2位と4位で、最善とはいえないながらも、悪くない前置きを作って最終戦に乗り込んだ藤波貴久。しかしそこに待っていた2日間は、さすがの藤波も落胆と落ち込みを隠せないものだった。
油断はできないと思っていた。しかしその実、ランキング4位のアルベルト・カベスタニーには7点差、5位のジェロニ・ファハルドには8点差をつけていたから、ランキング3位は当然手に入るものと思っていた。今シーズンは開幕戦の日本大会の2日目で勝利して、その後ランキング3位を守っていたが、一度はランキング4位にポジションを落としている。それでも再び3位を取り戻していたから、ある程度の自信もあったものだった。
それが実は、ランキングのことを気にして試合に臨むことになったのかもしれなかった。土曜日にライバルの二人を突き放しておけば、最後の最後の勝負はずいぶん楽になる。やってやろうじゃないか。そんなことを考えていたのも、事実だった。
その土曜日は、今にも雨が降りそうだった。現地に到着した木曜日は雨が降っていた。金曜日は雨は降っていなかったが、前の日に雨が降っていただけに、朝の練習を走ってみると、激しく滑ったものだった。これは、試合当日に雨が降ったら、とんでもないことになると思ったのは、ライダーみんな共通する感覚だった。
土曜日の朝、雨は降っていなかったが、今降り始めてもおかしくないような黒い雲に覆われていた。だから藤波は、土曜日は早まわりをしようと決めてスタートした。イギリスの2日目の藤波は4位だった。だから今回のスタート順は一番最後から4番目。ゆっくり回っても、ボウやラガらの走りを参考にできるわけではない。ならば自分の走りを見られるだけの遅いペースで回るよりは、さっさと先を急いだ方が勝算がある。
それでも、第4で5、第5で3、第6で5と減点したときには、シレラ監督から「もうちょっとゆっくり回ったらどうか」とアドバイスをもらうことになった。それでも藤波は作戦を変えなかった。自分のペースを守ることの方が自分の走りに集中できると確信していたからだ。
ただそれでも、第4で5点となったのは、波に乗りきれなかった要因となったかな、という思いはある。しかも今回は、ライバルの奮闘が光っていた。今回、チャンピオン争い中のチームメイトのトニー・ボウは3位に甘んじることになるのだが、ボウも今回の3位は必死で守りきった3位だと藤波に感想をもらしている。結果表を見ると、それがよくわかる。しかも今回は、ジェイムス・ダビルの調子もよかった。カベスタニーと藤波が、ダビルの後塵を敗することになった。
優勝はラガ。2位にファハルドが入り、ボウが3位。10点差あったチャンピオン争いは、たった5点差まで詰め寄られていた。そして藤波は、カベスタニーにはいまだ6点のリードを持っていたが、ファハルドには1点差まで迫られていた。
突き放してやろうと考えた結果の6位。なんともよろしくない結果となってしまったが、しかしまだ藤波は希望を捨てていなかった。というより、まだまだ藤波はランキング3位を守れると信じていた。ファハルドには1点差に迫られていたが、ファハルドよりひとつでも上位にはいれば、それでランキング3位は守れる。カベスタニーに対しては、まだ6点のリードがあった。まぁ大丈夫ではないか、という点差だった。最悪の場合でも、ランキング4位にはなれるはずだと、藤波は考えていた。
この日、第3、第5、第9、第10の4つのセクションがむずかしく設定しなおされた。前日に比べて、もっと点数を覚悟しなければ行けないとも想像していたのたが、意外にグリップがいい。第4セクションで5点となった藤波だが、ライバルも同じように減点を重ねていて、第6を終えた時点での藤波は6点。この時点でのライバルはボウ7点、ダビル9点、ファハルドとラガが10点、カベスタニー12点だったから、この時点での藤波はトップだった。
藤波のトップはそこまでで、第7での5点でトップの座からは引きずり下ろされるのだが、それでも3位をキープしていた。調子はけっして悪くなかったはずだ。
第7での5点は、方向を変えたときにタイヤのグリップを失いかけて、そのまま加速して次のゲートマーカーに狙いを定められなかった。藤波はこれを、イージーミスと評する。この日も、ライバルはみな、研ぎ澄まされたいいトライをしていた。こんな日に、イージーミスをしてしまっては、勝機はない。
2ラップ目は、第3で5点となった。こんなふうに、毎ラップともに、どこかで5点をとってしまっている。今回は、停止をなかなかとらない採点をしているオブザーバーが多かった。みなそれを見越して、しっかり止まってタイミングを整えトライしていた。藤波のトライを見ていたボウには「なぜあんなに急ぐんだ」と言われてしまった。しかし藤波とすれば、ノンストップルールである限り、止まったら5点だ、止まったら5点を取られるという意識がしっかり身についていた。
しかしそれにしても、今回はライバルの調子がいい。過去、藤波が大きく調子を落としても、それでも2位や3位にはいることはあった。しかし今回は、藤波が崩した調子は、そのまま成績をも落としてしまった。まして今回は、ダビルも調子がよかったのだ。
レースに「たら・れば」は禁物と藤波はいつも思っている。そう思いながらも、ここまでの結果になると、つい考えてしまう。もしも今回の結果が両日6位でなく、両日5位であったなら、カベスタニーに逆転されることもなく、ファハルドとは同点、1度優勝している藤波が上位となって終わっていたはずだ。
もちろん、あのセクションをもう少しだけうまく走っていれば、というたら・ればは、きりがなかった。
藤波が意気消沈している頃、チームメイトのチャンピオン祝賀会が開かれていた。ボウの7回目のタイトル獲得は、藤波にとっても大きな喜びだった。しかしそれでも、笑顔を見せることができなかった藤波は、景気の悪い顔でチームメイトを祝う気にはなれず、チームトラックに引っ込んでシーズンの終幕を迎えたのだった。
「こんな結果になるなんて、まったく予想もしていませんでした。だからこの結果は、非常に残念だし情けないし、戸惑ってもいますし、落ち込んでもいます。それでも今年は、優勝もしたし、ほかにも表彰台にものったり優勝争いをしたりと、充実したシーズンだったといえるのではないかと思います。それでも、ずっとランキング5位で最後に逆転できなかった去年シーズンに対して、最後までランキング3位を守っていてのランキング5位ですから、やはりショックは大きいです。チームのみんなにはこれで人生が終わったわけじゃないから、などと励まされましたが、今は早く落ち込んだ気持ちから立ちあがって、次の目標に向けて始動したいと思います。2013年シーズン、応援ありがとうございました」
土曜日 | |||
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1位 | アダム・ラガ | ガスガス | 12 |
2位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 15 |
3位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・Honda | 27 |
4位 | ジェイムス・ダビル | ベータ | 40 |
5位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 48 |
6位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・Honda | 51 |
7位 | アレキサンドレ・フェレール | シェルコ | 54 |
8位 | ロリス・グビアン | ガスガス | 73 |
日曜日 | |||
1位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・Honda | 22 |
2位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 27 |
3位 | アダム・ラガ | ガスガス | 28 |
4位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 36 |
5位 | ジェイムス・ダビル | ベータ | 37 |
6位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・Honda | 45 |
7位 | マイケル・ブラウン | ガスガス | 66 |
8位 | ロリス・グビアン | ガスガス | 67 |
世界選手権ランキング | |||
1位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・Honda | 238 |
2位 | アダム・ラガ | ガスガス | 228 |
3位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 171 |
4位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 170 |
5位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・Honda | 169 |
6位 | ジェイムス・ダビル | ベータ | 135 |
7位 | マテオ・グラタローラ | ガスガス | 88 |
8位 | ロリス・グビアン | ガスガス | 85 |