2016年 世界選手権第14戦・第15戦イタリアGP

2016年9月3日〜4日/キアンポ

痛みと戦い、ランキング3位奪取

■土曜日

photo手首の骨折から5週間。ついに泣いても笑ってもこれが最後の最終戦が訪れた。会場は、水の都ベニスから1時間ほどのキアンポという町。パドックと第1セクションが町のど真ん中にあり、第2セクションから最終12セクションまでが山の上に設営されていた。主に大岩がセクションの主要要素だが、岩と岩をつなぐさらさらの土の斜面もなかなか手ごわい。

しかし藤波にとって問題なのは、なんといっても手首である。骨折自体は手術をしてボルトで固定をしているから、まず完治しているといっていい。ただ、術後4週間ちょっとでトライアルのような激しい運動ができるものか、そこには未知数が多い。

金曜日の下見。藤波はセクションの攻略法に増して、どこでどんな痛みに襲われるのかをチェックしていた。去年までの2年間は膝の痛みと戦いながら戦ってきたが、膝はずっと痛くて想定ができた。この手首の痛みは、突然びりっとくる。熱いものにさわってしまったときのように、思わず手をはなしてしまいそうになる。しかもそれは、いつ起きるのかまったくわからない。そうなっては困るので痛み止めを処方してもらってスタートにでかけた。この痛み止めは、ようやくオートバイに乗れるようになってから処方してもらって、これならいけるのではないかとあたりをつけておいたものだ。

手首のサポーターは、手首の動きをできるだけ規制するためにつけている。血が止まるほどにきつく締め上げているので、セクションを出てまずするのは、サポーターをゆるめることだ。とはいえ、これは左手だからできることで、右手ならアクセルを操作しなければいけないので、手首の動きを規制するわけには行かない。左手でラッキーだったと会う人会う人に開設する藤波だが、それはけして強がりではない。

序盤、藤波の調子はことのほかよかった。第7セクションあたりまでの走りっぷりは、もしかしたら表彰台に乗れるかもしれないという期待もできてしまうものだった。6セクション、7セクションはともに5点となっているが、ここまでの点数は13点。ボウの3点、ファハルド5点、ラガ12点、カベスタニー16点、ブスト21点となっていた。

ところが10セクション以降、藤波の減点はちょっと増えた。10セクションでは大岩にフロントを刺して突然激しい痛みに襲われて危機一髪だったりしたのだが、それよりも深刻な事態が藤波を襲っていた。

photo痛み止めの副作用だ。手術をしてからこれまで、実際の大会と同じように長い時間、痛み止めとともにライディングをしたことがない。一度だけ、ちょっと長い時間ライディングをしたところ、具合があまりよくなくなって、それ以降は乗らずに大会当日を迎えている。いわば、ぶっつけ本番の骨折との戦いだった。

意識がもうろうとしてくる。気持ちが悪い。集中などできるわけもない。手首の痛みなどどうでも、この状況がとにかく苦しい。しかも時間がなく、1ラップ後半は下見もそこそこにトライしなければいけなかった。1ラップ目は30点。カサレスにも先を行かれて、6位で2ラップ目以降を戦うことになった。

2ラップ目、渋滞を回避することもあって、いくつかのセクションを申告5点で抜けた。1ラップ目にクリーンをしている2セクションなどはもったいない申告5点でもあったのだが、急な下りからの飛び降りが手首に負担をかけることもあり、ここをパスして手首を少しでも温存しようという作戦だ。

しかし減点は減らせるばかりか増えていく。1ラップ目の30点から2ラップ目は38点となって、やはりカサレスに次ぐ6位。これでカベスタニーが優勝争いでもされていると、ランキング争いも危機感が倍増ということになるのだが、カベスタニーは3位争いという情報だ。前回、点数を聞きながら試合を運んで失敗した藤波は、今回は点数はいっさい聞かずに戦おうと決めていた。それでもパドックに帰る際に、つい掲示板で試合の流れが見えてしまう。たとえばライバルが優勝して藤波が10位なら一気にポイント差が同点となるところだが、それはなんとか避けられそうだ。しかしここが踏ん張りどころ。この位置を維持してゴールしなければいけない。

結局、藤波の調子は復活することなく、12セクション3ラップのほとんどは集中力を欠いたまま走ることになった。勝利のボウは、その減点たったの13点。自身20回目のタイトル獲得は、これ以上ないと思われる好スコアをマークして終了していた。2位は56点でラガ。3位にはさらに差をつけられて86点でファハルドが入っていた。ファハルドはチームメイトであるブストとのランキング5位争いをしているが、藤波のランキング3位を脅かす相手ではない。問題はカベスタニーだ。

カベスタニーはファハルドに3点差、89点で4位となっていた。わずか2点差でブストが続く。藤波のためにも、なによりブスト自身のためにも、カベスタニーをかわして4位に入ってほしかったところだが、1ラップ目に41点という大量減点をとってしまっていたので、5位にまで復活したのが精いっぱいというところだったのだろう。

photoそしてそのブストに6点差の97点で6位が、藤波だった。藤波は2ラップ目までカサレスに先行されていたが、3ラップ目にカサレスが崩れて、藤波のスコアが少しよかったので、カサレスに逆転することができていた。これがなければ、ブストに逆転されただけで7位となっていてもおかしくない試合だった。

カベスタニー4位で獲得ポイントは13点、藤波は6位で獲得ポイント10点。その差は3点だけ縮まって、11点差で最後の最後の戦いを迎えることになった。11点差は、カベスタニーが勝利した場合には6位に入っていればランキング3位を維持できる点差(7位だと同点で、その場合は2回優勝することになるカベスタニーが上位となる)。ひとまず安心圏内だが、それよりも最後まで走りきれるのか、そこが大きな大きな、そして最大の課題となっていた。

日曜日

土曜日に処方した痛み止めはやめて、別の処方によって痛みをやわらげることになった。痛み止めなしでは走れないし、土曜日と同じ痛み止めでは意識がはっきりしなくなってまともに走れない。

このぶっつけ本番の痛み止めの処方がどんな結果を導くのか、あるいは土曜日よりもさらにひどい痛みに襲われるかもしれないのだが、もうろうとした状態で走るより、いたい思いをするほうを選んだ藤波だった。その結果がどうなるか、まったくわからない。あるのは、戦い抜くという藤波の決意だけだ。

案の定、日曜日は激痛との戦いになった。土曜日は気持ちが悪くなりながらのライディングで、痛みどころではなかったというのが正直なところだった。日曜日は、薬のきき始めるのが試合の開始に間に合わなかった。ウォーミングアップを走って、そのあまりの痛さに、土曜日と同じ薬を服用すると言い出した藤波だったが、チームのみんなに止められた。前日の藤波は、常に戦いを見守るスタッフにとっても、とてもとてもふつうではない状態だったのだ。

それでも、藤波のスコアは悪くなかった。1ラップ目、トップはボウの15点。しかし土曜日はぶっちぎりだったボウも、この日はラガに追いつめられている。ラガの1ラップ目は16点、わずか1点差だ。3位はきのうも3位となったファハルド。その減点、23点。そして4位となっていたのが、藤波の25点だった。そのあと、カベスタニーの28点が続く。表彰台の可能性もある1ラップ目のスコアだった。

しかしこの日の痛み止めは、効き始めるのが遅く、効果を失うのも早かった。2ラップ目、減点を10点ほど減らして調子を上げてきたファハルドとカベスタニーに対して、藤波は3点ほど減点を減らしただけに終わっている。もちろん、この日の藤波にとっては3位か4位ということではなく、そこそこの成績でいいから、最後まで走り抜くことがなにより重要だ。カベスタニーが表彰台にのらなければ、藤波は13位でも14位でもランキング3位を獲得できる計算になる。

photoあくまでも結果論として、3ラップ目にすべてのセクションを申告5点で抜けたとすると、藤波の順位は12位となって、それでもぎりぎりながらランキング3位は維持ができていたことになる。もちろん藤波にはそんな計算はない。痛みを押して、すべてのセクションをこつこつと走り、その上でカベスタニーとのランキング3位争いに決着をつけようとしていた。

3ラップ目、藤波はペースを早めてきた。手首を休めながら走るより、時間ぎりぎりでなにが起きるかわからない不安をかかえながら試合を進めるのを恐れていた。なにかがあっても対処ができるように、余裕をもちたいと考えた結果の、藤波の早まわりだった。

3ラップ目、1ラップ目に3位争いをしていたファハルドとカベスタニーには10点ほどの差をつけられたものの、藤波は30点で減点をまとめて、6位のグラタローラに14点差の6位で12セクション3ラップを走りきった。

最終12セクションをアウトした藤波は、万感の思いで声を上げた。その雄叫びは、しばし止むことがなかった。この1ヶ月とちょっと、ひいてはランキングを5位に落とした2012年からの5年間、ずっとむずかしい戦いを強いられていた。その思いが、一気に解き放たれた一瞬だった。

photo12セクションからゴールまでは、長い山道の下りだった。すでにタイムの計測を終えて、ゴールまではのんびりと安全に降りれば、それでよい。ゆっくりマシンを走らせながら、藤波はつらかった戦いを思い出していた。すると、あとから最終セクションをトライしたボウの一行に追いつかれ、また藤波に笑顔が戻った。

20年目の世界選手権参戦シーズン。5年ぶり、5回目のランキング3位獲得だった。

○藤波貴久のコメント

「土曜日は、よかったのは最初だけ。とにかく意識が集中できずに、つらい戦いになってしまいました。結果的には6位に入って、カベスタニーに点差はつめられはしたものの、迫られたのは3点。11点差で最終戦を迎えられたのは、少し余裕も生まれました。でも日曜日は、意識がもうろうとするよりは痛いほうがいいだろうと痛み止めを変えて、それでものすごい痛みと戦うことになりました。途中で、これならきのうのほうがいいとスタッフに弱音を吐いて、みんなに止められたくらいです。このランキング3位は、2016年のというより、ぼくのトライアル人生にとってたいへん大きなものとなりました。膝がじゅうぶんよくなって、また世界のトップ3の座に戻ってくることができて、36歳、まだまだがんばります。応援、ありがとうございました!」

World Championship 2016
土曜日
1位 トニー・ボウ スペイン・モンテッサ 13 26
2位 アダム・ラガ スペイン・TRS 56 16
3位 ジェロニ・ファハルド スペイン・ヴェルティゴ 86 8
4位 アルベルト・カベスタニー スペイン・シェルコ 89 9
5位 ハイメ・ブスト スペイン・モンテッサ 68 12
6位 藤波貴久 日本・モンテッサ 61 15
7位 ジェイムス・ダビル イギリス・ヴェルティゴ 77 11
8位 エディ・カールソン スウェーデン・モンテッサ 89 10
日曜日
1位 トニー・ボウ スペイン・モンテッサ 33 23
2位 アダム・ラガ スペイン・TRS 50  23
3位 ジェロニ・ファハルド スペイン・ヴェルティゴ 55  17
4位 アルベルト・カベスタニー スペイン・シェルコ 57  14
5位 藤波貴久 日本・モンテッサ 67  12
6位 マテオ・グラタローラ イタリア・ガスガス 81  12
7位 ハイメ・ブスト スペイン・モンテッサ 85  12
8位 ホルヘ・カサレス スペイン・ベータ 92  14
世界選手権ランキング
1位 トニー・ボウ スペイン・モンテッサ 289
2位 アダム・ラガ スペイン・TRS 252
3位 藤波貴久 日本・モンテッサ 190
4位 アルベルト・カベスタニー スペイン・シェルコ 181
5位 ジェロニ・ファハルド スペイン・ヴェルティゴ 173
6位 ハイメ・ブスト スペイン・モンテッサ 168