なんとも不運で痛みを伴う世界選手権となってしまった。1ラップ目第6セクションでのことだった。
ゴツゴツでパサパサした岩場のセクションで、問題の場所は一度登って降りて、また登って降り、真横に方向転換をするように岩から岩へ飛び移るポイント。その、下りの最中だった。
カツンと、ハンドルと岩に指が挟まった感覚があった。あ、やってしまったな、これは爪が黒くなったり、血豆ができたりするだろうな、と藤波は思った。ジョセップとカルロスのふたりのマインダーにも「指をぶつけた」という報告はしたが、ぶつけた当初は、それくらいのものだと思っていた。
ところがさらにトライを続けているうち、それではすまないということが明らかになった。高い岩を登るところで、ハンドルをぐっと握ったら、妙なフィーリングがあった。さらに岩から岩への飛ぶポイントでは、ハンドルを握る手に力が入らない。ばたばたの3点になった。しかも、指からはちょっと驚くくらいに出血している。
なんとか3点で第6セクションを抜けて、これは一大事だと思った。すぐドクターに指を見せることにした。現場の、大会のお医者さんだ。グローブを脱げと言われるも、痛くてグローブははずせない。それで、グローブを切ってもらうことにした。爪がなくなっていて、指がぐにゃぐにゃ動いている。これは折れているね、というのがお医者さんの診断だった。
爪は、切り取った方のグローブの中に入っていた。そのときにはそんなことを確認している状態ではなかった。血まみれになったグローブはジョセップが持っていてくれたので、あとでグローブの中を確認して、爪が発見されたのだった。
痛みは尋常ではなかったが、試合を続けたいと言うと、それは無理でしょう、とお医者さんは言う。でも試合を続けるかどうかを決めるのはライダーだから、とりあえず第7セクションまで行って考えた。第5セクションまでは走っているし、それ以降を全部申告5点で回っても9位くらいにはなれるのではないかとも考えた(計算してみると、そうは甘くなかったことがわかるが)。藤波にとってラッキーだったというか、この大会での藤波の運命が決まったのは、次の第7セクションが比較的簡単だったことだ。
痛み止めを施して、第7を走ってみた。痛みを我慢して、なんとか走りきった。クリーンだった。これで、次のセクションも走ってみる気になった。ケガをして、アドレナリンが全身を巡っているのがわかったから、アドレナリンが旺盛なうちにセクションを回ってしまおうとも考えた。ちょっとした飛び降りをするたびに、指から血が吹き出たりしながらのトライとなった。
1ラップを終えて、消毒と痛み止めをほどこした。痛み止めは、服用したり注射をしたりではなく、注射する薬剤を直接患部にかけて処置をした。これは今回試合に同行してくれた、藤波のトレーナーが処置してくれたものだ。
藤波にとって不幸中の幸いだったのは、最終の15セクションがこわれてしまって、土曜日は1ラップ目も2ラップ目もキャンセルとなっていたことだ。痛みと戦う藤波にとっては、セクションがひとつでもふたつでも少ない方がいい。負傷したのが小指だったことも、不幸中の幸いといっていい。痛みは激しいし、握力もぐっと少なくなってしまっているが、小指そのものがなにか仕事をするわけではないから、痛みさえがまんをすれば、なんとかライディングはできた。ただ、ときどき手がはずれてしまうことはあったし、バランスもとれなくなった。力のかかるポイントでは、痛みを忘れるために叫び声を上げながらのトライにもなった。
この日、藤波はくじ運よく、一番最後からのスタートとなっていた。しかし第1セクションでいきなり5点。ここはトップ4はみなクリーンだから、藤波としてはちょっとあせってしまう場面だった。しかしそれと第6セクションでのアクシデントは別の事件だった。
ようやくの思いでゴールをして、藤波のポジションは5位だった。完走ができればいいと考えていたことを思えば、これは最善の結果だ。この日はクラッシュが多く、けが人も続出した。トニー・ボウも12セクションでブーツが引っかかったまま落ちてきて、ももにダメージを追ってしまっている。たいへんな1日だった。
■日曜日
土曜日は、なんとか走りきることができた。しかし日曜日となると、また別の問題があった。土曜日に走れたのは、藤波が自らわき出したアドレナリンのおかげだった。しかしスタートの段階から激しく痛む小指をかかえて、藤波はどうやってスタートしたらいいのかもわからなくなっていた。
ただ、この指とともにでも、がまんしながらでも走れるというのは、土曜日の実績からわかっていた。ドクターにはやめろと言われたが、藤波にはやめる意思はない。モンテッサのドクターと相談して、化膿に気をつければ、なんとかなるのではないかということになった。
スタートは悪くなかった。第1、第2をクリーンもできたし、その後も点数をまとめられていた。集中力もあった。優勝は無理としても、表彰台はいけるのではないかと思えていた。しかし1ラップ目、12セクションで5点になったあたりから、藤波のがまんは限界となった。それまでは痛いとは思いながら、なんとか痛みをおしてがんばれた。しかし痛みが、藤波のがまんを越えて襲うようになってしまった。
アドレナリンの助けを借りようと、カフェインを飲んではいたが、作用が切れると、落ち込みも激しい。こうなると、もう打つ手がない。
土曜日同様、藤波のライバルはジェイムス・ダビルだった。ダビルとの点差をきっちり把握しながら、クリーンできるところは確実にクリーンしようとがんばった。2ラップ目、ダビルの20点に対して藤波は21点。1ラップ目に7点のアドバンテージがあったので、藤波はダビルにポジションを奪われずにすんだ。
ここでも藤波の不幸中の幸いがあった。カベスタニーにミッショントラブルがあって、2ラップ目のほとんどで5点となっている。カベスタニーの1ラップ目は藤波に1点上回っているから、カベスタニーがふつうに走れていれば、藤波のポジションは土曜日同様に5位だったはず。完走できたのは藤波の不屈のがんばりがあったからだが、4位になれたのは幸運だった。
この日はロリス・グビアンがケガをしてリタイヤしている。歯を何本か折ってしまって救急車で運ばれていった。けが人続出の中、ともあれ完走できたのは大きな収穫だった。
ケガの方は、小指の先の骨折だった。いくつかに砕けているので、手術が必要だということだが、すぐ翌週にアンドラ大会が控えているから、どんなタイミングで手術をおこなうかは悩みどころだ。
「今回の5位と4位は大きかったと思います。まずはケガをなおして、その前に翌週のアンドラ大会を乗り切らなければいけません。しかし選手権の争いもまだまだあきらめていられません。ランキング2位のファハルドに12点差ですから、けっして届かないところではありません。小指のケガは痛かったですが、何年か前はクラッチ操作をしなければいけない左手の人さし指を骨折しましたから、あれに比べれば今回の方がマシかな、というところです。痛いは痛いのですけれど」
土曜日 | |||
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1位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・Honda | 20 |
2位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 23 |
3位 | アダム・ラガ | ガスガス | 25 |
4位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 30 |
5位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・Honda | 55 |
6位 | ジェイムス・ダビル | ベータ | 59 |
7位 | ジェック・チャロナー | ベータ | 84 |
8位 | ダニエル・オリベラス | オッサ | 88 |
日曜日 | |||
1位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・Honda | 10 |
2位 | アダム・ラガ | ガスガス | 21 |
3位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 22 |
4位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・Honda | 39 |
5位 | ジェイムス・ダビル | ベータ | 45 |
6位 | ジェック・チャロナー | ベータ | 67 |
7位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 68 |
8位 | ダニエル・オリベラス | オッサ | 71 |
世界選手権ランキング | |||
1位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・Honda | 157 |
2位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 116 |
3位 | アダム・ラガ | ガスガス | 114 |
4位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 114 |
5位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・Honda | 104 |
6位 | ジェイムス・ダビル | ベータ | 78 |
7位 | ジェック・チャロナー | ベータ | 62 |
8位 | ダニエル・オリベラス | オッサ | 57 |