失意にアメリカからヨーロッパ大陸に帰ってきた世界選手権は、9月のチェコから終盤戦を迎えた。チェコは標高もそれほど高くなく、ナチュラルな設定だから、藤波が苦手とするシチュエーションではない。ランキング3位を取り戻すにも、あるいは藤波に追い上げを仕掛けてくるジェロニ・ファハルドらの追撃を振り切るためにも、チェコの戦いは重要な一戦となるはずだった。
予選は10番手。あまりよろしい結果ではなかった。トニー・ボウが2番手か3番手で予選を走った。藤波は後ろの方の順番となった。ところがこの予選セクション、走れば走るほど、どんどん滑り始める。しかも藤波が走る直前には、雨も降ってきた。
キマリでは、予選のコンディションが急変した場合、公平性を保つためになんらか処置がおこなわれることになっているが、予選はそのまま続けられる。どう考えても、公平な予選とは言い難いが、スケジュールが進んでいくので、それに従って走るしかない。そんなことで、10番手という時計になった。
しかし翌日のセクションも、予選セクションと同じく、走れば走るほど滑るようなコンディションではある。必ずしもあとのスタートが有利というわけではないから、早いスタートにはそれなりに分もある。予選が10位でも、そんなに落ち込んでいたわけではなく、ポジティブに日曜日のトライアルを待つ藤波だった。
後ろから10番目ということは、前にはほんの数人しかいない。こうなると、藤波の参考にさせてもらえるライダーもほぼいないに等しく、かといってトップライダーを待ってもいられない。藤波のトライペースは、必然的に早くなった。第2セクション、第3セクションを終えたところでは、トップから3番目あたりのトライ順となっていた。
ボウが第2で5点、第3で1点と失点する序盤セクションを、藤波は3連続クリーンで抜けている。第4では5点となったが、第4はアダム・ラガも5点となっている。そんなに悪い滑り出しでもない。
ところが藤波本人は、マシンと自分とのフィーリングがマッチしないことに不安を感じながら走っていた。今回のマシンは、アメリカでの失敗をうけて、アメリカとは異なるセッティングを施していた。アメリカでは、標高の高さが失敗の大きな要因だったが、藤波の好む仕様に限界があるのではないかという思いもあった。単純にいえば、藤波の仕様はパワーよりもコントロール性を重視するものだが、ボウとブストはまずパワーを上げた仕様でアメリカに臨んでいた。もっともブストは常にボウの後ろを追いかけていて、そのセッティングもほぼ同じになっている。そんなわけで、チームの3台のうち、藤波だけが異なるセッティングで走っていることになる。
パワーを上げたマシンは、この何年か、藤波が苦手としている高いステップを上がるのが得意だ。それがなによりの大きな利点。アメリカでは、そういうポイントでことごとく5点となって、本領を発揮できずに終わっている。その点が、まず大きなメリットとなる。
反面、開けすぎてしまうと滑るデメリットもある。なにより、マシンの仕様を変えるのは、ライダーの慣れの問題もあり、なかなか踏み切りにくいものなのだが、アメリカからチェコまでの間に練習をした限りでは、すべての条件でよい結果が出ていた。なのでチェコの本番も楽しみにしていた藤波だったのだが、本番はまたちがった。
慣れていない。それがすべてだった。とはいえ、試合中に前の仕様に戻せるかというと、そんなに単純なものではない。インジェクションのマッピングだけなら変更はむずかしくないが、この仕様変更はマッピングだけではない。ほぼすべての部分を、少しずつ変更してある。エンジンだけではなく、サスペンションにも変更がある。なので始まった試合では、なんとかこのままかたちにしていくしかない。
そうはいっても、苦戦は明らかだった。練習では行けていたようなところが、レースになるとうまくいかない。マシンの特性を理解しながら、その仕様を活かそうと走っている場合は問題なくいい結果が出るのだが、突発的にマシンをコントロールしようとすると、もともとの自分本来のアクセルワークやボディアクションが浮かび上がってきてしまう。新しいマシンの仕様が、完璧に自分のものになっていない証拠だ。それが結果、なんでこんなところで? というような5点につながってしまう。
それでも、1ラップ目の中盤、サスペンションセッティングだけ変更をして、少しでもフィーリングが合致するように腐心した。その結果、1ラップ目終盤はクリーンが多い。トップと10点差、ボウに2点差の4位で1ラップ目を折り返すことになった。1ラップ目中盤には8位くらいとなっていたこともあったから、まずまずの追い上げだった。
それでも、乗れていない感覚はつきまとった。成績うんぬんではない。5点でもクリーンでも、乗れている感覚が、いまひとつ、ない。
加えて、早いスタートで早いペースでトライをしているから、ほかのみんなの点数を把握できない。ライバルが近くにいないから、自分だけが5点を取っているように思えてしまう。ただでさえ乗れていない自覚症状があるから、それでますます気持ちが落ち込んでいく。今日もぜんぜんだめだなと思いながらの戦いぶりとなった。アメリカとはちがう仕様で臨んでいるから、不調の理由はまったく別だが、アメリカと同じような8位とか9位とかの結果がちらついてくる。
ところが終わってみると、リザルトは5位。しかも4位とは5点差。3位と4位は同点だったから、表彰台までも5点差ということになる。しかも2位と3位もたったの1点差だった。あと7点スコアを縮めておけば、2位だったということだ。
こんな「たら・れば」を振り返っていてもなんにもならないのだが、試合中には上位人とのこんな戦いはまったく想定外だったから、それだけに、5位という結果は意外な好結果でもあり、その意外ぶりが逆にくやしい結果にもなった。
この大会、後輩のブストはまたしても3位表彰台に乗った。ランキング3位争いは12点差となって、もはや逆転の目はほとんどなくなったといっていい(もちろん可能性は残っているから、最後の最後まであきらめない)。となると、最終戦の仕事は、ランキング4位争いを勝ち取ることだ。ジェロニ・ファハルドとのランキング4位争いは、上位入賞が藤波の方が多いので、同点なら藤波が上位ランクとなる。この大会を終えて2点差だから、藤波3位、ファハルド4位なら藤波の勝利、藤波が5位以下なら、ファハルドとの間にもう一人誰かに入ってもらわないといけないという戦況だ。
とはいえ、そういう細かい作戦を考える気持ちは、藤波にはあまりない。2016年に取り戻したランキング3位。それを維持するべく2017年シーズンを戦ってきて、そこに赤信号がともっている今、ランキングのひとつやふたつの上下はあまり関係がないと考えている。とにかく最終戦は、きちんと自分の走りを発揮して、納得のいく戦いをしたい。そこが、今は一番の課題となっている。
「アメリカのあと、セッティングを変えて充分完熟はして臨んだ大会でしたが、違和感との戦いとなった一日になってしまいました。今回の5位は、そんな状況の中ではよい結果だったともいえるのですが、納得のいかない不本意な戦いでした。残りはあと1戦、結果はどうあれ、悔いのない、自分らしい戦いがしたいと思っています」
日曜日 | ||||
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1位 | アダム・ラガ | スペイン・TRRS | 36 | 14 |
2位 | トニー・ボウ | スペイン・モンテッサ | 53 | 14 |
3位 | ハイメ・ブスト | スペイン・モンテッサ | 54 | 15 |
4位 | ジェロニ・ファハルド | スペイン・ヴェルティゴ | 54 | 13 |
5位 | 藤波貴久 | 日本・モンテッサ | 59 | 11 |
6位 | アルベルト・カベスタニー | スペイン・シェルコ | 64 | 10 |
7位 | ミキュル・ジェレバート | スペイン・シェルコ | 66 | 8 |
世界選手権ランキング | ||||
1位 | トニー・ボウ | スペイン・モンテッサ | 172 | |
2位 | アダム・ラガ | スペイン・TRRS | 147 | |
3位 | ハイメ・ブスト | スペイン・モンテッサ | 118 | |
4位 | 藤波貴久 | 日本・モンテッサ | 108 | |
5位 | ジェロニ・ファハルド | スペイン・ヴェルティゴ | 106 | |
6位 | アルベルト・カベスタニー | スペイン・シェルコ | 95 |