久々に、日本チームがトライアル・デ・ナシオン(TDN)に出場することになった。日本チームが出るとなれば、藤波貴久の参加は当然だ。実は2011年には、参加の予定だったところが直前にダウンしてしまって欠場。なので藤波の参加は2010年以来のことになる。
2010年の時には、世界選手権クラス最下位となって、正直なところ藤波としてもテンションが上がる戦いではなかったが、今回は旧知の小川友幸(ガッチ)も合流して、まずまず強い日本チームとして戦うことができた。
ガッチとは、トライアルを始めた頃からの僚友であり、ホンダ・モンテッサではともにマシンを開発する仲間であり、そしてここ数年、インドアTDNでいっしょにチームを組むTDN仲間でもある。ガッチの乗るマシンは、藤波のスペアマシン。ガッチが藤波らのマシンの開発を担当していることもあって、このところのTDNではいつもこのパターンで参戦している。
とはいえ、藤波とガッチではセッティングの好みがずいぶんちがう。それでもセッティングに迷うよりはと、最近のガッチは藤波セッティングのままTDNに臨んでいる。今回はガッチにも余裕があったようで、試合前日になってサスペンションのセッティングを始め「今になってやるのか」と藤波を驚かせたりもしたガッチだった。
今のTDNは、とにかくスペインチームが圧倒的に強い。世界ランキング1位から4位までがメンバーとしてそろっているのだから、ライバルは手も足も出ない。なのでどこが2位になるかが興味の焦点になる。かつてはイギリス、スペイン、そして日本が1位から3位までを分け合っていたのだが、その頃からは世界選手権の顔ぶれも変わってきた。まして日本は久しぶりの参戦だ。どんな結果になるか、楽しみだ。
当初、藤波らは、イギリスには楽勝で勝てるのではないかと読んでいた。イギリスのエースはジェイムス・ダビルだが、今年のダビルはあんまり調子がよくない。ダビル以外は世界選手権の一戦級ではないから、勝ち目は充分にあった。
ただし不安もある。イギリスは国内選手権をノーストップで戦っている。TDNのノーストップルールには一日の長があるはずだ。対して日本人はといえば、年に1度、もてぎの世界選手権でノーストップルールを走るだけだ。余裕を持って走っている時には問題ないのだが、とっさのときにストップのくせが出てしまい、それでストップをとられるのも具合が悪いが、ストップしてはいけないと焦ってあり得ない5点となったりすることもある。藤波も、ガッチがそんな5点を取ってしまったシーンも目撃してびっくりしたものだったが、走り慣れていないというのはそういうことだ。
ただし今回は、ストップの採点がずいぶんとゆるやかだった。今回は、というか、今年の採点は全体的にそんな傾向だ。ほんのわずか止まっただけで5点を取るような厳しい採点は、ごくごく少ない。だが、日本からの遠征組はそれを知らない。1秒、2秒止まっても5点にはならないから、あせるな、落ち着いて走れ、と藤波が指示を出すも、なかなか急には対応ができないようだ。
去年、参戦していない日本チームは、スタート順が早い。世界選手権クラスのトップバッターで出て行かなければいけない。前を走るのはインターナショナルクラスのチームで、走るラインがちがうから、ほとんど参考にはならない。かといって、後続を待っていてもスタートの遅いチームが日本よりも先を走るわけもない。待っていても得るものがないから、とっとと先へ行こうというのが、日本の作戦といえば作戦になった。
トライ順は、小川毅士が先頭を希望した。ほかの3人がみな4ストロークマシンなので、走りを見ているとリズムが狂ってしまうということだった。毅士のあとガッチが走り、続いて柴田暁、そして最後を藤波が走る。クリーン数勝負のことは考えていなかったが、基本、4人目がエスケープすることはなかった。3人がクリーンすれば4人目の藤波はトライしなくても減点数は変わらないルールだが、お客さんも待っているし、藤波本人としても、エスケープをしていてはライディングのリズムができてこないというものだ。
セクションは、全体的にハードだった。TDNでは、世界選手権の常連以外のライダーも多いから、世界選手権と同様にセクションを作ってしまうと、誰も走れないなんてことにもなりかねない。TDNは18セクションあるが、その1/3ほどが少し簡単めで、全体的にはいい感じに構成されていた。
難セクションは第7セクション。ここは1ラップ目にはスペインでさえも10点を取っている。TDNではチームのスコアのみが記録され、ライダー個々の成績は発表されない。4人のライダーのうち、一番悪いスコアの一人分をのぞいた3人のスコアが集計される。10点というスコアは、ひとりがクリーン、3人が5点だったか、二人が5点、あとの二人が2点と3点という場合が考えられる。
しかしここを、日本チームは9点で抜けた。これは素晴らしいスコアだった。スコアをまとめていくのは藤波とガッチが中心になるが、毅士と柴田もよく走っている。藤波も、自分の走りは走りとして、チームの仲間のサポートにも忙しい。いっしょに下見をしてアドバイスをし、彼らがトライする際にはセクションを走り回ってライン指示をする。世界選手権終盤戦で悩まされた背中や腰の痛みは、だいぶ回復している。これはラッキーだったが、藤波個人的には、世界選手権の終盤戦があと2週間遅ければ、このコンディションで戦えたわけで、ちょっと残念なところでもある。
こうして1ラップ目を走り終えると、日本は2位になっていた。トップはスペインで13点。日本は56点で2位。大差だが、これはいたしかたない。3位はイタリアで59点、4位にフランスで65点、イギリスが5位で68点で続いている。
しかし2ラップ目、日本チームに乱れが見え始めた。いつもよりセクション数が多いこと、コースも長いことで、疲れが出たのかもしれない。1ラップ目に9点で抜けた第7セクションも、2ラップ目は全員が5点となって、15点のスコアがついた。
1ラップ目に2位だったと知ったのは、この2ラップ目の中盤のことだった。この時点ではもうスコアが崩れてしまっていたから、やばいねと話ながら、あまり対処法もない。とにかく、ひとつひとつていねいに走っていくしかない。
藤波とすれば、自分が走る前に最大限のアドバイスをし、トライ中に声をかけ指示を出し、そしてとりこぼしたセクションを自分がクリーンするのが仕事となる。ところが藤波とて人の子。サポートしたライダーが5点になってしまうと、どうしてもテンションが下がる。そのテンションのままトライして、なんとなく集中できないままにトライしてしまい、藤波も5点になってしまうという悪いパターンもあった。
公式リザルトには明らかにされない個人成績的には、1ラップ目の藤波は8点ほど。これはおそらく全体の3位くらいに相当するのではないか。しかし2ラップ目は崩れて18点くらいとってしまった。個人戦なら、スペイン勢に次ぐ5位くらいのポジションを得たはずだが、いつもの世界戦とちがってライバルが少ないから、これを比べてもあまり意味はない。
戦況は、ちょっとずつ情報が入ってくる。2ラップ目はフランスがいいらしい。そして現状はイタリアといい勝負をしていて、イギリスも追い上げているということだった。正確な点数は、誰にもわからない。TDNは点数の集計が複雑だから、試合中に状況を把握するのはむずかしいのだ。
2ラップ目に崩れているから、日本陣営からはちょっとやばいのではないか、というささやきもあった。でも藤波は、だいじょぶだいじょぶ、いけるよいけるよとみんなを盛り立てる。日本は状況がわからないままに真っ先にゴールするから、あとは後続のゴールを待って、結果をお祈りしながら待つしかない。
ゴールをして、着替えをしようかという話になった。でも可能性は残っている。表彰台に上がるかもしれないから、着替えをするのはもうちょっと待っていようと、あくまで希望を捨てない藤波である。
すると、ダビルがやってきて、イギリスは日本と同点、クリーン数差で負けたと告げていった。イギリスと同点ということは、フランスとイギリスに負けて、日本は4位ということか。するとダビルが、日本が3位、イギリスが4位だと教えてくれた。
パドックは、リザルトが発表される場所とは少し離れていたから、あわてて集計発表を見に行くと、はたして日本は3位だった。1位はスペインで20点!
2位はフランスで109点、日本とイギリスは128点と同点だが、クリーン数が日本の76個に対し、イギリスは74個だった。この場合のクリーン数は、4人のライダーの全部のクリーンを数える。スコアに影響がないからと4人目のライダーがエスケープばかりしていては、クリーン数で大負けしていた可能性もある。
久々の日本チームの参戦、そして久々の表彰台は、ライバルチームにも歓迎を持って迎えられた。ヨーロッパのトライアルシーンは、やはりTDNの表彰式で幕を下ろすものなのだ。
「久々のTDNは、楽しく走れました。途中、サポートとライダーの両方をやっているうち、気持ちが乱れてしまったりもしましたが、最後は表彰台が獲得できて、いい感じで終えることができました。これで今シーズンの世界選手権の日程は全部終了しました。12月にはトニーもいっしょに日本へ行きますが、今はもう来シーズンのことであたまがいっぱいです」
Pos. | Nat. | Total | CL |
---|---|---|---|
1位 | スペイン | 20 | 125 |
トニー・ボウ(モンテッサ) アルベルト・カベスタニー(シェルコ) ジェロニ・ファハルド(ベータ) アダム・ラガ(TRS) |
|||
2位 | フランス | 109 | 75 |
カルレス・デ・カウデンバーグ・カンタン(ベータ) ベノ・ダニコート(ベータ) アレッシャンドレ・フェレール(シェルコ) ロリス・グビアン(ガスガス) |
|||
3位 | 日本 | 128 | 76 |
藤波貴久(モンテッサ) 小川友幸(モンテッサ) 小川毅士(ベータ) 柴田暁(モンテッサ) |
|||
4位 | イギリス | 128 | 74 |
ジェイムス・ダビル(ベルティゴ) ラム・ハスラム(ガスガス) ジャック・シェパード(JGAS) アレックス・ウイグ(ガスガス) |