久々に、藤波貴久は表彰台に上がった。アンドラ、スペインと表彰台に乗れない戦いが続いていたから、今回はようやくほっと一息をつきたい結果でもある。しかし戦況は、そんなにおめでたい状況ではなかった。あと一歩以上に、ほぼ確実に2位表彰台を獲得していたはずだったからだ。
今回、藤波とトニー・ボウは、モンテッサ久々のニューマシンの発表もあって、それに合わせて新しいパーツをいくつか装備してきた。ニューマシンのシルエットに合わせた燃料タンクや、スリムになったリヤフェンダーがそれだ。中身の基本は、これまで乗っているファクトリーマシンで、変わりはない。燃料タンクの形状が変わったことで、厳密には乗り味も変わっているが、気になるものではないという。
アンドラGPで出てしまったクラッチの問題は、問題の出ていないボウのマシンのクラッチと乗り比べてみたが、やはり藤波はボウのクラッチではうまく乗れなかった。もちろん、通常のライダーにはその差がわからないレベルだが、藤波には大きな問題だ。それで藤波のクラッチをそのまま使った上で、部品を交換して対策を施した。これで、その後問題は出ていないという。
いくつかの問題が解決して、今回は気分もよかった。まず、大きな取りこぼしがない。リザルトを見れば5点もあるが、ボウもラガも、みんなが5点になっているところの5点だから(もちろんいけるに越したことはないが)しかたがないといえる。調子が悪いときには、上位陣がクリーンをしているところで5点になったりしているのだが、今回はそれがない。
1ラップ目をふつうに走って、2ラップ目に入るとき、藤波は珍しくパドックで戦況を確認している。というのも、イタリア大会ではもてぎのように、IT技術を駆使して、オブザーバーのパンチがそのままデータとなって本部に送られるようになっていたのだ。
ボウの好調はデータを見なくてもわかっていたから、優勝争いは無理としても、1ラップ目が終わって3位くらいにいるというのは、このデータから見て取れた。これなら、このままいけば2位にはなれるな、というのが藤波の印象だった。
第2セクションは、がらがらした石から、2.5mほどの大岩に上る設定で、軒並み5点。ここをいけたのは、2ラップ目のボウと藤波だけで、ともに2点だった。これはひとつのセクションの結果だが、調子がいいときには、こういう結果も出てくる。2ラップ目の減点は19点。3位であることには変わりはなかったが、19点のラップ減点は、2ラップ目ではトップだった。ボウが20点、ラガが21点で藤波に続いた。もちろん、2ラップ目までのトータルでは、ボウがあいかわらずぶっちぎり。ボウ28点、ラガ39点、そして藤波が41点。2位争いは僅差だ。
3ラップ目。なにやら雲行きが怪しくなってきた。藤波は、ライバルに先手を取って動き始めた。先を走っていたファハルドを抜いて、もしも雨が降ってきた場合でも、雨が降る前に試合を終えてしまおう、あるいは、ひとつでも多くのセクションを走っておこう、という作戦だ。これも、ある程度調子がよくて、自分のペースができているからこそできることでもある。
3ラップ目第6セクション。ここはボウとラガだけが抜けているセクションだった。ただしラガが1点で抜けたのは1ラップ目だけだった。残念ながら、藤波はここは攻略できなかった。3ラップ3回とも5点。しかし3ラップ目の5点は、それ以上に試合に影響を及ぼすことになった。
ここで藤波は、マシンを放り投げてしまった。その結果は、不運だった。左側の、フライホイールケースが割れて、オイルがこぼれるようになってしまった。これは万事休した。
応急修理をして、とりあえず第7セクションを走った。第7セクションはクリーンしたものの、エンジンが動いて圧がかかると、応急修理の壁を突き破って、オイルが吹き出してくる。これでは、ここから先のセクションは走れそうにないし、そもそも次のセクションまで10分ほど山を走っていかなければいけない。その間に、エンジンを壊してしまうかもしれない。
メカニックが、パドックまでパーツをとりにかかることになった。走ればオイルが吹き出るから、動くわけにもいかない。すでに走り終えた第7セクションで、藤波はパーツが届くのをじっと待つことになってしまった。
この時点で、残り時間は25分ほどになっていた。セクションは12セクション。ただし藤波にとってほんの少し幸いだったのは、今回のタイムチェックは山の上の10セクションでおこなわれて、その後の11セクションと12セクションはタイムチェックから20分以内におこなうこと、となっていたことだ。つまり藤波は、残り25分で8セクションから10セクションまでを走ればいいことになる。とはいえ、7セクションから8セクションまでは10分ほどかかる距離ではあった。
はらはらドキドキの時間を過ごした後、ようやくパーツが届いた。すぐに修復ができた。8セクションに向かって走り始める。この時点で、残り時間は12分ほどになっていた。ケースカバーは交換したが、オイルを足すことはできなかった。それで、山道もあんまり飛ばすことができない。エンジンも、少しへんな音がし始めている。
第8セクションに到着した。残り時間は6分。クリーンができた。第9セクションは、1ラップ目にボウがクリーンした以外は、全員が5点となっている。ここは申告5点で先に進んだ。すでに、セクションには誰もいない。雨を予想して藤波がペースを早めたので、ライバルもそれを見てペースアップを図っていた。おかげで、セクションに到着した藤波は、待ち時間なしでトライができた。
10セクション。残り4分。4分も残っていた、というのが意外だった。ここもクリーン。そしてタイムチェックを受けて、あとは残り20分でセクションをふたつ走ればいい。
11セクションについたとき、ここはラガが5点を取ったぞ、という情報を知らされた。詳細な点差は教えてもらわなかったが、5点は取っちゃダメだぞ、というのがアドバイスだった。しかし結果、ラガが失敗したのと、まったく同じ失敗をして、5点になった。1ラップ目より2ラップ目より、3ラップ目になって掘れていたのだ。
10セクションでタイムはクリアされているから、時間はそれなりに充分あるはずだった。しかし、どこかに焦りが残っていた。だから下見もそこそこに、11セクションに入ってしまった。時間をいっぱいに使って、ゆっくり下見をしていれば結果はちがったかもしれないが、あとの祭りだし、それは「たら・れば」というやつだ。
5点を取って、藤波も周囲も、一瞬「あちゃー」という雰囲気にのまれたが、しかし大丈夫。まだ勝てる、2位にはなれると励まされた。しかし、どこかにへんなプレッシャーがあったのかもしれない。魔が差した、のかもしれない。
最終12セクション。ここは1ラップ目も2ラップ目も、クリーンしていた。むずかしいところを越えて、最後に三角岩がある。ここを斜めに越えておしまいなのだが、カードを飛ばす心配を考えた。それで1ラップ目より2ラップより、カードのより左側を走ってやろうと思った。むずかしいポイントは越えているし、セクションアウトまではたったの1メートルだった。
99.9パーセントの人は、今日は藤波が2位獲得だと思っていたと思う。その2位獲得に向けて、藤波がトライ。2ラップ目よりも左を選んだラインは、そっちのほうが高いところに上ることになる。わずかにフロントを吊れなかった。そして、アンダーガードが岩にあたった。そのまま降りられれば、それはそれで結果オーライだったのだが、その瞬間、藤波とマシンは三角岩から叩き落ちていた。前転だった。なんの対処もできなかった。
周囲も、もちろん本人も、ぼう然という感じだった。ちょうど、もてぎの日本GP、2日目の最終セクションのジェロニ・ファハルドみたいだった。ほとんど確実にしていた勝利を、残り数メートルで失った。しかも自らのミスでだ。藤波が勝利したあのときのシーンの、あのファハルドの気持ちを、今藤波は痛感していた。
久々の3位。しかし今回はほんとうにほんとうに、悔しい3位となったのだった
。
「3位になれた。このところ表彰台を逃していましたから、今回の3位はポジティブに考えたいところなのですが、どうしてもそういうわけにはいきません。成績が3位から2位に落ちたというより、自分の情けない失敗がくやしいところです。今日は大きな取りこぼしもなく、トラブルがあってもなんとか抑えて走ってきて、最後の2セクションでやってはいけない取りこぼしが出てしまった。たいへん悔しいですが、調子は悪くないので、次回はこんな取りこぼしがないように、しっかり走りたいと思います」
日曜日 | |||
---|---|---|---|
1位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・Honda | 43 |
2位 | アダム・ラガ | ガスガス | 67 |
3位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・Honda | 71 |
4位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 73 |
5位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 86 |
6位 | ジェイムス・ダビル | ベータ | 90 |
7位 | マテオ・グラタローラ | ガスガス | 102 |
8位 | マイケル・ブラウン | ガスガス | 103 |
世界選手権ランキング | |||
1位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・Honda | 146 |
2位 | アダム・ラガ | ガスガス | 141 |
3位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・Honda | 109 |
4位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 105 |
5位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 102 |
6位 | ジェイムス・ダビル | ベータ | 79 |
7位 | マテオ・グラタローラ | ガスガス | 57 |
8位 | ロリス・グビアン | ガスガス | 46 |