハルドのラッキーポイントだったようだ。
スタートの遅いグループとはトライ時間が離れすぎているので状況はわからないが、悪くないスコアをマークしているというのはわかる。1ラップを終えたところで、聞きたくはなかったが「単独2位」という放送が聞こえてきた。それでパドックに帰った際、点数を確認して、3位に10点差をつけているのがわかった。
スペインで8位、それから比べれば調子は上がっているものの、今回の日本GPでは、表彰台など望むべくもないと考えていた。だから、1ラップ目とはいえ、2位につけているのは望外の好結果ということになる。このペースで2ラップ目も走ることができれば、けっこういい結果が期待できる。肩の調子は、それほど絶望的ではなかった。強烈にマシンを引きつけなければいけない第5だけが、ちょっときついと思われたセクションだったが、ただし2ラップ目の第5での5点はこれが原因ではない。2ラップ目に入って、マシンが変調をきたしてしまったのだ。
藤波のライディングは、マシンとの絶妙なコンビネーションの上に成り立っている。それが崩れてしまい、ライディングスタイルもおかしくなってしまった。修理すれば回復するかもしれないが、もちろんそんな時間はない。あとは、少しでも減点を少なく押さえて、1ラップ目の貯金をキープすることに努めるばかりだ。体力的にも、当然万全ではなかったのだろう。ずっと、がまんの走りとなった。
第3、第5、第7、第8と、1ラップ目にクリーンしているセクションで減点があった。第11では1ラップ目に2点だったところをクリーンで出たが、第13も減点5、そして最終セクションでも減点5となって、藤波は土曜日の試合を終えた。第13は、最後のそそり立った岩が鬼門だった。2ラップ目は、1ラップ目よりわだちが少し深くなっていた。多くのライダーがトライしたから、そうなるのも当然だが、そのわだちでパワーを食われて、岩の頂点まで飛べずの5点だった。
最終セクションは、この日の2ラップ目が最も可能性があった。アンダーガードがかかるあと一歩まで登れたのだが、本人が思っている以上に登れてしまって、ちょっとあわててしまって5点になってしまった。もっとも、腕の引きも足りなかったから、あわてていなくても登れていたかどうかは微妙なところだ。
トップスタートのファハルドは、2ラップ目にいくつか減点をしたものの、優勝はほぼ確定している。ボウは、ファハルドに20点近い差をつけられてゴールした。藤波は、ボウより2点だけ好スコアをマーク、できればファハルドのあと、2位と3位でふたりとも表彰台に乗りたいところだが、さて……。
スタートの遅いライダーの中で、表彰台争いにからむのはアダム・ラガだけだった。ラガは2ラップ目をオールクリーンの勢いで進んできて、第13をクリーンしたところで藤波とボウより上位を確定させた。藤波は、2ラップ目だけだと7位の成績だったが、1ラップ目のアドバンテージのおかげで3位表彰台を獲得した。開幕戦の調子が悪かっただけに、ここで表彰台に乗った意義は大きかった。
明けて日曜日。土曜日に表彰台に乗って、日曜日はさらによい結果をと望まれているのはわかっていたが、しかし同じことを2度繰り返して、同じ結果になるというものでもない。しかも、負傷を背負っている藤波は、このところ、オートバイに乗ってのトレーニングをまったくしていない。ジムでのトレーニングはやっているが、やっぱり最終的にはオートバイに乗っての筋力トレーニングも重要だ。それができていない藤波は、1日走ったところでの筋肉痛に悩まされていた。これは開幕戦のあとも同じ症状なのだが、今回は2日制なので、2日目にはもろに影響が出る。
スタート順は、土曜日と同じ。金曜日に行われた予選結果は、土曜日にも日曜日にも反映される。2日制の大会の予選で失敗をすると、こういうツケが回ってくる。
一番スタートのファハルドは、早くも第2で1点を失った。昨日のファハルドとはちょっとちがうようだ。しかし藤波も、第3で2点を失う。さらに第5、第6で5点。第11ではファハルドとともに5点となって、さらに第13から3連続5点となった。なんと、1ラップ15セクションのうち、6つのセクションで5点だ。減点は32点だから、ほとんど5点ばかりで減点していることになる。クリーンか5点の神経戦、という読みはばっちりあたっていたが、5点ばかりでは厳しいものがある。
1ラップ目の藤波は10位だった。スタート順が早いから、途中経過では12位あたりをうろうろしていて、状況はなかなか絶望的だった。実はこの日も、藤波はマシンとの一体感を感じられないままにトライを重ねていた。
1ラップ目が終わって20分間のインターバルの間にピットでできることはやったのだが、しかし万全とはならず。2ラップ目も苦しい戦いとなってしまった。
2ラップ目、第3セクションのスタートを失敗、滑って登れずに5点となる。その後、藤波にとっての鬼門となってしまった第13で5点。まっすぐ登るのはむずかしいので、ボウと同じく、少しラインを変えて挑戦したのだが、ボウは登れて、藤波はだめだった。
それでも、2ラップ目は体があたたまってきて、筋肉痛もいくらかはいい方向になっていた。それもあって、2ラップ目は1ラップ目より減点を減らすことができたのだが、それでも2ラップともに、2ラップ目の減点数で回ったとしても、ポジションがひとつ上がるだけという結果だった。
開幕戦8位で最悪の滑り出しと思いきや、2戦目で表彰台、3戦目でさらに最悪の9位と、負傷があってとはいえ、なかなか波乱の滑り出しとなっている2018年だが、表彰台を獲得したことでランキングは6位。中堅の成長が著しいことなどもあり、今年はこの波乱が続きそうな気配ではある。
藤波の今回の獲得ポイントは、3位15ポイントと9位7ポイントで、合わせて22ポイント。日本GPだけを集計すると、ファハルドの33ポイント、ラガ32ポイント、ブスト31ポイント、ボウ30ポイントに次いでの5位となる。
「土曜日は、まずまずの結果となりました。2ラップ目が残念でしたけど、1ラップ目の貯金で表彰台に上ることができて、よかったです。ふつうに実力通りに走れば、この結果を出せるということが証明できたのもうれしい結果でした。これも、日本のみなさんに応援をいただいてのことで、感謝にたえません。そしてまた、日本で望むべく最低限である3位表彰台が獲得できて、安心もしています。日曜日はちょっとひどすぎる結果ではありましたが、両日4位になるより、1日が悪くても、表彰台に乗った事実があったほうがよかったのではないかと思っています。これが逆さまで、土曜日が悪くて、日曜日に表彰台の方が、気持ちよく日本のみなさんと来年の再会を約束できるのですが、それはしかたないです。2週間後のアンドラは、もっと症状がよくなっているはずなので、楽しみにしています。日本での応援、ありがとうございました」
土曜日(Day1) | ||||
---|---|---|---|---|
1位 | ジェロニ・ファハルド | スペイン・ガスガス | 11 | 27 |
2位 | アダム・ラガ | スペイン・TRRS | 23 | 24 |
3位 | 藤波貴久 | 日本・モンテッサ | 28 | 21 |
4位 | トニー・ボウ | スペイン・モンテッサ | 30 | 22 |
5位 | ハイメ・ブスト | スペイン・ガスガス | 35 | 21 |
6位 | ホルヘ・カサレス | スペイン・ヴェルティゴ | 44 | 18 |
7位 | アルベルト・カベスタニー | スペイン・ベータ | 46 | 17 |
8位 | ジェイムス・ダビル | イギリス・ベータ | 46 | 17 |
日曜日(Day2) | ||||
1位 | ハイメ・ブスト | スペイン・ガスガス | 19 | 23 |
2位 | トニー・ボウ | スペイン・モンテッサ | 22 | 22 |
3位 | アダム・ラガ | スペイン・TRRS | 24 | 23 |
4位 | ジェロニ・ファハルド | スペイン・ガスガス | 28 | 23 |
5位 | アルベルト・カベスタニー | スペイン・ベータ | 34 | 22 |
6位 | ジェイムス・ダビル | イギリス・ベータ | 34 | 21 |
7位 | ホルヘ・カサレス | スペイン・ヴェルティゴ | 38 | 22 |
8位 | ミケル・ジェラベルト | スペイン・シェルコ | 51 | 17 |
9位 | 藤波貴久 | 日本・モンテッサ | 51 | 17 |
世界選手権ランキング | ||||
1位 | トニー・ボウ | スペイン・モンテッサ | 50 | |
2位 | ハイメ・ブスト | スペイン・ガスガス | 48 | |
3位 | ジェロニ・ファハルド | スペイン・ガスガス | 48 | |
4位 | アダム・ラガ | スペイン・TRRS | 43 | |
5位 | ホルヘ・カサレス | スペイン・ヴェルティゴ | 32 | |
6位 | 藤波貴久 | 日本・モンテッ サ | 30 | |
7位 | アルベルト・カベスタニー | スペイン・ベータ | 29 | |
8位 | ジェイムス・ダビル | イギリス・ベータ | 28 |