2016年 世界選手権第9戦・第10戦フランスGP

2016年6月18-19日/ルルド

2位、そして優勝! フジガス、健在

■土曜日

photoアンドラのあと、とにかく2日目の6位がくやしかった藤波は、あらためて戦い方を考え、次なる戦いに備えた。膝の負傷が劇的に改善されたことし、藤波の調子は悪くない。膝の負傷を意識することはほとんどなくなったし、正面から戦えている実感はある。

しかしそれでも、5位や6位に落ちることがある。うまくいっているのに、ちょっとしたミスがあって順位が落ちてしまう。膝の負傷があって順位を落とすのも悔しいが、膝の影響がなくなった今、同じような順位に甘んじているのはなんともくやしい。

テクニック的には調子がいいから、その理由はメンタルにあるのではないかというのが、藤波の見立てになる。

会場はけっこう滑った。加えて前日までの雨も影響があった。そんな会場ではあったが、藤波の場合、懸案もあった。マシンの仕上がりがいっひとつだったのだ。会場へ入ってからずっと仕上がらず、土曜日の朝までもマシンのセッティングに悩んでいた。なのでとても落ち着いたスタートとはいえなかった。

最初の難関は第4セクション。藤波より前を走ったライダーはみんな5点になっている。2mくらいのオーバーハングを攻めるセクションだ。藤波はさらにラインを工夫し、3mくらいの飛びつきでここを攻略することにした。距離があるから、リスクは高い。しかし可能性があると確信しての選択だった。ここを1点で抜け、上位陣での戦いの権利を得た藤波だったが、藤波のあとを走ったライダーは藤波のラインを見てから走るので、そうそう圧倒的なアドバンテージはつくれない。

ただ、スタート前に感じていた不安の割には、いざトライを始めたときには調子は悪くなかった。いい具合に試合をコントロールして、やってきたのが10セクションだった。この頃、例によって1時間目の持ち時間が迫っていた。前回6位の藤波の前には、前回8位のダビルが走っていたはずなのだが、10セクションに藤波がついてみると、すでにダビルはいなかった。ライバルのラインが見られないまま、そして時間がなく満足の下見をしないままのトライ。飛びついて2段を上がるポイントで、一瞬躊躇した。それが5点につながった。

次の11セクションはたいへんな難セクションで、藤波もたたき落ちた。ここはちょっと歯が立たないポイントで、ライバルも5点続発だった。しかし10セクションはぜひ抜けておかなければいけないセクションではあった。直前に走ったダビルもクリーンしたということなので、これは残念な5点となった。

photo2ラップ目に入って、第3セクションあたりで、藤波は自分が4位あたりにつけていると聞かされた。トップとはそんなに離れていないし、もっと減点をまとめられる予感もあったので、さらに上位はねらえそうだ。

問題の一つは、時間だった。2ラップ目、3ラップ目を合わせて、持ち時間は2時間45分。その間にネックとなったのが、第5セクションから第6セクションへ向かう山道だった。途中で止まると、藤波でも再発進は苦労するような難所で、しかもライダー、ライバルがつまっていて、ダンゴになっている。

藤波が第6セクションに到着したとき、ダビルは到着していたが、マインダーはまだいない。そして藤波のマインダーも、追いついてこない。待っていても時間ばかりがすぎていくということで、まず藤波がダビルのサポートをやってダビルがトライし、次にダビルにサポートをしてもらいながらトライしようかという頃になって、藤波のマインダーがやってきた。結局藤波は正しいマインダーにサポートをしてもらってトライを終えたのだが、ダビルのマインダーはついぞ現われなかった。

その後のセクションで、藤波陣営はマインダーが来なくなってしまったダビルのサポートもちょっとだけ手伝いながら進むことになったのだが、実はダビルのマインダーが来ないのには理由があり、その事件が今回の試合の流れを一変させることになった。

2ラップ目、第5から第6へ向こうコースで、アクシデントが発生した。若いスペイン人、ミケール・ジェラベルトのマインダーが転倒していたのだ。転倒自体はひどく、本人も胸を強打したりしていたのたが、それでも落ちたマシンを引き上げたりしているところに、ダビルのマインダーが通りかかった。そして作業を手伝ってもらって復旧していると、症状がひどいことになってきた。目の前が真っ暗になって意識がもうろうとしてきたということで、これはあぶない、となった。しかしメディカルが駆けつけるにも山の中で、状況は厳しい。

そんな事件が起きているのを知らず、トライアルGPのライダーは現場を通過し、トライアルGPクラス以外のライダーはゴールへ向かって突き進んでいた。

そして3ラップ目、残り時間は45分ほどになってきた。時間的にはかなり厳しい。それで超特急のつもりでセクションを回りはじめた。ところが第4セクションで3点となって第5セクションに到着したとき、そこでストップをかけるオーガナイザーの姿があった。とりあえず第5はクリーンで終えて、主催者の説明を聞くことになる。それが、ジェラベルトのマインダーのアクシデントの話だった。

ヘリがやってきて、しかしうまく救出ができず、軍隊のヘリがやってきて、ようやく負傷者は救出された。救出劇には1時間半が費やされた。藤波らは1時間半もの間山の中で待たされ、さてそこで、これからどうしようという話になった。セクションは後7つ残っている。しかし試合を再開するなら、少なからずウォーミングアップもしたい。マインダーを含めて、難コースをこれから移動して第6以降にトライしていくのか。

そこに残されたライダーは5人ほど。ボウ、藤波、ラガ、ファハルド、そしてマインダーのいないジェラベルトで、他のライダーはすでに6セクションを抜けていて、おそらく最後まで走っていたのだと思われる。

各ライダーがパドックと連絡をとったり、現場の役員も大会本部と連絡をとったりして、やりとりがあった。その時点では成績もあらかた明らかになっていて、トップはボウ、15点以上開いて藤波、そして5点ほどの差があってラガという順番だった。1ラップ目には藤波とラガは同点だったが、2ラップ目に藤波が単独2位に出て、そのまま3ラップ目に入っていたのだった。

photoなのでラガとしては、最後まで試合を続けて藤波との差を逆転して2位に入りたいという要求が強かった。しかしそれ以外のライダーは、あまりにも中断が長かったから、このまま試合を中断するほうがいいのではないかという意見だった。山道は、それほどに過酷で危険だった。

藤波としては、久々(2015年日本GP以来)の2位表彰台だが、最後まで走っての結果ではないので、ちょっと後味のすっきりしない戦いにはなった。それでもアンドラの土曜日に続いて、毎回表彰台の目標は、確実にものにしつつある藤波だった。

■日曜日

photo調子はよかったので、土曜日の好調をそのまま日曜日に反映したい藤波だったが、土曜日の事故を受けて、主催者は第5から第6までのルートを使わない決定をした。それで第6から第8までのセクションが使えなくなり、かわりに新たに3つのセクションが作られて、12セクション3ラップの大会となった日曜日。夜の間にものすごい雨が降って、朝になったらからっと晴れるという意地悪な天候もあって、土曜日は土曜日、日曜日はまた日曜日の風が吹く、みたいなフランス大会となった。

雨がじゃんじゃん降った上に晴れてきて、日曜日のコンディションは最悪だった。土曜日のスタート直前に投入した不安解消のマッピングも、あまりにも突然に導入したものだったから、ライディングの不安は完全には解消されないまま、日曜日の12セクション3ラップは始まっていた。

第1セクションは土曜日同様。しかし、ふかふかの上に泥で滑る。難易度は上がっていた。藤波も1点ついてしまった。しかしブスト、ラガも1点。カベスタニーやファハルドは5点で、かなりむずかしいセクションに変身していたのだ。

第3セクションで下見をしているとボウが追いついてきて「第1で5をくらった」とつぶやいていった。むずかしくはなっていたが、5点はなんだろうと藤波は思った。でも王者ボウでもそういうことはあるものだ。

そのあと、第4でボウはまた5点となった。今日のボウはちょっとあぶないなと思いつつ、藤波は最終スタートのボウは待たず、直前にスタートしたラガを追いかけて、ラガをマークして試合を進めていった。

photoそして9セクション。これは土曜日には11セクションだったものだ。土曜日には攻略できなかったこの岩を落ちて、ラガにリードを許して1ラップ目を終えることになった。でもいい勝負ができているんじゃないかという感触はあった。

2ラップ目。藤波は第4で5をとったものの、それ以外は点数を抑えて走っていられた。そしてまた、第9セクションへやってきた。1ラップ目と同じ方法で、ラガはクリーンをしていった。同じようにやって、クリーンができるかどうかは微妙なところだ。藤波にはボウが追いついてきていて、二人で対策を検討し、そしてボウが提案したのが、ものすごくリスクの高いラインだった。

真っ正面からオーバーハング気味の岩にかかれば、かろうじて登れるかもしれないけど、落ちるかもしれない。ボウが見つけてきたのは、斜めから大岩に飛び移るラインだった。斜めから飛ぶから、空中で向きを変えなければいけない。うまく飛べればすんなり飛び移れそうだが、失敗したらと考えるとやりたくない。失敗すればマシンは無事ではすまないし、また大きなケガをしてしまいそうだ。いずれにしてもこの大会はリタイヤになるだろう。

それでも、ボウは絶対いけるという。ボウも1ラップ目に5点となっているから、別の方法を模索していたということもあり、真剣だ。そしてボウの絶対いける、という保障もあって、藤波は岩から岩への大ジャンプを敢行した。結果は見事なクリーンだった。お客さんも、大喜びだ。

そして2ラップ目、藤波は10点で回ってこれた。ラガとは2ラップを終えて同点なのだと、大会のボードで知った。これは勝負は3ラップ目だと気合いを入れなおす。前を走るラガをぴったりマークして、と同時に2ラップを終えて3点差にまで追い上げてきていたブストにも気をつけて、藤波の3ラップ目は始まった。

photoすると第3セクションで、ラガはカードを飛ばして5点になった。これでラガには5点差があると確認して第4へ。第4は半端でなく滑るセクションになっていた。ここでまたラガが5点。ここも藤波は、ボウと相談して新しいラインを模索してクリーン。ラガとの10点差を確信した。すると第6セクションでも、ラガが5点となったという情報が入ってきた。

これはやばい、勝てるかもしれない。これは、藤波の集中力をさらに高める結果にもつながっていった。

藤波はいつもの表彰台狙いでなく、勝利に向けて走りはじめていた。いっしょにセクションを回っているボウも、この日は優勝争いの権利がないのはもう悟っていて、ラガではなく藤波に勝ってほしいと応援してくれていた。チームとしてはもちろんだが、ボウ個人としても、ラガが優勝してボウが3位、ランキングポイントを5点縮められるより、藤波が優勝してラガが2位、ボウが3位ならその差は2点縮められるだけで済む。

ボウとすれば、本当なら自分が点数をまとめてより上位に進出できればいいのだろうが、3ラップ目も5点があって、なかなか追い上げがきかない。2ラップ目にボウが開拓してふたりでクリーンをした第9セクションも、3ラップ目は5点になってしまった。藤波は同じように斜めから岩に飛び移ってクリーンをしたのだが、あまりにも強烈に斜めに着地するため、ビードが外れてしまった。幸い、そこから出口まではほんのちょっとなので、ビードが外れるのが減点となることなくクリーンができたのだが、ボウはこれを見てラインをわずかに変えたようだった。これが、ゲートを通過していないと判定されて5点となったのだった。うまくいかないときは、ボウとてもさんざんなことになるのだった。

photo第9をクリーンした藤波は、勝ったと思った。3ラップ目のスコアはたった1点。まわりは3ラップ目に点数をまとめてくるばかりか、滑りはじめたところもあって点数を増やしてしまうライダーが多く、勝利に向けての藤波の3ラップ目終盤は、少し楽な勝ち方になっていった。終わってみれば、ラガに15点差。藤波のトータル減点が21点であることを考えると、ぶっちぎりの勝利だった。

勝利は2014年開幕戦オーストラリア大会以来。オーストラリアといえば、膝に大けがを負って半年後の初めてのアウトドア大会だった。膝に爆弾を抱えながらの勝利は素晴らしい快挙だったが、しかしそれ以降、藤波は苦しい戦いを味わい続ける。

そこから脱皮した今、この1勝は、フジガス・ヒストリーの新たなページの始まりになるにちがいない。

○藤波貴久のコメント

「優勝は、やっぱりちがいます。メーカーやチームを超えて、みんなに祝福してもらって、とても幸せでした。今年になって、からだの調子もだんぜんよくなって、調子はいいのですが、表彰台に上がったと思ったらどんと落ちたりして、あんまり調子がいいというばかりの結果ではなくて、それがくやしいところでもあり、歯がゆいところでもありました。今回の優勝が、今年の調子のよさが幻ではないのだという証明にもなったし、まだまだいけるという励みにもなりました。今回は、走りながら2004年を思い出しました。あのシーズンは、ずっとこんな戦い方ができていました。今日は、チャンピオンの走りができました」

World Championship 2016
土曜日
1位 トニー・ボウ スペイン・モンテッサ 21 15
2位 藤波貴久 日本・モンテッサ 38 16
3位 アダム・ラガ スペイン・TRS 44 14
4位 ホルヘ・カサレス スペイン・ベータ 60 11
5位 ジェイムス・ダビル イギリス・ヴェルティゴ 60 10
6位 ジェロニ・ファハルド スペイン・ヴェルティゴ 63 10
7位 マテオ・グラタローラ イタリア・ガスガス 64 8
8位 ハイメ・ブスト スペイン・モンテッサ 83 1
日曜日
1位 藤波貴久 日本・モンテッサ 21 26
2位 アダム・ラガ スペイン・ガスガス 36 23
3位 トニー・ボウ スペイン・モンテッサ 42 25
4位 ハイメ・ブスト スペイン・モンテッサ 42 22
5位 アルベルト・カベスタニー スペイン・シェルコ 44 17
6位 ジェロニ・ファハルド スペイン・ヴェルティゴ 49 20
7位 ロリス・グビアン フランス・ベータ 56 18
8位 ジェイムス・ダビル イギリス・ヴェルティゴ 56 16
世界選手権ランキング
1位 トニー・ボウ スペイン・モンテッサ 189
2位 アダム・ラガ スペイン・TRS 169
3位 藤波貴久 日本・モンテッサ 136
4位 ハイメ・ブスト スペイン・モンテッサ 119
5位 アルベルト・カベスタニー スペイン・シェルコ 112
6位 ジェロニ・ファハルド スペイン・ヴェルティゴ 107