最悪の2日間となった。なにもかも、うまくいかなかったという2日間だった。
アンドラは、標高2000メートルにもなる高地。空気が薄いため、エンジンはパワーがなくなる。そのため圧縮を上げたり、いろいろと高地セッティングに苦労する。今回も、事前に高地セッティングのテストを繰り返し、日本の小川友幸選手にも、日本で高地テストをやってもらったりと、準備はぬかりない。現地アンドラにも一度テストに出かけたりした。
テストの首尾は上々だった。マシンを高地に持っていくと、パワーがない。そのためのセッティングを施して、だいぶいい状態になったとしても、たいていは「ずいぶんいいけれど、やっぱり高地は高地、ちょっとがまんして乗らなければいけない」という状態に仕上がるのがふつうだ。それが今年のマシンは、いたってふつうに乗れるという印象。高地だからこんなものという注釈が不要で、ふだん標高が低いところで乗っているのと同じ感覚で乗れてしまう。素晴らしいマシンができあがった。アンドラのテストでは、雨に降られてコンディションはよくなかったものの、藤波のライディングも合わせて、なかなか調子がいいことを確認できていた。
今回のアンドラは、セクションが固まっているところが多かった。第1から第4までは一かたまり。第5がコース上にぽつんとひとつだけあって、第6から最終セクションまでがまたひと塊。川のセクションもあったが、大半は同じパターンの、乾いた大岩を攻略するものだった。
最初の勝負どころは第2セクション。大岩を越えて岩盤が3枚、次々に行く手を阻んでいる。スピードにのせていければそんなにてこずるポイントではない。あるいは、ひとつひとつ止まっていければなんということはない。しかしうまくスピードがのせられない場合、ノンストップルールの困ったところで、それでも進んでいかなければいけないから、5点になる確率も高い。そして5点になってしまった。
第3はストップの判定をとられた。今回のオブザーバーは、アメリカとは一転、もしかすると日本よりも厳しい、今年最もきつい採点をしていた。アメリカ大会の時のようなつもりで走ったら、全部5点になってもおかしくない。5点になったとき、ちょっと思い当たるふしがあったから、まぁしょうがないとは思ったのだが、実は5点になったポイントは、思い当たるふしよりも手前だった。そこではまったく止まった採点をされる覚えはなかったから、これは厳しいなと思い知ったのだった。
5点はしょうがないといえばしょうがない。今日の採点は厳しそうだから、しっかり気をつけて走って、なんとか挽回するしかないなと、このふたつの5点には、そんなにくさることなくセクションを進めていた。第5ではつま先をついたと判定されて1点をとられたが、序盤のふたつの5点を除けば、そんなに悪いこともなかった。
第6から第10くらいまでは簡単なセクションだった。ここでは足をついてはダメ、という感じ。その後、13セクションくらいから、むずかしくなった。勝負どころは、13、15、16。13は、細かいステップが続き、最後に大きな2段がある。手前で降られると5点になる。ここは2点でクリアした。ノンストップならではの罠が潜んでいるセクションだった。
アンドラは、パドックが街の中で、そこから2000メートルまで上がっていくから、とにかくコースが長い。1周23kmもあって、1ラップ目3時間、2ラップ目(ゴール)2時間半。セクションを走らなくても、コースを走ってくるだけで1時間くらいかかるから、時間がなくなるのは自明だった。
藤波は途中でファハルドを抜き、時間を稼いでいった。それでも、1ラップ目の18セクションを終わって、タイム計測に入ったときには残り10秒だった。ノンストップルールとなってからセクションの時間制限はなくなったが、このときばかりは残り時間を読み上げてもらいながらのトライとなった。ぎりぎりだったが、ライバルはみなタイムオーバーを喫しているから、藤波の早周りは功を奏したことになる。
2ラップ目。そのライバルは、みな点数を減らしてきた。地面が乾いてきて、コンディションも少しずつよくなっていたから、点数が減っていく要素はあった。しかし藤波は、ライバルほどには点数を減らせず。ファハルドと同点ながら、クリーン数差で破れて5位となってしまった。
一晩おいて日曜日。今日はなんとか成績をまとめたい。ところが第2セクションで、また5点になった。それでもくさらず、セクションをこなしていった藤波だった。2日目を迎えて、3つほどのセクションがむずかしくなるということだったが、藤波はいい感じでリラックスしていて、クリーンを続けていた。
いきなりむずかしくなったのは10セクション。藤波は前日5位だったから、スタートが早い。藤波の前にトライした選手は、みな5点になっていた。ここを藤波は2点。感触は悪くなかった。
12セクションは、さらにむずかしかった。インに2段、さらに3段。ここは1点で切り抜けた。スタートが早いし、ライバルの調子を見ることはできなかったが、それでも自分のライディングの感触から、2位か3位にはなれるかな、というイメージはあった。今日のボウがすごく調子がいいというのは聞いていたから、たぶん優勝はボウだろうと思ったから、2位か3位というわけだ。ボウは3連敗した土曜日の夜、悔しくて一睡もできなかったという。
15セクションは、これもむずかしいセクションだったが、最後までクリーンで抜けていた。当初は無難に1点をついていこうと思っていたが、調子が良かったのでクリーンを狙った。それが狙いすぎだった。タイヤ1本ラインがずれて、はねられて5点になった。
それでもこのラップは、大きな失敗はなかったといっていい。2ラップ目に入って、セクションに残されているスコアボードをちらりちらりと見ても、ライバルが意外に減点をしている記録が残っている。
しかし2ラップ目は、やはり第2セクションで5点になった。このセクションは土曜日から鬼門で、土曜日の2ラップ目は1点で抜けられたものの、日曜日はやっぱり悩んでしまっていた。2速なのか3速なのか、藤波のマシンは手元でマッピングの変更が可能だがそのどの仕様を選ぶのか。土曜日の2ラップ目は、少しパワーのあるマップを選んで、ふられながらも1点で抜けた。ほとんど止まってしまったくらいから上れたから、さすがに新しいマシンは底力がちがう、マシンに助けられたという思いを強く感じたシーンだった。
しかし結局、日曜日は2回とも5点になった。マッピングの迷いもあったが、失敗はどれも同じ。失速して上れず、というパターンだった。これはさすがに痛いと思った。それでも1ラップ目もここで5点になっているから、しっかり抑えて走っていれば、悪くない結果が出るのではないかと、この時点ではまだリラックスできていた。
「このまま走っていれば、きのうのうよりはいい結果が出る」
と、点数を把握しているチームのオスカル・ジローさんが声をかけてくる。最悪だったきのうと比べてもらっちゃ困る。きのうより悪いことなんかあるものか、と藤波も冗談を返せるような、それくらい、藤波の精神状態は悪くなかった。
ところが、第8セクションに到着した頃から、クラッチに違和感が出てきた。藤波のライディングはクラッチが命。ふつうのライダーでは気にしないような仕上がりを、藤波は要求する。そんな藤波の要求に対して、クラッチが言うことを聞かなくなってきた。つながりが早い。コントロールができず、スパンとつながってしまう。
クラッチ交換をすれば元には戻るということだが、パドックは遠く、そんなことをしている時間はなかった。残るセクションは、ごまかしながら走るしかない。
ノンストップルールになった今年は、特にクラッチへの依存度が高い。クラッチのコントロールで走るむずかしいセクションは、そこからは全部5点になってしまった。1ラップ目より5点をふたつ増やして、減点も9点増えてしまった。
藤波がゴールしたとき、すでにダビルより前にスタートしたライダーはゴールしていた。藤波はダビルに負けていた。ダビルに負けちゃったことで藤波の落胆は大きかったが、ただし今日はファハルドの調子が悪かった。1ラップ目、藤波の13点に対してファハルドは30点も取っている。なのでファハルドに抜かれることはないだろうと、それが不幸中の幸いだった。
しかしやがて、ファハルドが2ラップ目に5点で帰ってきたという情報が入る。そうなると、土曜日同様、減点は同点だ。次はクリーン数差の勝負になるが、2ラップ目が減点5点となると、クリーンも相当多いはず。これはまたクリーン数差で負けてしまった、今日は6位だと、藤波はいよいよ気持ちが沈んで帰り支度をしていた。その頃には結果表が出ていたのだが、結果を見たところで成績がよくなるわけでもなく、悪夢の2ラップ目のことを思い出したり、仕様のちがうクラッチを装備したボウのマシンと乗り比べをしたり、そんなことをして日が暮れるまでを過ごしていた。
いよいよ帰る頃になって、ファハルドと話を交わした。きのうと今日は、どっちも同点だったね、という会話だったが、藤波は、2日とも、君が上位に入ったね、と声をかけた。するとファハルドは、いやいや、今日はおまえが勝ったんだぞというではないか。だって減点5点で帰ってきたんだから、クリーンもいっぱいとったろうと言えば、クリーン数も1点も2点も3点も、そして5点もすべて同数だったという。そして試合時間の差で、藤波の上位が確定したのだということを、ファハルドから説明してもらった。ファハルドの試合時間は5時間11分25秒、藤波の試合時間は5時間7分9秒だった。
6位のつもりが5位になっても、大喜びできるわけでもないのだが、順位はひとつでも上位の方がいい。5位は最悪だが、6位だったらもっと最悪だった。
帰り支度を終えた藤波は、最悪の結果を残してしまい、しゅんとしていた。悔しくて土曜日の晩は眠れなかったというボウには、寝なければ勝てるならぼくも寝ないで試合に臨みたいと冗談を言った。冗談だけど、それで勝てるなら寝ないことなど簡単だ。
チームは、意外に明るく藤波に接してくる。「1ラップ目は2位だったじゃないか」などという。いやいや、1ラップ目は2位だったかもしれないが、誰も1ラップ目の結果なんて覚えていない。結果がすべての勝負の世界だから、今日はあくまでも5位。
帰りの移動中、ようやく結果表を見た。両日とも5位で、おそらくランキングも5位くらいまで落ちているのではないかと思ったが、開いてみると3位のままだ。やはり日本GPでの優勝がきいている。やはりトライアルは、勝たないとつまらない。
「うまくいかない2日間でした。ノンストップにやられたところもあったし、クラッチの不具合もあったけれど、それとばかりはいえません。やはりうまく戦えていなかったというのが大きいと思います。ランキングが3位で踏ん張ったという以外はいいところはなにもなし。早く忘れてしまいたいアンドラ大会です。ここのところ、トニーやアダムはやられている感が強く、勝負させてもらっている状態ではないので、ぜひ次は狙っていきたいと思います。今はとにかく、勝ちたい、という思いが強いです」
土曜日 | |||
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1位 | アダム・ラガ | ガスガス | 21 |
2位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・Honda | 26 |
3位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 55 |
4位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 44(25x0) |
5位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・Honda | 44(19x0) |
6位 | ダニエル・オリベラス | オッサ | 64 |
7位 | ジェイムス・ダビル | ベータ | 65 |
8位 | マテオ・グラタローラ | ガスガス | 75 |
日曜日 | |||
1位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・Honda | 5 |
2位 | アダム・ラガ | ガスガス | 17 |
3位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 28 |
4位 | ジェイムス・ダビル | ベータ | 32 |
5位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・Honda | 35 (26x0, 3x1, 1x2, 0x2, 6x5 T5:07.19) |
6位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 35 (26x0, 3x1, 1x2, 0x2, 6x5 T 5:11.25) |
7位 | ダニエル・オリベラス | オッサ | 58 |
8位 | マテオ・グラタローラ | ガスガス | 61 |
世界選手権ランキング | |||
1位 | アダム・ラガ | ガスガス | 107 |
2位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・Honda | 106 |
3位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・Honda | 81 |
4位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 79 |
5位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 79 |
6位 | ジェイムス・ダビル | ベータ | 63 |
7位 | マテオ・グラタローラ | ガスガス | 37 |
8位 | アレキサンドレ・フェレール | シェルコ | 33 |