スペインの首都マドリードの北西にある小さな町、ボブラドーラ。ここが世界選手権の舞台となるのは2年前のスペインGP以来、2度目。下見をした段階では、セクションは2年前とほとんど変わりないといってよかった。ただしルールがノンストップになっているから、ところどころはやさしくなっていたようだ。なのでほとんどセクションが同じといっても、2年前と同じような戦いになるかどうかは未知数だ。
トニー(トニー・ボウ)とアダム・ラガのふたりは、セクションが簡単だといって、もう少し難易度をあげるように主催者に進言。主催者はこれを取り入れて、3つばかりセクションをむずかしくした。むずかしくなったのは、第6、第9、第11の3つだった。その変更がどう出るかは、本番になってみなければわからない。藤波のセクション評は、そんなに簡単ではないけれど、絶対に無理という感じでもない、というものだった。
はたして試合となると、クリーンか5点の、厳しい勝負になった。ノンストップルールの特徴がもろに出たといってもいい。リカバリーがきかないから、うまくいけば5点。ちょっとミスをすれば、そのまま5点というパターンだ。こういう試合パターンになったのは、ひとつにはオブザーバーの採点もあった。
今回は本当に厳しかった。前回のアンドラも厳しかったが、今回はさらに厳しい。徐々に厳しくなっているというのが、藤波の感想だ(アメリカは日本よりも甘かった。そしてアンドラが日本よりも厳しくなり、今回はアンドラよりも厳しかったのではないかと、藤波は見る)。
今のノンストップルールでは、事実上、一瞬の停止は停止と判定されない解釈となっている。ホッピングをすれば、どうしてもタイヤが停止する瞬間は存在する。それを許容しつつ、ノンストップルールをルールとして成立させるところがむずかしいのだが、今回のオブザーバーは、ところによって、その一瞬の停止も5点と採点した。誰に対しても5点を出していたから、公平性という点ではまちがいなかったのかもしれない。ただし別のセクションに行けばもう少しちがう解釈で採点をしているところもあって、まだまだひとつの試合が、すべて統一された解釈で採点をしているという感じではない。
ランキング3位なので、ラストから3番目にスタートした藤波は、あとから来るトニーとラガの戦況は知らずにトライを進めた。これはいつものことだ。しかし今回はダメだった。開始いきなり、第3セクションと第4セクションで連続5点となった。その後も厳しい採点に5点を取られまいと走ってクリーンをとったり5点をいただいたりしながら、1ラップ目の最終セクションでのことだった。
前のライダーのトライが終わって、藤波のトライ順。マインダーのカルロスが、いつものように「ゼッケン5番、入ります」とオブザーバーに声をかけてお助けポイントについた。ところがオブザーバーは「オブザーバーの許可なくマインダーがセクションに入った」と5点を宣告。藤波は、トライもさせてもらえない事態となった。
カルロスは確かに声をかけた。しかしきちんと了解はとれていなかったようだ。それはもうしわけなかった。しかしセクションを破壊したとか、道路工事をしたという事実はない。5点の宣告はあんまりではないか……。藤波陣営のアピールは、しかし通らなかった。トライしないままの5点。大量に5点をもらいながら、なんとか踏ん張っていたところでのこの5点は、つらかった。
同じような5点はチャロナーもくらっていたから、ここのオブザーバーはそういうポリシーを持っていたのだろうが、しかし解せない。いらいらしたままパドックへ帰り、少し気持ちを落ち着けて給油をして2ラップ目に入る。その第1セクションだった。
岩をひとつ越えて、ちょこちょことむずかしいターンをこなしてまた岩を越える。そのポイントで、藤波はフロントが刺さってつんのめった。すぐさまマシンを動かし、うまくリカバリーができたと思っていたのだが、オブザーバーは5点の採点をしていた。つんのめったポイントで5点だという。
ライダーは、自分のライディングを正確に把握している。それはうまくいっても失敗しても、だ。アマチュアライダーならいざしらず、それができなければ世界のトップは戦えない。藤波は、つんのめったポイントで、どれくらいの瞬間マシンが動きを止めていたかを考える。そしてオブザーバーにたずねた。
「つんのめったポイントで5点が宣告されるなら、その手前のターンでも、停止と判定されてもおかしくない瞬間があった。そちらで5点を取られるならわかるが、こっちでの5点はおかしいのではないか」
するとオブザーバーからは、意外な返答があった。
「最初のターンの部分は、みなそうやって走っている。しかしおまえがつんのめったポイントは、ほかのみんなはうまく走っていた。ターンでの停止は、しかたがない。おまえがつんのめったところは、おまえの失敗だ」
これには開いた口がふさがらない。結局5点の採点は変わらず、藤波のいらいらは増すばかりで次のセクションに向かわなければいけなくなった。このオブザーバーが言うことを真に受ければ、勝負の鍵はライダーが握っているわけでもルールが握っているわけでもなく、オブザーバーが持っていることになる。採点が厳しくなればなるほど、こういうもめごとは多くなる。日本やアメリカではあまりもめるシーンはなかったが、それはまだ新ルールが始まったばかりというより、採点基準が比較的甘かったからではないだろうか。
もちろん、ライダーに新たなテクニックを強いている部分もある。採点が厳しいと、止まるぎりぎりのゆっくりを狙って走るわけには行かない。振ってマシンを修正すれば5点になるリスクがある。勢い、修正が完璧でなくてもスタートすることになる。その結果、運がよければクリーンができるし、はずれれば5点になる。今回の大会でクリーンか5点かというのは、セクションがむずかしいとか簡単ということではなく、ノンストップルールゆえの結果だった、という見方もある。
第9セクションは、トニーとラガの提案でむずかしくしたところだったが、ここは川の登り斜面で90度ターンがあった。ここでは必ずホッピングが必要になった。日本やアメリカの採点ならクリーンでいけるセクションだった。しかしここのオブザーバーは、ホッピングに5点を宣告した。結局、1ラップ目2ラップ目と、すべてのライダーが5点になった。ライダーが失敗したというより、オブザーバーがその選択をした、という感触だ。3ラップ目は、ほとんどのライダーがここをエスケープした。時間も少なくなっていたので、誰かがエスケープし始めると、その流れは次々に他のライダーにも及んだ。
FIMトライアル委員長、テリー・ミショーなどは、アメリカのような採点が基準になるべきだと考えているようだ。確かにライダーの技術的には、それがいいような気がしないでもない。しかしその場合、いったい採点の基準はどうやって決めればいいのか、さまざまな国の、さまざまなオブザーバーの採点基準を統一させるには、アメリカのような甘い判定は、限りなくむずかしいように感じる。
いっそ、もっともっと厳しく、ほんの一瞬でも止まったら5点という解釈となった方がいい、と藤波は考える。ホッピングはできなくなるかもしれないし、ダニエルでバランスをとるのもできなくなるかもしれない。しかし採点に対する疑問は少なくなる。セクションも練習方法もさらに変えていく必要があるかもしれないが、今のように、採点について混乱することはなくなるのではないか。
それでも2ラップ目は、第1での5点以降は、まずまずの走りができたように思う。第4での5点は納得いくものではなく、最終的な点数は1ラップ目と大きなちがいはないが、それでも1ラップ目よりは多少はいいかなという思いはあった。
2ラップ目後半、確か10セクションだった。藤波はチームに、戦況を尋ねた。いつもは聞かない。珍しいことだ。しかしこの日は、どんな戦いになっているのか、さっぱりわからなかった。聞かなければ、自分が調子いいのか悪いのかも、わからない。最初は、前を走るジェロニ・ファハルドをものさしとして考えていた。ジェロニがいけるところを何点で行けた、ジェロニよりいいから、このくらいのポジションにはいるのではないか、のような判断だ。しかし目の前を走るジェロニは、次々に5点になっていく。あんまり5点ばかりなので、これはジェロニを相手にしているととんでもないことになると思った。
チームの返答は「2位までは僅差だよ」というものだった。今日のトニーは強い。優勝するのはこのトニーを破らなければいけないから現実的ではないが、2位は射程距離、ということた。あちこちで5点をとっているから、もっと結果が悪いのかと思っていたが、そうでもなかった、ということだ。
3ラップ目、第2セクションで5点。ここは比較的簡単なところだし、1ラップ目2ラップ目ともにクリーンしていたところだったから、5点はなんとも不本意だった。みんなが走るほどにがらがらの岩場となって、そこでの加速がむずかしくなって最後の岩が上れないというパターンだった。加速さえできれば、125ccでも上がれる岩なのだが、ここで失敗した。結果表を見ると、カベスタニーも同じパターンで5点になっている。
それでも、ここは5点にはならなくてもよいところだった。1点足をついていくつもりで行けば、1点で切り抜けられた。クリーンをしようと思って、かまんをしてしまったのだ。その結果が、5点になった。一瞬の判断ミスだった。
1ラップ目、トライさせてもらえなかった最終セクションは、2ラップ目にクリーンしたものの、3ラップ目は2点だった。これも悔しかった。
試合が終わって結果を見ると、2位のラガと3位のアルベルト・カベスタニーが同点で87点。藤波はそこから5点差の93点だった。3ラップ目の第2セクションを1点で抜けて最終セクションをクリーンすれば、それだけで6点少なくなる。こういうたらればは禁物だが(他のライダーだって、そういう惜しいシーンはあったはずだから、条件は同じなのだ)、2位にはなれる戦いだったというのは明らかだ。それを表彰台をとり逃して4位だから、悔しい。
今回は、トップのトニーが60点もとる戦いとなった。こうなると、1点2点の争いというより、5点がいくつか、という争いになる。実力ある選手にとっては、神経質な戦いが強いられるよりこういう戦いの方がのびのびと走れるのだが、今回のように、リカバリーがきかない、うまくいけばポンポンとクリーン、ちょっと失敗すれば5点、という戦いはどうなのだろうか。まだまだ混とんの2013年シーズンは続いている。
「2位になれる戦いを4位になってしまいました。これでランキングもさすがにもうダメだろうと思っていましたが、3位。このポジションを維持しつつ、しかし残り6戦、しっかり勝負に勝っていかないといけません。あまり高望みすると空回りの結果になりそうなので、ランキング3位を目指して、確実にいきます」
日曜日 | |||
---|---|---|---|
1位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・Honda | 61 |
2位 | アダム・ラガ | ガスガス | 87 (17x0) |
3位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 87 (14x0) |
4位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・Honda | 93 |
5位 | マテオ・グラタローラ | ガスガス | 114 |
6位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 116 |
7位 | ロリス・グビアン | ガスガス | 120 |
8位 | ダニエル・オリベラス | オッサ | 124 (7x0) |
世界選手権ランキング | |||
1位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・Honda | 126 |
2位 | アダム・ラガ | ガスガス | 124 |
3位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・Honda | 94 |
4位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 94 |
5位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 89 |
6位 | ジェイムス・ダビル | ベータ | 69 |
7位 | マテオ・グラタローラ | ガスガス | 48 |
8位 | ロリス・グビアン | ガスガス | 40 |