なんともうまくいかない1日だった。前日やウォーミングアップでの感触は悪くなかった。だから、うまくいかない理由も、よくわからない。強いていえば、セクションが簡単だったから、失敗できないという思いがあって、それがこの日の藤波に緊張感を強いていたのかもしれない。しかしそれは、他の誰にでも同じ条件だから、藤波の不調の理由にするには、少し無理がある。
勝負どころは第2、第3あたりになるのではないかと、前日に下見したときから、ある程度一致した意見だった。下見の段階ではここにはきっかけ石が敷いてあったのだが、ライダーから「簡単すぎる」という意見が出て、このきっかけ石はきれいに外された。それでも結果を見れば、オールクリーンも不可能ではなかった、かなり簡単なセクション群となっていた。
第2セクションは3段のステアケースだった。ここを藤波は上がれなかった。試合が始まっていきなりの失敗に、藤波は動揺した。そして焦った。簡単なセクションでは、5点を取ったらもうあとがない。その5点を、いきなりとってしまった。これでいっそう、もう失敗はできない、という思いは強まった。
次の第3セクション。ここは2点で切り抜けた。よくはないが、悪くもなかった。しかしここで不幸が起こった。藤波がトライ中に、マインダーのカルロスの足がテープに引っかかって、切れてしまった。これをオブザーバーは5点と判定した。そ、そんな判定はないだろう。と、藤波はオブザーバーに問いただす。しかし本部との連絡をとっても、5点である、という判断だった。
これは判断がおかしいから、試合が終わってからおそらく採点は変更されるだろうと、その場では5点のパンチをもらって、先を急ぐことにした藤波だった。あとで3点が返ってくる予定とはいえ、しかしパンチカードには5点と記されている。精神的にははなはだよろしくない。失敗ができない試合で、藤波はすでに10点を失っているのである。
起死回生で追い上げるには、クリーンを連発して周りが足をついてくれるのを待つしかない。しかしクリーンをねらって5点でもとろうものなら、追い上げるどころか絶望的な状況になってしまう。攻めなければ順位は回復しないし、しかし思い切り攻めることもできないという、悪循環がめぐってきた。
それでも第4セクションをクリーンした直後の第5セクション。ここは1回足をついて進ませればそれなりに確実に抜けられるセクションだった。リザルトを見てわかる通り、優勝したアダム・ラガは、3ラップともここは1点をついている。しかし藤波は、ここでがまんをした。ここでクリーンをとれば、流れが変わるはずだという思いもあった。結果、藤波のスコアカードには3つ目の5点がパンチされた。
失敗したらおしまい、という試合で、まだ5セクションだというのに、15点もとってしまった。第2、第3、第5セクションは、今日の数少ない勝負どころだった。他はクリーンセクションだったから、この3つを確実に抜けることが、この日の重要ポイントだった。それがまったくできていない。今回は、成績もだいたい聞いてみた。7位くらいではないかということだ。どうやらフェレールにも負けている。乗っていての感触も悪いし、それもしかたがない。ここからどう挽回するかが問題だが、特効薬はないのだった。
2ラップ目、挽回すべきラップで、しかし第2セクションはまたも5点だった。1ラップ目とまったく同じ失敗。これはどうにも具合が悪い。3セクションは今度はクリーンしたし、5セクションもきっちり1点で抜けた。挽回に充分なパフォーマンスとはいえないが、ここまでは最低線にはのっていた。ただし第4セクションでは2点を失ってもいた。
そしてしかし、11セクションに悪夢が待っていた。ここは本当に簡単なセクションだったと、藤波は言う。下位のライダーでもクリーンをしているし、5点になっているライダーはごく少ない。岩が4つ、5つ並んでいて、最初のひとつにひねりながら乗って、そのままぽんぽんと岩を上っていくセクションだった。ラインも、タイヤ1本ずれたくらいでは大丈夫という、寛容度の高いものだった。ただしタイヤ2本ずれたら、だめだ。
藤波はひねりながら最初の岩に乗るところで、少々前に出すぎてしまった。去年までなら止まってホッピングで位置を調整して、そのままなにごともなくクリーンしていたはずだった。しかし今年はノンストップルールだ。ここのオブザーバーは厳しかったから、一テンポ置いて位置を修正すると、5点を取られる恐れもあった。それでスタートの位置は悪かったが、そのまま連続岩に向かったところ、だめだった。5点だ。
2ラップ目は14点。1ラップ目よりはスコアはいいが、お世辞にもトップグループと競りあえるスコアではない。ピットに帰って、まず顔を洗った。そして10分、15分と、気持ちを落ち着けた。すべてをリセットしたかった。その間に、ラガもボウも、藤波を置いてみんな2ラップ目に出発していった。藤波が第1セクションに着いたら、すでに誰もいなかった。
この時点で残り時間は1時間ほど。ゆっくり休憩を取っても、それなりに時間には余裕があったのは幸いだった。第2セクションまで来ると、ここはそれなりの難セクションだったから、ボウやラガがまだ残っていた。といっても、藤波が到着したらすぐにラガがトライする、というタイミングで、結局このあと、藤波は一番最後を走り続けることになった。渋滞もなく、時間的な心配はない。第2はこの日初めて、1点で抜けられた。
しかし第3セクション、また5点となった。この5点は致命的だった。これで今日の試合は終わったと、藤波は思った。実際のところ、もしも3ラップ目をオールクリーンしていたら、ポジションは4位まで回復していたところだったが、逆に言えば、結果論として3ラップ目をオールクリーンしても表彰台は無理だったという戦いだった。
結局、3ラップともに、どこかで大きな失敗があった。セクションが簡単でもむずかしくても、取りこぼしがあればそれが結果になる。なんとか5位くらいに入っていたいところだったが、結局成績は走りの結果が反映されたものとなった。
競技が終わってから、1ラップ目の第3セクションでの5点について主催者に質してみた。FIMトライアル委員長のテリー・ミショーなどは、それが5点とはおかしいと言ってくれていたのだが、判断する権限は地元の競技長なり審判長にあって、彼らはこれを5点として譲らない。それはつまり、マインダーがセクションを改変したという理由だということだ。岩をどけたり置き石をしたりという行為は、確かに5点だ。しかしすでにライダーが走り去ったポイントでマインダーがテープを故意でなく切った事例を「セクションの改変」とされるのはあんまりだ。
この件について、しかし正式な抗議文書は出さないことにした。正式な抗議を出して審査委員会が審議をすることになれば、正しいルールの解釈にのっとって藤波のスコアは修正されたと、チームは信じている。しかしこの5点が2点となっても、藤波の順位が上がるわけではない。5位のファハルドとは5点の点差があった。
3ラップ目は失敗をしながらも、8点で回りきることができた。藤波的には、これくらいが最低線。3ラップともこの走りだったとしたら、それでも表彰台に乗ることはできないのだから、今回のセクションがいかにやさしかったか、ということだ。実力的には、1ラップ2点では回れたはず、と藤波は思っている。ラガは1ラップ1点で走っているし、ボウはクリーンしていないセクションはないから、理屈ではオールクリーンができたということになる。
ここ数戦、スペイン、イタリアとセクションがむずかしくなってきていて、それはトップライダーにはおしなべて歓迎傾向だったが、今回のチェコは一転して簡単になってしまった。ワールドクラスだけでなく、ジュニアクラスでも1点2点の攻防となったから、全体的に簡単だったのだといえる。藤波にすれば、トップが40点くらいとるくらいのセクション設定がいいのではないかと考えているが、これも結果論であって、事前にむずかしい、簡単をきちんと見極めるのはむずかしいものがある。ライダー側としては、これまでも毎回のように「簡単すぎる」と言ってきた。それが裏目に出て、ほんとうに「簡単すぎる」場合にもあまり真剣に受け取ってもらえなかったのではないかという反省も少しある。いずれにしても、セクション設定がトライアルにとって重要な要素なのはまちがいない。
ノンストップルールの採点は、今回は全体的には甘い感じだった。たとえば第4セクションで藤波は2ラップ目に2点を取っている。2ラップ目は途中で修正をしたい状況に陥ったのだが、停止5点となるのを恐れてそのまま走って足をついた。ところがここではめったなことでは停止5点を取られないというのが明らかになったので、3ラップ目にはきっちり修正をしてポイントに挑んだ。こういった、オブザーバーとの戦いが試合のウェイトとなるのは、やはりトライアルの本筋ではないように、藤波は思うのだった。採点の基準にしろセクションの難易度にしろ、いずれにしても、FIMが方針を定めた新ルールにしては、導入半年、いまだあまりにも手探りの状態が続いている。
「ダメでしたね。情けなさすぎます。今回は特に取りこぼしが致命的になりましたが、取りこぼしをして上位に残れるような世界ではないので、確実に走るところは確実に走っていかないといけません。これで残りは4戦になりました。トップの二人はちょっと離れてしまったので、これに加わるのは至難だと思いますが、それ以降はあまり大きな差はつかずにいるので、接戦を戦ってランキング3位を守るようにしないといけません。ランキング3位争いのカベスタニーとファハルドを意識するということではなく、やはりトライアルは自分自身との戦いなのだと思います」
日曜日 | |||
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1位 | アダム・ラガ | ガスガス | 9 |
2位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・Honda | 12 |
3位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 17 |
4位 | ジェイムス・ダビル | ベータ | 32 |
5位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 35 |
6位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・Honda | 40 |
7位 | アレキサンドレ・フェレール | シェルコ | 46 |
8位 | ダニエル・オリベラス | オッサ | 64 |
世界選手権ランキング | |||
1位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・Honda | 163 |
2位 | アダム・ラガ | ガスガス | 161 |
3位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 120 |
4位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・Honda | 119 |
5位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 113 |
6位 | ジェイムス・ダビル | ベータ | 92 |
7位 | マテオ・グラタローラ | ガスガス | 64 |
8位 | ロリス・グビアン | ガスガス | 51 |