2011年 SPEA FIM 世界選手権第6戦 イタリア

2011年7月10日/モンテクレステーゼ(イタリア)

優勝に匹敵する価値のある3位表彰台

photo本当に、たいへんな試合だった。結果として3位表彰台。その結果には、多くの幸運とがんばりがあった。

イタリア大会に臨む週。藤波は、なぞの腹痛に悩まされていた。吐き気がする。ウィルスが胃腸に巣くったか、という症状なのだが、レースの週末に入ればなおるだろうという気持ちで、木曜日に会場に向かった藤波だった。

金曜日、日曜日の試合を控えて、症状はよくない。金曜日は現地での練習とセッティング、セクションの下見をする日程だが、それも思うようにはかどらない。練習は15分ほど乗ったところでダウン。下見に出かけるも、15セクションのうち、8セクションでダウン。残る7セクションは、セクションがどこにあるかを確認するだけの下見に終わった。日曜日がどうなってしまうのか気になるが、今は動ける状態ではない。

症状はどうも快方に向かわない。現地で薬を買い求め、それでもちょっとずつ症状はよくなっていくように思えた。土曜日は、ちょっと調子がよくなった。セクションの下見も、少しできた。これなら、日曜日はなんとか試合になるかもしれない。そう期待して、藤波は土曜日の眠りについた。

日曜日、しかし起きてみると、強烈な吐き気。金曜日よりひどい。食事ものどを通らない。食べなければ持たないと思いものを食べるも、食べれば吐いてしまう。どうしようもない。

しかし大会は走らなければしようがない。金曜日、土曜日の下見は充分とは言えないし、当日の下見をしなければ納得のいくトライもできないのだが、背に腹は代えられない。下見はそこそこにして体力を温存し、セクションをこなしていく。

食欲はない。というより、食べれば戻してしまう。しかし気温も高かったから、食べなければばててしまう。食べる。フルーツやウイダーインゼリー。いつもの行動食だ。しかし、食べれば吐いてしまう。食べれば吐き、食べれば吐きを繰り返しながら、試合を進める。最後には、スポーツドリンクを飲んでも吐いてしまう有り様だった。

体調は結局、最後まであまり変わらなかった。後半、多少よくなった気がしないでもないが、それは天候が悪くなり、気温が下がったからかもしれない。力も入らず、移動で体力をいくらかでも復活させ、下見もしないでセクションに臨んだ。2ラップ目はいよいよ体力が売り切れてきたので、カルロスとジョセップにセクションを見てもらい、その指示で走るという、徹底的な体力温存式となった。

photoセクションは、第8セクションまではトップライダーにとっては比較的やさしい設定だった。木曜日、金曜日は雨が降り、主催者は雨対策でセクションの難易度を下げていた。しかし雨は金曜日のうちに上がり、ドライコンディションになって、状況が変わってきた。土曜日の下見の段階では、このまま雨が降らないのであれば、セクションはもう少しむずかしいほうがいいと、トップライダーは要望していた。それでセクションは少しむずかしくなったが、天気はさらによくなって、結果的にはこの変更も焼け石に水だった。その結果が、ボウの成績であり、ラガの2ラップ目の減点1というスコアに表れている。しかし、下位のライダーのスコアを見れば、このセクション設定が、けっして簡単でないのは明らかだ。セクションの最終調整は、イタリアのトップライダーだったデエゴ・ボシスの仕事だが、ボシスもこのへんは悩み続けているようだ。

藤波の1ラップ目は21点。トップのボウが4点、2位のカベスタニーが10点だから、ちょっと減点をくらいすぎた。順位としては、ダビルと同点の5位争いということになる。もちろんこれは、体調不良によるところが大きい。セクションの中でホッピングしたりして体力を消耗する。集中力が途切れてくる。藤波の体力は、もはや1セクション1分半を走りきれるだけ残っていない。

12セクションと13セクションでは、5点を取った。13セクションはともかく、12セクションは藤波以外のトップ6(ダビルまで)は全員クリーン、グビアンも1点で抜けているセクションだ。これは、完全に体力が売り切れてしまって、セクションをアウトできずに5点となってしまったケースだった。

藤波の走りを見守っていたシレラ監督が、藤波に声をかけてきた。「大丈夫か?」。藤波の走りは、はたで見ていてもあぶなげで、体力の消耗を訴えているようなものだったにちがいない。藤波は答えた。「大丈夫じゃない……」。監督は、ダメだと思ったら、1点をついて進んでいけ、1点でも2点でも3点でも、5点になるよりは結果はいい、というのが、アドバイスだった。

このアドバイスで、藤波はほんの少しだけ、気が楽になった。ダメなら足をついていけばいい。それにこの頃になると、吐き気に対しても対処法がわかってきた。根本的な解決策ではない。吐いてしまえば、少し楽になるという、それだけだ。だけど藤波は、吐いて楽になってセクションに入ることにした。

走りも変わった。1ラップ目は、苦しい中でもセオリーの走りを続けていた。それが、ポイントで止まって位置調整をし、体力を奪われる結果になっていた。2ラップ目は、止まらないことにした。止まらずにいけるところは、できる限り止まらない。ふつうなら、それはリスクを意味するのだが、失敗したら、足をついて進めていけばいい。そうやってマシンを進めていくことで、体力も少し楽になった。必然的に、1ラップ目とはラインも変わった。

2ラップ目のその頃になると、天候があやしくなってきた。まず、ラガが先を急ぎ始めた。1ラップ目は、順番通りにボウがトライし、その次を藤波が走っていた。藤波は、下見を早々に済ませ、ボウが下見をしている間、マシンに座って休んでいて、ボウのトライを見て、自分の走りを最終的に組み立てる、というトライを続けていた。ラガが藤波を追い越すタイミングはない。しかし2ラップ目、ラガはボウをも追い越し、先を急いでいった。

ラガは、天候の急変に目ざとい。ラガが急いでいるということは、これは雨が降ると、ボウも藤波も悟った。雨が降ればもちろん難度は増すが、特に皮をむいた丸太で作られている最終セクションが問題だった。ここは絶対に走れなくなる。

12セクションあたりに到着したとき、雨がぱらぱらと降ってきた。こうなると、もう一刻も猶予はない。13セクションからは全開でコースを巡り、セクションを走った。最終セクションは、だいぶ濡れ始めていたが、まだなんとかなった。グリップの悪さを実感しながら、藤波はここをクリーンした。それが、最後だった。藤波がトライした後、雨は急激に勢いを増した。

2ラップ目は、走りを変えたのが功を奏して、減点はだいぶ減った。しかし藤波は、いつにも増して、戦況を把握していない。試合を終えて、誰かが「何点だったか?」と聞いてきた。藤波は、自分の点数をさっぱり把握していなかった。2ラップ目の藤波のスコアは、1点が3つと2点がひとつ、それだけだ。その計算も、藤波にはできなくなっていた。「ぜんぜんわからない」と藤波は答えている。

2ラップ目はだいぶ減点は減ったような気がするが、1ラップ目はよろしくないし、今日のところは5位くらいになれればいいかなと、藤波は考えていた。とりあえず今は、なんとか15セクション2ラップを走り終えて、ぐったりしていた。

photo半ばもうろうとしながら、大会結果を速報するテレビモニターを見ていると、藤波の減点が26点で、ファハルドとカベスタニーが22点という情報が流れていた。藤波はすでに試合を終えている。ファハルドとカベスタニーは、まだ最終セクションが残っている。雨はいよいよ激しくなった。もしかすると? と藤波は考え始めていた。

ファハルドが最終セクションにトライしたようだ。5点。あとで聞いたら、インでフロントすらあげられなかったそうだ。それを見て、カベスタニーは最終セクションを走らず、申告5点で試合を終えた。藤波26点、ファハルドとカベスタニーが27点。藤波は彼らを抜いて3位となった。

望外の結果だった。人の失敗を喜んではいけないが、最終セクションでふたりが5点となったおかげで、こんな状況だというのに、藤波は表彰台に乗ることができた。この表彰台は、優勝にも匹敵するような、大きな結果だった。

○藤波貴久のコメント

「よく走ったなぁ、というのが正直なところです。ほんとうにたいへんでした。チームのみんなにも、よく支えてもらった。トニーも、ぼくの体調不良を知っていて、ぼくがコースの途中で吐いていたりしてセクションへの到着が遅れると、ぼくが到着するまでトライを待っていてくれたり、下見ができていないぼくに、セクションの状況を教えてくれたりしてくれました。ありがたかった。こんな状況で2ラップ目に5点というのは、運もよかったけれど、よくやったと思います。次は去年優勝したイギリスなので、このコンディションで表彰台に乗れたという結果をポジティブに考えて、チャンスがあれば、と思っています」

2011 SPEA FIM Trial WorldChampionship
日曜日
1位 トニー・ボウ レプソル・モンテッサ・Honda 6
2位 アダム・ラガ ガスガス 14
3位 藤波貴久 レプソル・モンテッサ・Honda 26
4位 ジェロニ・ファハルド オッサ 27
5位 アルベルト・カベスタニー シェルコ 27
6位 ジェイムス・ダビル ベータ 41
7位 ロリス・グビアン ガスガス 59
8位 マテオ・グラタローラ ガスガス 77
世界選手権ランキング
1位 トニー・ボウ レプソル・モンテッサ・Honda 115
2位 アダム・ラガ ガスガス 97
3位 アルベルト・カベスタニー シェルコ 86
4位 藤波貴久 レプソル・モンテッサ・Honda 84
5位 ジェロニ・ファハルド オッサ 73
6位 ジェイムス・ダビル ベータ 58
7位 ロリス・グビアン ガスガス 50
8位 ジャック・チャロナー ベータ 45