2013年 FIM 世界選手権第1戦・第2戦日本

2013年4月27-28日/Twin Ring Motegi(栃木県)

勝った! 勝った! 日曜日勝利。土曜日は4位

photo ■土曜日

止まったら5点になるノンストップルールの採用、これまでの15セクション2ラップから12セクション3ラップへ(これは大会ごとに異なる)、スタート順が前戦までのランキング順となることなど、いろいろな変化があった2013年のシリーズが、いよいよ開幕した。開幕戦は、母国ニッポンだ。

同時に藤波にとっては、大きな変化もあった。マシンが久しぶりに大きな変更を受けたのだ。2009年に大変更を受けて以来、藤波のマシンは基本的使用に変更がない。マッピングなどセッティングの変更によっていろいろなトライを続けてきたが、今回の変更はエンジンに大きな手が加えられていた。目につくのは、スパークプラグが二つになったツインプラグだ。エンジンの、いわゆる腰上は細かく手が加えられていて、別物に生まれ変わっているという。

同時にクラッチにも変更がなった。クラッチは、藤波らのライディングの要のパーツだ。それゆえ、ちょっとした変調で、ライディングが崩れてしまうこともある。これまでも、藤波らがより安定した性能を求めたのも、クラッチ関係だった。

シーズンオフには、日本から小川友幸選手もスペインを訪れ、いっしょにマシンをつくりあげてきた。今回はその小川選手も藤波らと同じマシンに乗って世界選手権を走る。

photo藤波のスタートは後ろから5番目。昨年のランキング順だ。ランキング5位は久々だが、後ろから5番目というスタート自体は、グループごとにくじを引いていた時代からよくあったから、そんなにハンディではない。去年までの、成績のいいものからスタートしていったり、まったく順不同でスタートするより、やっぱり走りやすいスタート順のシステムだ。

第1セクションは土の斜面に岩と丸太が置かれていた。125からワールドまで、各クラスとも設定は比較的簡単だった。ただ金曜日の夜に激しい雨が降ったために、コンディションは厳しい。これはこの日のどのセクションにも共通する印象だった。おまけにセクションは長く、ノンストップルールで高い集中力を要求される上に、体力的にも厳しい戦いを強いられることになる。ここはクリーンして、まずまずのスタートを切った。

第2セクションは、これもひとつひとつの難易度的には高くないが、ノンストップで走りきるにはこれも高い技術と高い集中力を要求される。黒山健一がクリーン、小川友幸が3点で抜けているが、ジェイムス・ダビルが5点となるなど、簡単ではないことがわかる。藤波は、前半から中盤を小気味よく駆け抜けた。ところが終盤、あと少しというところでマシンが前進を止めてしまった。5点。まだまだ、ここからの踏ん張りが勝負だ。

第3セクションは、ポイントは大岩。登るのもむずかしいが、そこから降りるのもむずかしい。ここで、藤波がらしくない失敗。登った大岩の上で、フロントタイヤを滑らせてしまい、マシンを落としかけてしまった。マインダーのカルロスに支えてもらって事無きを得たが、5点。これで連続5点となってしまった。ジェロニ・ファハルドやダビルも連続5点だから、まだ絶望する段階ではないが、トニー・ボウやアダム・ラガはクリーン、アルベルト・カベスタニーが2点、3点で抜けているから、ちょっと痛い滑り出しとなってしまった。

第4セクション、第5セクションは恒例の岩盤。どちらも長い。藤波にとっては鬼門とされていたこともあるエリアだが、しかし今回は1点と1点で通過した。それでもラガはオールクリーンを続けているから、第5セクションにして、藤波とトップとの点差は12点になってしまった。

photo第6セクションは土の登り。湿っていて、厳しい。第7セクションは岩と土の斜面の組み合わせ。これもきつい。藤波のスコアは2点と3点。ラガが第6セクションで初めての5点をとったが、藤波は第1セクション以降クリーンがないから、点差は開くばかりだ。

第8セクションは、どろどろの地面と大岩、コンクリートブロックが目玉のセクション。ハイライトは後半だが、前半の小さな岩で動きを止めて5点となるケースも多い。最後のコンクリートブロックをふたつ続けて登るのを回避して、みなトリッキーなラインをとった。藤波は慎重に足をついて2点。ラガが5点、カベスタニーが1点、そしてボウがクリーン。この時点でトップはカベスタニーで6点、ボウが7点、ラガ10点、藤波は19点と出遅れているが、4位は守っている。

後半も、藤波の調子はいまひとつ。第9セクションはクリーンしたものの、10セクションは1点、11セクションで5点と減点を増やしていく。最終セクションは3点で抜けてまずまずだったが、1ラップ目28点は3位に9点差となっていた。トップ3の順位はボウ10点、ラガ15点、カベスタニー19点と入れ替わっている。

想定していた戦いぶりと、ちょっとちがう。藤波にはあせりもあって、なかなかいいトライができないでいた。2ラップ目は、1ラップ目に連続5点となった第2第3はクリーンしたものの、今度は岩盤の第4第5で連続5点となってしまった。カベスタニーが崩れていていたのでその差は少し縮まったが、まだ追撃態勢をとるには至らない藤波だった。

3ラップ目。今度は第3セクションから第5セクションまで、3つ続けて5点になった。これで万事休す。終わってみればカベスタニーが63点だったから、あと6点減点を減らせていれば、藤波が表彰台に乗るチャンスもあったということだが、あとの祭り。

ノンストップルールになれば、勝てるとは言わないがチャンスはめぐってくるのではないかと思っていた藤波だった。インタビューでも、ノンストップルールを歓迎するようなことを語っていた。だからなおさら、この日の結果は大きな失望となった。

マインダーを交えて、戦い方の打ち合わせからもう一度やりなおしていた土曜日の藤波貴久だった。

■日曜日

photo最後から4番手のスタートとなった日曜日。ふがいない走りはきのうでおしまいにしたいが、そう思っただけで勝てるなら苦労はない。不本意な走りはどこに問題があったのか。ノンストップルールをはこれが初めてで、トニー・ボウ以外の他のライダーと練習したことはなかったから、実力差がどれくらいあるのかもよくわからない。そんな状態での敗北だった。

2日目、きのう連続5点となった第2、第3セクションはうまく走り抜けた。第3セクションまででは、ラガとファハルドが第1セクションで1点を取っただけで、トップライダーはみなクリーンしているから、ここではまだ勝負は始まっていない。

第4セクションは、藤波が苦手意識を持ってしまっているセクションだった。特に、最後のポイントの攻略法に自信がない。土曜日の試合の後にも、ボウに行きかたを伝授してもらい、そのうえ、藤波が下見中にトライをした小川友幸、黒山健一にもアドバイスを乞うた。彼らもまた、藤波のために競技の足を止めて、一言二言、今走ったばかりの感触を教えてくれた。そのうえで、藤波は自分のラインを突き進んだ。トライ結果は1点。クリーンとはならなかったが、5点にならず抜けることができた。ここは、藤波とラガが1点で抜けている。

続く第5セクションでも藤波は1点を失った。しかしこのふたつのセクションは、きのう2ラップ目3ラップ目に藤波がことごとく5点となっていたセクションだ。1点ずつは失ったものの、無事に走破できた点ではよい流れといえる。この時点で、トップはボウで0点、ファハルドが1点、ラガと藤波が2点で続く。大接戦の予感である。

試合が大きな動きを見せたのは第6セクションだった。ラガが5点になった。これで藤波は3位に浮上。さらに第7セクションでは、ボウが5点となった。トップはファハルド、藤波は2位に浮上。3位がボウで5点、ラガがジェイムス・ダビルと同点で7点で4位となった。まだまだ先はわからない。

第8セクション。ぬたぬたの岩場から大岩を越えて、大きなコンクリートブロックをふたつ続けて越える設定。きのうは最後のふたつを続けて越えるのは無理と読まれて、回り込んで登るラインをとった各ライダーだったが、この日はセクションが改変されていて、コンクリートブロックに丸太が敷き詰められていて少し行きやすくなっていた。反面、回り込むラインはとれなくなっていた。

ここでボウが再び5点。トップ4では、ボウだけが5点となった。この後ボウはさらに11セクションで3点を加えて、さらに最終12セクションでも5点となった。ボウらしからぬ戦いっぷりだが、これをチャンスとしなければいけないのが、藤波らのトップライダーだ。

最終12セクションは難セクションだった。ポイントごとの難易度が高いというより、流れるように走るのがむずかしいセクションだった。足をバタバタとついて3点で抜けるのと、クリーンを狙って集中するのとでは、難易度に大きなちがいがあった。ここではボウが5点、藤波は2点でまとめた。ラガは1点。この日好調のファハルドはクリーン。ファハルドは、1ラップ目をたった1点で抜けたことになる。

photo藤波の減点は4点。トップのファハルドと3点差の2位。チャンスはあるが、チャンスを者にするのは、とにかくミスをしないことが要求される。特に1ラップを走って要領がわかってきた2ラップ目3ラップ目は、どのライダーも減点を減らしてくるだろうから、大きなミスは大敵だ。

第4セクションでラガとボウが1点。しかし次の第5セクションでは、今度は藤波が1点。そんな彼らを尻目に、ファハルドだけが快調にクリーンを重ねていく。トップ争いは4点差となった。第7セクション、今度はファハルドと藤波がミスをしてともに3点。トップ争いの点差は変わらない。第7では、ラガも1点を取っている。

膠着状態の2ラップ目。後半のセクションではクリーンが続出。そんな中、ラガは第8セクションで5点となって、優勝戦線から離脱していったかっこうだ。藤波は、がまんにがまんを重ねて好調のファハルドについていくが、今日のファハルドのステディぶりでは、逆転はなかなかむずかしそうだ。もちろん、まだまだ勝負はあきらめられない。

2ラップ目が終わって、トップはファハルドで4点、藤波は2位を守っているが、点差は6点とやや広がった。驚くべきは、ボウが19点で3位に浮上していたことだ。ボウは2ラップ目を1点でまとめて急浮上してきていた。

3ラップ目。第4セクションで試合が少し動いた。藤波がクリーンしたあと、じっくりトライしたファハルドが、最後の最後のポイントでマシンを止めてしまって5点になった。ファハルドの、今日初めての5点だった。しかしそれでも、ファハルドのトップは変わらない。しかしいまやその差はたった1点になった。

ファハルドの5点を藤波は、知らなかった。この時点で藤波が知っているのは、2ラップが終わってパドックに帰ってきたときに電光掲示板で見た数字だった。藤波が10点、ファハルドは4点だった。ファハルドの5点を知らないままに走った第4セクションで、今度は藤波が5点。この5点は痛い5点だった。結果論的にも、せっかく追いついたというのに、自らまたファハルドを逃がしてしまったことになる。しかしこれが、この日の藤波のただひとつの5点だった。

鬼門の岩盤セクションを走り終えて、藤波は残りセクションをていねいにこなしていく。クリーンに次ぐクリーン。藤波がいくらクリーンを重ねたところで、ライバルがミスをしなければ、逆転はない。がまん。がまん。ファハルドがどこかで減点をしたという情報は聞いていたが、正確な点数を藤波は把握していない。藤波には細かい点数を教えない方が結果がいいという、チームの方針だ。

スタートは藤波の方があとだったが、試合を進めるのはファハルドの方が早かった。最後の2セクション、11セクションを先にトライしたファハルドが、5点を取った。今日、ふたつめの5点だ。藤波にチャンスが巡ってきた。しかし藤波は、今日の優勝はファハルドかなと、なんとなく考えていた。11セクションの5点があっても、最終セクションをふつうに走れば、ファハルドは藤波の成績に関係なく、自力優勝ができるはずだ。

藤波は、最後のセクションを悔いのないように走るため、慎重に下見を繰り返した。3ラップ目だから、もちろんセクションの中には入れないが、藤波の真剣な下見は続いた。その藤波の見守る中、ファハルドがトライ。ていねいに、ていねいに、止まらず、足を出さず、トライは進む。藤波の目前を通過して、残すは最後の登り、1本だけ。ここまでくれば、クリーンは目前だ。

photoところがなんということか、ファハルドは最後の登りの加速で、激しく後輪を滑らせてしまった。みんながあっさり通過している登りの途中の岩を、ファハルドは登れない。5点だ……。

倒れたマシンを起こそうともせず、頭をかかえてうずくまるファハルド。それを見て藤波は、しかしまだ、ファハルドはリードを守っていると思っていた。シレラ監督が藤波を呼んで、状況を簡単に説明した。この期に及び、まだ監督は藤波に正確な点数を教えない。「抜けろ」とだけ監督は指示を出した。抜けろというのは、つまり3点でいいということだ。藤波の背後から、トライを終えて落胆しているファハルドが、小さく声をかけた。「これをクリーンすれば、フジの優勝だな」。藤波は聞こえないふりをして下見を続けた。

いよいよ藤波のトライとなった。気持ちを落ち着かせて、セクションに入る。前半から中盤、藤波もまた、ファハルド以上に慎重にマシンを進める。ラインどりは、ファハルドと同じ。岸壁をまっすぐ登らず、横から登っておいて、カードの横を飛び越えてラインに乗せるやり方だ。ファハルドはこの部分は美しくクリーンで抜けたが、藤波はターンで足が出た。

「負けた」と、藤波は思った。クリーンすれば優勝、というファハルドのことばを思い出したからだ。しかしもちろん、ここで試合を投げるわけにはいかない。負けるにしても、最後まで力いっぱい戦って負けたい。

ファハルドが失敗したポイント。藤波は細心のアクセルワークとクラッチワークで、加速した。新型となったモンテッサ・コタは、きれいな加速を見せて、頂点に上っていった。

photo試合は終わった。セクションをアウトした藤波に声をかけたのは、ファハルドだった。「おめでとう」と。それで藤波は、もしかしたら勝ったのかと、初めて自分の勝利を確信した。

藤波が最後に勝ったのは2010年のイギリス大会だった。日本大会での優勝となると、2005年までさかのぼる。実に8年ぶりの地元日本での勝利だった。勝ちたくて勝ちたくて、しかし勝ちたいと思うほど、気負いが強くなったり空回りをしたりして、勝利は遠ざかっていた。無心で走ることの重要性を、いつもいやというほど感じながらの、この数年間。待望の勝利は、思わぬ逆転ドラマとともに、藤波のもとに舞い込んできた。

○藤波貴久のコメント

「ありがとうございます。ありがとう。本当にありがとう。久しぶりに、地元日本で、みなさんのパワーを結果に変えることができました。土曜日は情けない走りをしてしまって、トニーにも、練習では上手なのにいったいどうした?と言われました。トニーが上手だというのだから、もうちょっと自信を持ってもいいのかなと、それで日曜日は少し吹っ切れて走れたのかもしれません。今回はずっとがまんを続けて、それでも最後の最後まで、トップにいるという確信はありませんでした。セクションを出てから結果を初めて聞いて、喜びが一気に込み上げてきました。この勝利は、本当に大きな勝利になったと思います。ありがとうございました!」

World Championship 2013
土曜日
1位 トニー・ボウ レプソル・モンテッサ・Honda 25
2位 アダム・ラガ ガスガス 45
3位 アルベルト・カベスタニー シェルコ 63
4位 藤波貴久 レプソル・モンテッサ・Honda 69
5位 ジェロニ・ファハルド ベータ 74
6位 ジェイムス・ダビル ベータ 77
7位 小川友幸 ホンダ 90
8位 マイケル・ブラウン ガスガス 95
日曜日
1位 藤波貴久 レプソル・モンテッサ・Honda 16
2位 ジェロニ・ファハルド ベータ 19
3位 トニー・ボウ レプソル・モンテッサ・Honda 20
4位 アダム・ラガ ガスガス 22
5位 ジェイムス・ダビル ベータ 26
6位 アルベルト・カベスタニー シェルコ 39
7位 マイケル・ブラウン ガスガス 40
8位 野崎史高 ヤマハ 55
世界選手権ランキング
1位 トニー・ボウ レプソル・モンテッサ・Honda 35
2位 藤波貴久 レプソル・モンテッサ・Honda 33
3位 アダム・ラガ ガスガス 30
4位 ジェロニ・ファハルド ベータ 28
5位 アルベルト・カベスタニー シェルコ 25
6位 ジェイムス・ダビル ベータ 21
7位 マイケル・ブラウン ガスガス 17
8位 小川友幸 ホンダ 14