アメリカ大会は、藤波にとってあまり悪い思い出のない、相性のいい大会だった。ところが今回は初めての会場で、これが藤波にはなかなか手ごわい会場となってしまった。土曜日8位、挽回を期した日曜日が7位。今シーズン、5位以下のリザルトとなってしまったのは、これが初めてだ。
今回の会場は、まず標高が高かった。ベースとなるポイントがそもそも標高2,000mほどで、一番高いところでは2,500mほどまで上がる。標高が高くててこずるといえば、ピレネー山脈のまっただ中、アンドラでの戦いが思い出されるが、アンドラの標高はせいぜい1,700mほど。ここはそれよりさらにざっと1,000m弱高い。
今回の会場の標高が高いのは行く前からわかっていたので、標高の高いアンドラで、さらに標高が高い会場を想定してのテストは行なっていた。空気が薄いのだから、もとより平地と同じ性能を期待するのは無理というものだが、なんとかそれに近づけるのがセッティングのさじ加減になる。
しかし藤波は、このセッティング出しに苦戦した。標高が高くて空気が薄ければ、当然パワーは出ないのだが、それをどんなふうにおぎなうかが勝負となる。藤波は、トルク感のあるエンジンを好む。しかしこの特性が、標高のせいでどうしても出せない。
チームメイトの二人はというと、それなりに妥協点を見つけていた。ルーキーのブストは偉大な先輩ボウのセッティングをそのままいただいて乗りこなそうとしているから、二人のセッティングは事実上同じだ。彼らはパワーがないのはないままに、とりあえず回転だけでも上がるような仕様を選んだ。そういったフィーリングは、藤波にはどうも合わない。
それで藤波は、少々パワー不足は否めないけれど、感触が悪くなかったアンドラ仕様でアメリカ大会に挑むことにした。3人のレプソルHondaチームの中では、ひとりだけちがうセッティングということになる。ボウとブストが選んだ仕様は藤波の乗り方にはあわなかったし、アンドラ仕様は非力ではあるがコントロールができる出力特性を持っていた。トルク感のあるエンジンの好きな藤波には、悪くない選択だったし、今まで乗っている仕様と大きなセッティング変更をしたくないという思いもあった。
今回のセクションは、乾いた岩場のロケーションで、これを上がるか落ちるかが勝負の要になることの多いものだった。下見をした時点では、いくつかのステアは簡単ではないものの、これらが上がれてしまえば、オールクリーンに近い勝負になってしまうのではないか、という懸念はあった。試合はそのまま、ほとんど手直しを受けずに始まったから、優勝争いは限りなくオールクリーンに近い勝負になった。
今回の藤波は、予選もうまくいかなかった。開幕戦で足をついて大失敗となって以降は、予選は安全マージンをもって挑んでいた。なので常に5番手あたりをキープすることになるのだが、今回はちょっと狙ってみようと思った。トップは無理としても、3番手あたりは狙える。そう思って挑んだ予選だったが、これがなかなかリスキーだった。
速さを重視した結果、あわや5点になるくらいの乱れ方をしてしまった。なんとか足を出さずにこらえて、そこからもう一度がんばった。ところがこれが、2回目のあわや5点につながった。足をつかずに走りきったのはよかったものの、今回は若手がけっこうタイムを出してきたから、クリーンしたライダーの中ではかなり下位に沈んでしまった。11番手。藤波の前でスタートするのは、いつもあまり予選が得意ではないホルヘ・カサレス、藤波の後ろからスタートとなるのが、ジェロニ・ファハルドだった。
セクションは、やはり減点の少ない神経戦となった。そんな中でも、いくつか高い岩があって、それを越えられるか落ちるかが、今回の戦いのふるいになった。これを越えてしまえば、難度はそんなに高くない。事実、2ラップ目にはボウとラガの二人がオールクリーンをしている。
しかし藤波は、そのふるいとなった高いポイントで、ことごとく失敗した。とにかく、エンジンが足りなかった。それは藤波のセッティングの方向がまちがっていたということでもあるのだが、よかれと思って選んだセッティングでもあるのだ。
ボウが2点で回ってきた1ラップ目、藤波には3つの5点があった。いずれも上がるか落ちるかのポイントで落ちた結果だった。
20分間のインターバルで、できる範囲でセッティングを変えようということになった。といっても、ボウとブストのセッティングとは、エンジンの内部も異なっているので、インジェクションのプログラムを変えるだけでセッティングががらりと変わる、というわけでもない。あまり大きく変えて、結果が裏目に出るリスクもある。
やれることをやり、しかしあまり大きな変化はなく、挽回のための2ラップ目が始まった。3つの5点はひとつに減った。減点は9点。1ラップ目の16点からは大きく減らすことができたが、2ラップ目は上位陣のすべてのライダーが原点を減らしてきたので、これが藤波の順位を上向かせることは特になかった。
ひとつ、納得のいかないこともあった。13セクションは、5点こそ少ないものの、上位陣も細かい減点をとるようなテクニカルセクションだった。藤波は1ラップ目は1点、2ラップ目はクリーンだった。ところが、終盤の数名を残したところで、岩が落ちてしまった。これでセクションが簡単になってしまったということで、公平を期するということで2ラップ目の13セクションはキャンセルとなった。
藤波の記憶の限り、こんなことは今までになかった。大きな岩がぐらぐらして危ないとか、セクションが変化して攻略がまったく不可能になったというような理由でキャンセルになったことはあったが、セクションが簡単になったという理由でのキャンセルはなかった。しかも岩が落ちて簡単になったというあとにも、足をついているライダーはいた。4位のダビルもそうだし、ファハルドもそうだった。
ゴール直後、藤波のリザルトは7位だった。ところが13セクションがキャンセルになるという発表と同時に、藤波は8位にドロップしてしまった。13セクションでのファハルドの1点が消え去ったからだ。
大会本部にキャンセルの意図を確かめ、決定の撤回を提案する藤波だったが、大会側は聞く耳を持たず、7位ファハルドに1点差で、藤波の8位が決定した。
試合が終わって、今度はマシンのセッティングをがらりと変更する時間ができた。藤波は8位と低迷したが、同じマシンで異なるセッティングを施したボウとブストは優勝と3位を得ている。土曜日の敗北を払拭するために、藤波マシンも彼らのマシンのセッティングとして、日曜日の戦いに挑むことにした。
セクションは、土曜日の反省から難度を増すことになっていたが、それでもまだ難度が高いとまではいかなかった。土曜日夜から日曜日朝にかけて、すごい雨が降った。これで難度も増すかと思われたのだが、スタートする頃には雨はすっかり止んで、走れば走るほど路面も乾いてきた。結局、セクション難度の変化はほとんどなかった。日曜日も神経戦となりそうだ。
この日の藤波は、けっして乗れていないという感じではなかった。調子がよくなくても、成績をまとめられるときはある。今回のアメリカは、マシンセッティングが敗因でもあるが、どちらかというとスペインのインドア風セクションとでも言うべきもので、藤波の得意パターンとは正反対のものだった。
上がるか落ちるか、そんなポイントで、藤波はことごとく失敗することになった。それ以外はまんざらではなかったから、なんともくやしい結果でもある。
最近のトライアルでは、途中経過は逐一知ることができるので、成績が悪いのも承知だった。それでもステアが上がれないのだから、根本的に好成績を目指すには無理がある。その他のところをきちんと走って、少しでも順位を落とさないようにがんばるしかない。この日目指すのは、優勝とか表彰台ではなく、5位くらい。それで、ランキング争いでもなるべくへこまないように試合をまとめたい。
マシンセッティングを変えた日曜日、しかし藤波は復調しない。土曜日に上がれていたところも上がれなくなってしまった。急激にセッティングを変えたことによってライディングを変えなければいけなくなったこと、そのセッティングが、そもそも藤波の乗り方にまったくあっていないことなど、理由はいろいろある。しかしそれでも、このセッティングを選ばなければいけないほどに、追い込まれていたのも事実だった。
この日は、結局7位となった。6位のカベスタニーには6点差。今回の2連戦、ブストが両日ともに表彰台に乗って、日曜日にはラガを破って2位に入った。これでランキング3位はブストが一人抜け出たかっこうになったが、一方、ファハルドは日曜日に3位となったが土曜日は7位。カベスタニーは両日ともに6位。ライバルがそれほど好成績でなかったのは不幸中の幸いだったが、これまで持っていたアドバンテージをすべて吐き出してしまったのだから、この2連戦で戦況が一気に厳しくなったのは否めない。調子のいいときの2連戦はラッキー大会となるが、今回のようにうまくいかない状態で2連戦を戦うのは、手痛いことになる。
残りはあと2戦。ランキング3位までは8点差。残り2戦でこの差を逆転するのは、可能性としては充分望みがある。今シーズンの仕上げに向けて、残る戦いに集中したい藤波だ。
「ハイメが両日ともに表彰台に上がって、チームとしても、先輩としてもうれしいことです。でもライダーとしてのぼくにはくやしい。今回はハイメの得意なセクションで、次のチェコはナチュラルで、ぼくの得意そうなパターン。チームとしてはぼくかハイメか、どっちかがランキング3位に入ればいいのでしょうけど、ぼくはきちんと3位を狙っていきます。去年は手首を骨折して夏休みは治療に専念でした。今年は夏休みらしく気持ちよく遊びたいと思っていたのですが、アメリカの失敗で、そんな気持ちじゃなくなってしまいました。でも、なんとか切り替えて、終盤戦はがんばります」
土曜日 | ||||
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1位 | トニー・ボウ | スペイン・モンテッサ | 2 | 27 |
2位 | アダム・ラガ | スペイン・TRRS | 77 | 9 |
3位 | ハイメ・ブスト | スペイン・モンテッサ | 90 | 9 |
4位 | ジェイムス・ダビル | イギリス・ガスガス | 14 | 24 |
5位 | ホルヘ・カサレス | スペイン・ベータ | 20 | 20 |
6位 | アルベルト・カベスタニー | スペイン・シェルコ | 21 | 22 |
7位 | ジェロニ・ファハルド | スペイン・ヴェルティゴ | 24 | 22 |
8位 | 藤波貴久 | 日本・モンテッサ | 25 | 22 |
日曜日 | ||||
1位 | トニー・ボウ | スペイン・モンテッサ | 9 | 25 |
2位 | ハイメ・ブスト | スペイン・モンテッサ | 23 | 21 |
3位 | ジェロニ・ファハルド | スペイン・ヴェルティゴ | 27 | 18 |
4位 | アダム・ラガ | スペイン・TRRS | 30 | 22 |
5位 | ジェイムス・ダビル | イギリス・ガスガス | 33 | 17 |
6位 | アルベルト・カベスタニー | スペイン・シェルコ | 35 | 19 |
7位 | 藤波貴久 | 日本・モンテッサ | 41 | 16 |
世界選手権ランキング | ||||
1位 | トニー・ボウ | スペイン・モンテッサ | 155 | |
2位 | アダム・ラガ | スペイン・TRRS | 127 | |
3位 | ハイメ・ブスト | スペイン・モンテッサ | 103 | |
4位 | 藤波貴久 | 日本・モンテッサ | 95 | |
5位 | ジェロニ・ファハルド | スペイン・ヴェルティゴ | 95 | |
6位 | アルベルト・カベスタニー | スペイン・シェルコ | 85 | |
7位 | ジェイムス・ダビル | イギリス・ガスガス | 82 |