世界選手権は、前回フランス大会から約1ヶ月のインターバルを置いて、南の大陸オーストラリアにやってきた。世界選手権がオーストラリアで開催されるのはこれが初めてだという。藤波がオーストラリアに降りるのも、これが初めてのことになる。
開幕戦で問題となったスタート順は、今回も解決していない。開幕戦のあと、藤波はライダーの意見をまとめ、全員とはいかなかったが、大多数のライダーがくじ引きによるスタートに反対している旨の意見をまとめた。藤波が率先したのは、前回くじ引きで一番くじを引いた藤波が、このルールで最も不利を被っているからで、本来なら、ルールがくじ引きから他の方法に変更となるなら、開幕戦で不利な戦いを強いられた藤波から抗議が出てもおかしくないところだ。藤波が率先してこの運動を起こすことで、公平を期する理由でルール続行となることがないようにとの作戦だったが、FIMはかたくなだった。くじ引きのスタート順で世界選手権を行って、まだ1戦しか消化していない。これではいいも悪いもまだわからない。なのでルールを変更するのは時期尚早ということだ。ということで、1日目はくじ引き、2日目は1日目の成績の逆順(数年前までおこなっていた、全日本でも採用されている、多くの人にとってなじみのあるスタート順)ということで、オーストラリアの大会システムは始まった。
会場はオーストラリアらしい平らな大地に広がる広大な岩の山で、セクションはたいへんダイナミック。上がるか落ちるか、藤波の好きなパターンの構成だった。乾いているとグリップがよさそうだが、雨が降るとどうなるかわからない。実際、金曜日から雨が降り出し、泥が乗った状態の岩々はとてもとても滑ってむずかしくなっていた。
スタート順のくじ引きは、今回は後ろから7番目。トライアルでは、スタート順が有利不利を決定づける面も少なくないが、それは単に早い時間にスタートするか遅い時間にスタートするかの差ではない。自分の前をどんなライダーが走るか、それによってどんな情報が得られるかが勝負の鍵を握る。
今回はファハルドが5番目のくじを引いた。そして(たまたま)ボウが6番目、ラガが7番目と続いている。それから3人ほどがいたあとに藤波。カベスタニーはひとりだけスタートが遅かった。遅いスタートが有利といっても、これだけライバルが前の方にいると、ひとりであとからセクションをこなしていくことが必ずしも有利とはいえない。カベスタニーはスタートするやライバルのグループに追いついてきて、結局いつもと同じような戦い方になる。
スタート順がなにをねらって、どんな効果があるのかは(多くのライダーはそこに意義を感じていないが)もう少し見守る必要があるのかもしれない。
さて、藤波の好みにあったセクション設定で気分よくスタートしたかに見えた藤波だったが、しかし不安もかかえていた。今回は本拠地から遠い南半球での試合ということで、いつものガソリンを運んでこれなかった。藤波らが使っているのは、チームのスポンサーでもあるレプソル製のガソリンで、もちろんオクタン価など規定にあったものではあるが、マシンの特性はこのガソリンをベースに究極まで煮詰められている。オーストラリア入りをしてから、どうもエンジンの調子が本調子にならない。ボウのマシンにも同じような症状が出ていたが、マシンとの一体感をより強力に求める藤波には、この不安材料は無視できないものだった。
土曜日は金曜日に続いて雨。しかも降ったり止んだりで、岩についた泥が流れていく程度のものではない。1日中、滑るコンディションに苦しめられることになった。しかも寒い。もう6月になろうとしているというのに、というのは北半球の感覚で、南半球はこれから冬になろうとしている。しかもメルボルンは、オーストラリアの中でも南極にごく近いところに位置しているから、寒いのも当然だ。ジャンパーを羽織っても寒く、さらに2枚目のジャンパーを羽織って下見を行ったりもした。
このコンディションは、ライダーを等しく苦しめることになった。みな、減点が多い。ボウはそれでも減点を少なく抑えているが、滑るコンディションに苦戦しているのは々だった。
なので藤波も、コンディションには苦しみつつ、順位的にはまぁまぁの感じで1ラップ目を終えることができた。藤波は途中で点数や順位を把握しない主義なので、いまやチームのみんなも教えてくれない。そのほうが藤浪にとっても都合がいいのだが、それでも周囲の空気から、自分がそれほど悪くない位置にいるのは察せられる。
しかし1ラップ目の後半から、懸案のエンジンの問題が出てきた。気になっていたのは微妙なエンジンフィーリングの差だったのだが、いまや微妙なセッティングの差ではなく、明らかにトラブルと思われる症状になってしまった。パワーがない、プラグがかぶる。毎セクションごとにプラグを交換するなどの対処を繰り返して、ようやく走り続けている。そのうち、エンジンが止まるようになってしまった。ガソリンのせいばかりではないかもしれない。インジェクションを交換して、それでも完調にはならず、そうしているうちに時間もなくなり、戦いはどんどん苦しくなっていった。
2ラップ目、エンジン不調による減点もあった。5点となってしまったところもある。もちろんすべてをマシンのせいにはできないが、マシンがもう少しだけでも調子がよければ、あと数点の減点が減らせたのは確実だったと思われる。ライバルはみなそれぞれに1ラップ目の失敗を克服して、2ラップ目に減点を減らしてきている。しかし藤波は、減点が減らせない。
最終セクションに到着して、カベスタニーと同点ではないかという情報を聞いた。最終セクションで差をつけるべく走りをしなければいけないが、しかし最終セクションもむずかしい。泥々になった木を抜けていくセクションで、華麗なクリーンはむずかしかった。
結局藤波は、ここを3点で抜けることになった。あとから最終セクションに到着してトライしたカベスタニーも、同じく3点だった。点差は広がることも縮まることもなかった。結果を見ると、カベスタニーとは同点。クリーン数が、カベスタニーの方がふたつ多かった。3戦連続で表彰台に乗れず。くやしいオーストラリアの1日目となった。
雨は止んだ。しかし岩の上にはあいかわらず泥が乗っていて、それなりに滑る。つまりそれなりにむずかしい。前日、あまりにも5点が多かったセクションは、若干手直しされて可能性が広がっていた。
1点、1点、5点。藤波の1ラップ目の滑り出しは、けっして素晴らしいとはいえなかったが、それでも少し試合が進むと、カベスタニーやラガが、かなり調子が悪いのが見えてきた。チームはあいかわらず藤波に詳しい戦況を教えないでいるが、それでも「2位か3位にはなれる」と言ってくれる。今日はそういう戦いぶりの日になるのだろう。ボウがとても調子がよいのもわかっていたので、優勝は無理としても、2位か3位の可能性については、走っていてもある程度の実感はあった。
エンジンの調子は、劇的な改善はされていない。パワーは朝からない。その状態でスタートしている。なのでそれほど気持ちよくトライアルができているわけではない。藤波は、2ラップ目に入る時にエンジンのセッティングをやや変更している。しかしこれが逆効果だったか、あるいは藤波自身の疲労の問題かもしれない。2ラップ目は、1ラップ目ほどの走りができなくなってしまった。
久しぶりに、藤波がチームにライバルとの点差をたずねることになった。試合の残りわずか。ここで表彰台をとりたい藤波は、2ラップ目に調子を上げて追い上げてくるラガの点数を把握して、トータルでラガを上回ることを課題とした。
ラガは、2ラップ目を11セクションまですべてクリーンしてきている。これはなかなかご立派。藤波は同じく11セクションの時点で15点をとっているので、ラガにすれば、このペースなら逆転表彰台獲得が可能だと思ったのではないだろうか。ところがそこからラガが細かい減点をし始める。12、13、15と1点ずつ。点数の把握をしながら走った藤浪は、きっちり表彰台獲得ラインでゴールした。ラガとの点差は、2点だった。
「日本に帰るまでに、なんとしても表彰台を獲得したかったので、日曜日の結果はまずまずでした。ただ土曜日は、いろいろあったとはいえ、それでも表彰台が狙える戦いだったので、結果的に同点クリーン数差で表彰台を逃したのは、くやしくてしかたがないです。これで次は日本大会です。日本はぼくのラッキー大会となってくれるはず。ここまでくやしかったことを払拭する勢いで、日本大会を走りたいと思います。待っててください」
土曜日 | |||
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1位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・Honda | 24 |
2位 | アダム・ラガ | ガスガス | 54 |
3位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 65 |
4位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・Honda | 65 |
5位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 79 |
6位 | ダニエル・オリベラス | オッサ | 105 |
7位 | ジェイムス・ダビル | ベータ | 105 |
8位 | ロリス・グビアン | ガスガス | 116 |
日曜日 | |||
1位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・Honda | 10 |
2位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 19 |
3位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・Honda | 31 |
4位 | アダム・ラガ | ガスガス | 33 |
5位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 35 |
6位 | ジェイムス・ダビル | ベータ | 45 |
7位 | ジェック・チャーナー | ベータ | 62 |
8位 | マテオ・グラタローラ | ガスガス | 75 |
世界選手権ランキング | |||
1位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・Honda | 77 |
2位 | アダム・ラガ | ガスガス | 61 |
3位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 58 |
4位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 56 |
5位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・Honda | 52 |
6位 | ジェイムス・ダビル | ベータ | 39 |
7位 | ジェック・チャーナー | ベータ | 32 |
8位 | ロリス・グビアン | ガスガス | 28 |