新しいプロモーターのもと、開幕戦スペイン大会を終えて、海外勢より早めに日本に帰ってきた藤波貴久。けれど今回は(今回も)忙しく、三重の実家には帰れず、東京ともてぎの間を往復する日本滞在となった。
日本大会1週間前には、ホンダ本社でトークショーとデモンストレーションを披露してからもてぎ入り。今年の日本大会は、3年ぶりにサーキットにパドックを戻して、快適な週末を送れることになった。藤波、トニー・ボウ、ハイメ・ブスト、3人のマシンには、そろってヘッドライトに#69があった。#69は、直前に自転車事故で逝去したニッキー・ヘイデンのゼッケン(ブストも#69だが、それは偶然)だ。
今年、スポーツ7がプロモーターに就任して、世界選手権トライアルは大きく変化を迎えている。まず最高峰クラスのトライアルGPには定員20名と決められた。今回、いわゆるワイルドカードで日本大会に出場する日本人ライダーは3名と決められた。その3名には日本のランキング順に、小川友幸、黒山健一、野崎史高が選ばれた。藤波を含めて、トライアルGPに参戦する日本人は4名ということだ。
大会前日に予選も今年から。その結果でスタート順が決められるのだが、開幕戦は日曜日のワンデイ大会だったので、ツーデイイベントとしてはこの日本大会が初めてとなる。予選は金曜日の午後におこなわれ、125、トライアル2、トライアルGP、すべてのライダーが1回ずつ練習をして、タイム計測をする本番に挑む。スタート順は抽選だが、これまでよくあったようにくじ棒をひくのではなく、電子端末がランダムにセレクトしてくる。ライダーにすれば、知らない間に決まったという印象もないではない。
開幕戦、藤波はこの予選で大失敗をしている。勝負は早い者勝ちだが、それ以前に足つき回数が優先される。たった1回の足つきで、藤波のスタート順は14番手になってしまった。今回、その二の舞いはごめんだ。ところが今回の予選に用意されたセクションは、雨の影響もあってつるつるだった。タイムどころではない、抜けられるかどうかが問題だ。
足の出そうなポイントに、ラインは二つあった。タイムの速い近道ラインと、大きく迂回をしてラインをまっすぐにとるもの。藤波は、迂回をしてクリーンを狙うものの失敗。となると、迂回した分だけタイムが出ないことになる。そこから猛烈なスパートをかけた藤波の予選順位は7番手。3点勢の中では4番手となった。トニー・ボウさえ2点をとったこの予選セクション、ジェイムス・ダビルがなんとクリーンして、最終スタートを手に入れた。反対にアダム・ラガは、なんとゲートマーカーを見落として5点で17番手。タイムの悪かったアルベルト・カベスタニーが15番手で、ダビルより10分強早いスタートを切ることになる。ラガには災難だったが、こういう災難は明日は我が身でもあり、またトップライダーを追いかけたいお客さんにもやりにくい結果となって、藤波はどうもこの予選システムに賛成しきれていない。まして今回のような2日制では、金曜日の予選で土曜日も日曜日も同じスタート順でスタートすることになっているから、ひとつの失敗の代償が大きすぎる。
ともあれ予選の結果は出て、2日間の試合は始まることになった。
雨の影響で、コンディションが悪化していた土曜日、藤波のスタートは、よくなかった。トップライダーがおおむねクリーンしている第1セクションを3点、全員が5点の第2セクションはしかたないとして、2点や3点が出ている第3セクションも5点。なかなかたいへんなレースとなることが予想された。
しかしその後、第4セクションでクリーンをすると、こつこつと我慢のトライアルを続け、1ラップ目終盤には2位争いをするにいたった。トップのボウは少し抜け出ているが、2位以下は接せん。予選でトップをとったダビル、藤波、そしてファハルドさらには予選で失敗して早いスタートとなったラガが、この争いに加わってきていた。
1ラップ目と2ラップ目に20分間のインターバルが入ったのも、今年からシステムの変わったことの一つだ。ただし、20分あるといっても、給油と若干の整備、ライダーのほんの一休みを済ませると、10分やそこらはあっという間に消費してしまう。しかも、パドックからスタートまでは距離があることもあるから(事実、今回はパドックからスタート場所までの移動に数分がかかっている)自分のスタートの数分前くらいまでには移動を完了しておきたい。となると、いつものペースで1ラップ目から2ラップ目に入るのと、20分のインターバルがあるのとではほとんど変わりがないということになる。これは藤波も意外だったが、プロモーターがなにをねらってインターバルを組んだのかは、わからない。
2ラップ目、いくぶんコンディションは乾いてきたが、簡単になったとは言い難い。リザルトを見ても、たいていのライダーが2ラップ目に1ラップ目以上の減点をマークしてしまっている。藤波も、第1では1点、第2を3点で抜けるなど、1ラップ目のミスを挽回したかに見えたが、クリーンしていた第4で5点となって、ちょっといやな雰囲気に。さらに第5でも5点となってしまった。
今年、スポーツ7によるプロモーションとなって、大きな変化はリザルトがほぼリアルタイムで手元に届くということだ。オブザーバーは専用端末を使って減点を入力する。そのデータは本部で集計されて、すぐさま世界中に発信される。開幕戦では、端末での入力と手元で受けたパンチの減点がちがうということもあり、それで順位を落とした藤波だったが、今回は端末を持った役員がパンチ役のオブサーバーのすぐ近くにいて、パンチを受けると同時に入力画面を確認できたから、そういう事態は避けられそうだ。それでも、世界中の役員がそうやってくれるとも思えず、不安は残る。
そんなわけで、これまで藤波は、減点を知らずに、セクションに集中して自分のベストを目指して戦っていた。しかしこういうシステムができると、電波さえ届けば誰でも途中経過を知っているわけで、流れを知らずに戦うのは、かえってむずかしくなってしまった。こうなれば逐一結果を知って、それに対応して戦い方を選択できるようにしていったほうがいい。
先行してトライを完了しているライダーの結果はすぐわかる。逆に、あとからトライしてくるライダーの結果は、すぐにはわからない。今回で言えば、ラガやカベスタニーの動向はすっかり把握できるが、ボウ、ファハルド、ブスト、そしてダビルは藤波よりも後ろを走っているから、彼らの点数を見て作戦を考えるわけにはいかない。
それでも、ファハルドが11セクションで5点になったという情報は入ってきたから、13セクションはなんとしても3点で抜けなければいけない状況になった。最終15セクションはまず5点だし、14セクションはクリーンしないといけない。13セクションは3点で抜けなければいけないセクションだった。大逆転ができないが、これらを確実に抜けていかないと、順位を落とす可能性もある。計算上は2位も狙えたが、2位を狙って4位や5位に転落したのでは元も子もない。
まずは藤波自身が、最終セクションを走破することが第一条件となるが、この日の最終セクションは限りなく不可能に近いむずかしさだった。藤波も5点。これで、あとは後続のライダーの減点が出るのを待つことになった。うまくすれば2位、しかし4位になる可能性もあった。
はたして結果は、ダビルには2点差で敗れ、しかしファハルドには1点差で勝利した。開幕戦ではファハルドに1点差で敗れているから、これでおあいこ。母国日本GPで表彰台獲得。プレッシャーのかかる、成績を出さなければいけない戦いで、開幕戦の5位スタートを、少し取り戻せた感じの藤波だった。
今年、ヨーロッパラウンドの世界選手権は、日曜日の1日制と決まっている。土曜日・日曜日の2日間制で開催されるのは日本とアメリカの2大会のみだ。
土曜日が難セクションだったから、セクションは若干やさしく変更を受けていたが、それでもやさしすぎないようにという配慮がされていた。というのも、コンディションはよくなる傾向で、それだけで土曜日よりも走破は容易になるもくろみだったからだ。ただ、実際には想定以上に乾いていて、コンディションはよくなっていた。
スタートから数セクション、藤波は簡単になったセクションに備えて、少ない減点で回ろうと必死だった。第3セクションは、土曜日には3点で抜ければオンの字だったのが、この日はクリーンしなければいけない感じのセクションになっていた。そこでまず1点。次の第4では、ブレーキが熱を持ち、引きずりが出てマシンの動きを止めてしまうというアクシデントを乗り越え、必死のクリーンを得た。これで5点になっていたら、目もあてられなかった。
そんながまんのトライを続けていながら、11セクションでチェーンが外れて5点になった。ここはクリーンはともかく、5点になるセクションではなかったから、ショックは大きい。これを取り返さないといけないという意識が出て、それがまた裏目に出る。またセクションも簡単になっていたから、大きく取り戻せるところも少なかった。1ラップ目20点は4位だった。
2ラップ目、上位との差を縮めていかなければいけない場面で、ミスも出た。最終セクション、1ラップ目には5点になっているが、ブストやダビルらがほんの僅差で追い上げているのはわかっていた。ここはどうしてもクリーンしなければいけない。大きなプレッシャーの中、最後のトライ。しかも藤波のトライの前には、黒山健一がトライをしていて、その採点がクリーンなのか1点なのか、オブザーバーが判断を迷って時間がかかっていた。もしも同点だったら、ゴールが早いライダーが上位に来るから、その点でも気持ちが揺れる。そんな状況にも、藤波は気持ちを乱すことなく、最終セクションをクリーン。これで、ブスト(同点1点の数の差)、ダビル(1点差)を下して5位を確保した。
4位のファハルドには2点差、3位のカベスタニーには5点差、ミスのいくつかがなければ表彰台の可能性もあっただけに、くやしい結果となった。
しかし日本GPの2日間を終えて、藤波のランキングは5位、けれど4位のカベスタニーには1点差、3位のファハルドには2点差と、大接戦のランキング3位争いとなっている。
「土曜日には表彰台にのれましたが、日曜日に自滅のようなトライアルをして5位となってしまったので、悔しい思いの方が大きい日本GPとなりました。自分の置かれている状況もあるし、久しぶりにからだの不調のあまりないシーズンとなったこともあって、いい成績を出さなければいけない思いが強くありました。それがときに結果に足を引っ張ることになったりもしているのかもしれません。でも、日本では本当に多くのみなさんに力をもらっています。2日間、応援、ありがとうございました」
土曜日 | ||||
---|---|---|---|---|
1位 | トニー・ボウ | スペイン・モンテッサ | 48 | 14 |
2位 | ジェイムス・ダビル | スペイン・ガスガス | 72 | 11 |
3位 | 藤波貴久 | 日本・モンテッサ | 74 | 10 |
4位 | ジェロニ・ファハルド | スペイン・ヴェルティゴ | 75 | 11 |
5位 | アダム・ラガ | スペイン・TRRS | 77 | 9 |
6位 | ハイメ・ブスト | スペイン・モンテッサ | 90 | 9 |
日曜日 | ||||
1位 | トニー・ボウ | スペイン・モンテッサ | 22 | 23 |
2位 | アダム・ラガ | スペイン・TRRS | 24 | 20 |
3位 | アルベルト・カベスタニー | スペイン・シェルコ | 30 | 18 |
4位 | ジェロニ・ファハルド | スペイン・ヴェルティゴ | 33 | 22 |
5位 | 藤波貴久 | 日本・モンテッサ | 35 | 18 |
6位 | ハイメ・ブスト | スペイン・モンテッサ | 35 | 18 |
世界選手権ランキング | ||||
1位 | トニー・ボウ | スペイン・モンテッサ | 60 | |
2位 | アダム・ラガ | スペイン・TRRS | 45 | |
3位 | ジェロニ・ファハルド | スペイン・ヴェルティゴ | 39 | |
4位 | アルベルト・カベスタニー | スペイン・シェルコ | 38 | |
5位 | 藤波貴久 | 日本・モンテッサ | 37 | |
6位 | ジェイムス・ダビル | イギリス・ガスガス | 34 | |
7位 | ハイメ・ブスト | スペイン・モンテッサ | 29 |