オーストラリアから日本へ。ヨーロッパからの長い遠征であると同時に、藤波にとっては母国への凱旋帰国でもある。いつもはヨーロッパからの遠征組より、ひと足早く帰国して日本に滞在してライバルを待ち受ける藤波だが、今回はライバルとほぼ同時に日本入りだ。
東日本大震災から2年目。去年は当初の日程が延期となって開催されたが、今年は予定通り、6月の開催となった。例年、日本を起爆剤として調子を上げてくることが多い藤波にとっては、早い時期に日本GPが開催された方がラッキーを呼びやすい。今年は去年とちがって、世界選手権参戦メンバーはほぼ全員日本にやってきて、にぎやかだ。
前回苦しんだエンジンの不調は、日本に来たらうそのように解決。いつものガソリンとちがうという以上に、質が悪かったということもあったのかもしれない。モンテッサチーム以外でも、エンジンの不調に苦しんでいたチームは少なくなかったものだ。
さて日本大会は、13年目となるツインリンクもてぎでの開催だが、今年は自然公園のハローウッズをぐるりと一周するコースで、これまででもっともコンパクトな大会となっていた。お客さんが観戦しやすいようにという配慮からのもので、ライダーにとってはおなじみの場所、おなじみの岩も少なくない。毎年同じ岩とはいえ、それでも誰もがうまく走れるかといえば、そんなこともないのがトライアルの不思議である。
天気予報は、土曜日が曇りのち雨、日曜日が雨、あるいは大雨ということだった。雨が降ると、もてぎの大地や岩はとんでもなく滑ってむずかしくなる。むずかしくなるのはそれはそれで歓迎だが、観戦を楽しみにしている観客のことを考えると、やっぱり晴れた方がいい。ライダーとすれば、どんなコンディションでもベストを尽くすだけだ。金曜日はときどき気まぐれな雨に見舞われて、翌日の悪コンディションが予感された。
土曜日朝、天気は悪くない。曇りという予報だったが、むしろいいお天気に近い。ちょっと暑くなるかもしれないくらいだった。
今年恒例となった(なってしまった)くじ引きの結果、スタート順は8番目となった。トップグループでは、ファハルドが2番手、ボウが最後から5番目。ラガ、カベスタニーで最終スタートとなっている。藤波の前には小川友幸、黒山健一らがいる。仲のよい友人と同じペースで回るのは、真剣勝負の世界選手権の場合、けっしてメリットではない。トライアル・デ・ナシオンでは会話をしながらいっしょにセクションを回ったこともあるが、今回は彼らとは会話もかわさずにセクションをめぐる藤波だった。
第1、第2、第3と、セクションは簡単めで、足をついてはいけないという設定だ。とはいえ、第2セクションでラガが1点を失うなど、ちょっとしたことで減点がとれてしまうセクションでもある。
しかし第4セクションで、藤波は5点となった。オーバーハングの岩の攻略に失敗した。トップグループはみなクリーンしているから、これは藤波には大きなハンディとなっていく予感があった。
続く第5セクション。ここは13年間欠かさずセクションとなっている岩盤ゾーンと呼ばれるところで、毎年同じはずだが、セクションを作る側もあの手この手でライダーを苦しめてくる。ここで藤波は、また5点となった。それも岩盤を登れずの5点ではない。カードに触れてしまっての5点だった。もったいない5点だった。ここではファハルドも5点となっている。
この頃、藤波はクラッチの不調に見舞われていた。第6セクションを前に、クラッチの調整をおこなう。その間に、黒山らの同じ時間にスタートした面々は先へ行って、ボウやラガ、カベスタニーが追いついてきた。時間には余裕があるので、以後はこのままトップグループといっしょにセクションを巡ることになった。
第8セクションはひたすら泥の斜面をあがっていくセクションだったが、ここで藤波は3点。一緒に回っているトップ連中はみなクリーン。例によって藤波はライバルの動向を仔細に知ろうとはしないが、いっしょに回っていればだいたい状況はわかる。藤波の調子は、よろしくない。
1ラップを終えてパドックへ帰れば、テレビモニターには試合状況が映し出されている。やはりつい見てしまう。藤波の1ラップ目は5位。ラガに4点差、ファハルドに5点差、カベスタニーに7点差。ボウは最終セクションでちょんと1点とっただけだから、ボウをライバルにできるライダーは、今日は誰もいないようだ。
監督からは「走りがいつもとちがうぞ」と指摘を受けた。ヨーロッパと同じように走ること。それが藤波の課題となった。藤波自身も、それは自覚していた。
2ラップ目、1ラップ目に落ちた第4セクションはクリーンした。岩盤の絶壁も、1点のみでクリアできた。これなら、ある程度の追い上げはできそうだ。ただ、2ラップ目に入って、ライバルもそうそう減点はしていないから、このペースを守ることが肝心だ。
2ラップ目に入って、ボウが藤波の前に出た。ボウ自身の作戦というより、ペースを乱している藤波を助けようというチームプレーだ。ボウが先に走ってくれることで、藤波は少し調子を取り戻していた。
1ラップ目に5点となった10セクションに到着した。1ラップ目には、最後の最後までクリーンしていて、新たに接地されたコンクリートブロックが越えられなかった。そこまで来るのに、時間を使い果たしてしまったのだ。今度はもう少しセクション前半を急いだ。さすがに急いでトライすると、クリーンを出すのはむずかしい。ぽつぽつと足が出た。3点になったので、逆に時間を節約する走りができて、今度は最後のポイントも上れた。この3点は悪くなかった。リザルトを見ると、ボウ、ファハルド、カベスタニー、ラガと、藤波のライバルは皆揃ってここで5点になっている。
そのまま最後までクリーンを続ければ、優勝は無理でも表彰台もあるいは、という感じになってきた。しかし、今日はどうも具合が悪い。14セクション、去年まで、藤波が鬼門としていたハローウッズの正面ゲートの庭にある庭園セクション。今回は最後の高いポイントでなく、手前のオーバーハングで5点となってしまった。マシンを滑らせてしまったのだ。さらに最終セクションで1点を追加して、2ラップ目は10点。1ラップ目よりは8点少ない減点でゴールした。優勝のボウは6点だけの減点だった。2位争いは最後のセクションで逆転劇があったが、そこに藤波はからんでいなかった。藤波は4位。それでもラガが2ラップ目に大きく崩れたので、1ラップ目よりひとつ順位を上げていた。
スタート。雨はまだ降っていない。それどころか、ときおり晴れ間も見える。セクションの変更は、難易度を高める方向でされていたが、天気予報は雨模様だったから、セクション変更も控えめ。雨が降れば、どのセクションも極端にむずかしくなるはずだ。
3つのセクションが変更された上、土の斜面のセクションには朝のうちに大量の水が撒かれていた。これで難度は大きく増している。変更されたセクションは、1ラップ目だけ下見のためにセクション内への立ち入りができるが、水が撒かれたセクションは変更されたわけではないので、立ち入りをしての下見はできない。だからどれだけグリップが変わったのかは、トライしなければわからないルールだ。
いつもと同じように走ること。藤波の課題はきのうと変わらない。しかし藤波の日曜日は、きのうと同じ、第4セクションでの5点で始まってしまった。きのうと同じ、オーバーハングの岩が上がれなかった。
しかも続く第5セクションでも5点。きのうとまったく同じ減点のとりかただ。第5セクションの時点で早くも藤波の減点は10点。きのうとちがうのは、この時点でボウが4点、ファハルドが6点、ラガが7点と、ライバルもそこそこ減点をしていることだ。
岩盤の第7セクションで1点を追加したあと、1ラップ目3つ目の5点は、きのう5点と3点となったコンクリートブロックでのことだった。まったく上がれず、もう一度やってみたが、それでも上がれなかった。藤波のあとにトライしたボウも、ここでは落ちている。ここでクリーンしたのはラガだけで、ファハルドが3点となった他は、みな5点だった。
藤波の1ラップ目の減点は16点。トップはボウで9点。これにカベスタニーが12点で続く。藤波は3番手。終盤のセクションをきっちりクリーンしたことで、ラガを逆転して2ラップ目に入った。
2ラップ目。勝負所は5セクションと10セクション、そして最終セクション。1ラップ目に落ちた第4は、2ラップ目にはきちんと上がることができた。第5は、クリーンをするには一気に上りつめなければいけない。しかし失敗すると5点となる。途中で止まっていけば、3点でならいけると藤波は踏んでいた。藤波の見ているところでラガがトライ。ラガは3点で抜けていった。このとき、藤波はライバルをラガと見ていたから、ラガが3点で抜けたなら、3点で抜ければまずはOKと考えて、確実に3点で走り抜けている。ファハルド、ボウは、ここで5点となっている。
第8の泥々の上りで1点をついて、問題の10セクション。今度は、トップグループはみな5点となった。この勝負所では勝負がつかず。これで事実上、勝負は最終セクションで決着がつくことになった。
藤波は、最終セクションには自信があった。ここはボウもカベスタニーもラガも、みなクリーンできる力量を持っている。しかしちょっとした乱れで5点となることもある。5点とクリーンは紙一重だ。藤波は彼らより先にここをクリーンして、ライバルにプレッシャーを与えることにした。
トライは完璧だった。クリーン。藤波の2ラップ目の減点は9点。トータルの減点は25点だった。3位争いのライバル、ラガは終盤に減点を重ねてトータルは33点。31点のファハルドに逆転されていた。まずは、藤波の3位以内の表彰台は決まった。
すぐパドックへ帰ってモニターの減点を見守る藤波。トップのボウと藤波の差は5点。2位のカベスタニーとは4点差だった。つまり優勝争いは1点差ということだ。彼らが3点以内で最終セクションを抜ければ、藤波の3位が決まる。しかしふたりがそろって5点をとれば、事態はちがう。カベスタニーとは逆転、ボウとは同点となる。同点の場合、クリーンも1点も2点も3点も5点も、みな同数だ。となると試合時間が勝負を決める。藤波のゴールは、3時間30分47秒。ボウはすでに3時間40分を越えている。もし同点となれば、藤波が上位となるルールだ。つまりボウとカベスタニーの二人が最終セクションで5点となれば、藤波が優勝ということになる。
選手もチームスタッフも誰もいないパドックで、彼らのトライの行方を見守る藤波だったが、しかし最終セクションはふたりともクリーンだった。それでも表彰台獲得。土曜日に表彰台を逃していたから、藤波には大きな収穫だった。
苦しいシーズン立ち上がりとなった2012年の藤波。ここまで6戦を戦って、表彰台はまだ2回のみ。ランキングは当初から変わらず5位だが、今回の戦いでラガには2点差まで迫った。今年は2位以下が混戦だから、ランキング2位のファハルドまでも8点差。いつものように、日本のファンに勇気づけられて、藤波の戦いはこれから始まる。
「土曜日はほんとうになさけない戦いをしてしまいました。ヨーロッパで戦うのと同じように走らなければいけないと思っていたのに、すっかり日本にのまれてしまいました。ヨーロッパのように走れと監督にも言われて、トニーにも前を走ってあげようかといってもらって、ありがたかったです。結果的にはあとちょっとでしたから残念でしたが、1ラップ目が悪すぎました。日曜日は、第4セクションのオーバーハングと10セクションのブロックでは行き方をちがっていたみたいで、残念でした。どちらかをクリーンできていれば優勝だったのですが、でも日本で無事に表彰台に上がれて、よかったです。みなさんの応援で表彰台に上らせてもらえました。これで気分よくヨーロッパに帰って、後半戦でまたひと暴れしたいと思います」
土曜日 | |||
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1位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・Honda | 6 |
2位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 19 |
3位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 22 |
4位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・Honda | 28 |
5位 | ジェイムス・ダビル | ベータ | 32 |
6位 | アダム・ラガ | ガスガス | 35 |
7位 | 黒山健一 | ヤマハ | 37 |
8位 | アレックス・ウイグ | ガスガス | 44 |
日曜日 | |||
1位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・Honda | 20 |
2位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 21 |
3位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・Honda | 25 |
4位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 31 |
5位 | アダム・ラガ | ガスガス | 33 |
6位 | ダニエル・オリベラス | オッサ | 45 |
7位 | 小川友幸 | ホンダ | 48 |
8位 | マイケル・ブラウン | ガスガス | 48 |
世界選手権ランキング | |||
1位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・Honda | 117 |
2位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 88 |
3位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 88 |
4位 | アダム・ラガ | ガスガス | 82 |
5位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・Honda | 80 |
6位 | ジェイムス・ダビル | ベータ | 57 |
7位 | ジェック・チャーナー | ベータ | 43 |
8位 | ダニエル・オリベラス | オッサ | 41 |