アンドラの世界選手権は、毎年この街で開催されている。ただしコースやセクションは毎年いろいろ変化がある。今回のコースは、藤波もずいぶん昔に走った覚えがあるものだが、セクションは初めてのところが多かった。新しいエリアがずいぶん開拓されていて、ほとんど新セクションでの大会となった。
金曜日に車検、土曜日にはヨーロッパ選手権が開催され、藤波ら世界選手権ライダーは下見を行う。この時点では、セクションはどれもとてもむずかしかった。むずかしいセクションは、トップライダーほど歓迎するものだ。難セクションは、クリーンセクションでの小さなミスを帳消しにしてくれることが多い。気持ちよくセクションに立ち向かっていけるという点で、難セクションを好むトップライダーは多い。
しかしさすがに、トップライダーが5点を取るかもしれないようなセクションでは、下位のライダーにはまったく可能性がなくなってしまう。ということで、土曜日の夜に、救済のためのセクション手直しがおこなわれた。
日曜日、手直しがされたセクションは、あらためてセクションに入っての下見が許される。ただしこの日は、全体にセクションの中に入れてしまうセクションが多かった。こういうところは、アンドラならではだ。
さて、難易度は少しは下がったが、それでもセクションはハードだった。最下位のライダーは、30セクションのうち、23個が5点である。しかも気温も高い。かなり厳しいトライアルだった。セクションは、そのほとんどが岩盤の上り。しかも第1セクションから10セクションまではごく近くに配置されていて、お客さんにはたいへん見やすいセクション配置となっていた。
最初の鬼門は、第3セクションだった。大きな岩盤を登り進んでいくセクションで、しかも右も左も落ちたらおしまい、という設定。ここを、ボウは1点で通過した。ラガは5点、カベスタニーも5点。藤波は、充分いける自信があったのだが、しかし跳ね返されて5点。結局1ラップ目は、ボウ以外の全員が5点となってしまった。
その後、藤波は減点を最小限に抑えて試合を進めた。藤波の前ではラガやカベスタニーが減点をしているのが見える。今回もまた、藤波の望むところではなく、ライバルの戦況が見てとれる。正確な点数は知りたくないが、ボウ以外には勝っているようだ。
ここで第9セクションに到着。ここも厳しいセクションだった。助走がなく、岩盤はオーバーハングでそそり立っている。ボウはここを1点で通過した。ラガは5点。カベスタニーも5点。藤波は、今度は歯が立たずの5点だった。オーバーハングを登ったところでマシンが前に出ず、真上に上がって真下に落ちてしまう。藤波だけでなく、ラガもカベスタニーも同じだった。ボウひとりだけがマシンを前に進める技を持っているようだ。
第3と第9、二つのセクションで、ボウには8点の差をつけられた。しかしラガとカベスタニーには、数点のアドバンテージを持っているはず。藤波は把握していなかったが、1ラップ目の藤波のスコアは13点。ラガは19点、カベスタニーは24点と、一息つける点差ではあった。
2ラップ目、暑さとハードなセクションで、藤波の走りにも陰りが見えてきた。藤波だけではない。みんな疲れている。こんな中、藤波は第3セクションを果敢にトライ。ここでボウと同じく、1点をマークする。今度もボウは1点で通過。ボウとの点差を縮めることにはならなかったが、2ラップ目は藤波とボウ以外は全員が5点だった。カベスタニーなどはセクションにトライせず、申告で5点をもらっていた。藤波の、行く気の勝利だ。
後半、持ち時間も残り少なくなってきて、体力も売り切れてきて、しかしそれでも、ラガとカベスタニーには勝てている実感があった。そのままゴールに飛び込んだ。点数的には、3セクションを1点で抜けているにもかかわらず、1ラップ目より9点も多い22点もとってしまった。疲れのために崩れたというべきだろう。ただし、今日のトライアルは誰にとっても厳しかったようで、ボウも2ラップ目は1ラップ目の倍の10点とっているし、ラガも2ラップ目には減点を増やしている。かろうじて減点を減らしたのは、カベスタニーだけだ。
しかしこの日、ほんとうに疲労困ぱいしたのは、ここから先の事件だった。ボウと二人で表彰式に出向いた藤波は、カベスタニーが3位と呼ばれるのを聞いた。チームの計算ではラガが3位のはずだったが、カベスタニーが上位だったのかと思いながら表彰台を見ていると、なんと次に呼ばれたのはラガではないか。ボウが優勝しているのはまちがいないし、とすると藤波はどこへいってしまったのか。
競技役員を問い詰めると、なんと失格だという。それはなんだ? 失格の理由は、サイレンサー交換をしたからだとのこと。不法にサイレンサー交換をするのは失格だが、しかし藤波はこの日サイレンサーなど交換していない。
表彰式のあと、FIMの役員がパドックへやってきて、マシンを再度チェックする。モンテッサのスタッフも、失格などあり得ないと猛抗議だ。藤波は、その渦中にいると血圧が上がりそうなので、少し離れたところで事態を見つめていた。
FIMのいうところでは、車検の時にサイレンサーにペイントを施している。そのペイントが、藤波のマシンには見られない。だからサイレンサーを交換したにちがいない、というのである。そんなことがあるか。
実は藤波らのマシンは、サイレンサーがとても熱くなる。過去にも、ボウのサイレンサーのペイントが、試合が終わったらすっかり消えて見えなくなってしまっていたということがあった。ペイントが、高温に耐えるものではないのだ。
FIMとチームとのやりとりは15分ほど続いただろうか。やがて、サイレンサーを外してみることになった。まず、カーボンファイバー製のプロテクターをはずす。すると、プロテクターの下から、ペイントが出てきた。金曜日の車検の時には、外装部品は練習用を装着している。土曜日に整備をして、これらのパーツを本番用につけかえる。サイレンサープロテクターも、このときに交換したものだ。交換したプロテクターが微妙に練習用のものとサイズがちがったか、金曜日のペイントが隠れて見えないようになっていた。これで、FIMは藤波に失格を宣告したのだった。
これで藤波は晴れて2位となった。しかし表彰式はラガが2位、カベスタニーが3位というままでおこなわれ、藤波が表彰台に乗ることはなかった。
今回の藤波失格事件は、ラガの陣営から寄せられた情報をFIMがとりあげたものだった。このところ、ラガとモンテッサチームの間には、そんなやりとりがよくある。もちろんモンテッサは一方的に被害を受けているだけなのだが、今回はちょっとひどかった。試合が終わった後、藤波はラガのところへ出かけていって、勝負は試合でつけよう、試合が終わってから、こそこそと告げ口するようなことはするなと、強く抗議をしたのだった。
あわや乱闘騒ぎになってもおかしくない、そんな一幕だった。トライアルは採点競技だから、目で見える形で勝負が決まらない。しかしだからこそ、正々堂々と戦うべきだ。
「もう、たいへんでした。これでもし失格にでもなってたら、ぼくは今年はもうトライアルをやってなかったんではないかというくらい、なんというか、生きている心地がしなかったというようないやな気持ちでした。きちんとした結果が出てよかったですが、よかったもなにも、疑われるようなことはなにもしていないんですから。世界のトップを争う世界選手権が、こすれば消えてしまうようなペイントひとつで結果が左右されてしまうなんて、そんなことがあっていいのか、そのへんのシステムも考えてくれないといけないんじゃないかと思います。トライアルについては、今日のトニーにはちょっとかなわないと思うのですが、ただぼくも絶好調ではない。ミスもあったし、後半疲れてしまって集中力を失ったところもあった。もっと改善できる余地はあります。今年はカベスタニーもコンスタントですから、さらに上に行く自信はありますが、そんなに楽でもないと思います。ただ、今回のこういう厳しい戦いで2位はいったというのは、ポジティブに考えていいと思います。次回はすっきりと、いいポジションに入って、表彰台に上りたいと思います」
日曜日 | |||
---|---|---|---|
1位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・Honda | 15 |
2位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・Honda | 35 |
3位 | アダム・ラガ | ガスガス | 41 |
4位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 45 |
5位 | ジェイムス・ダビル | ベータ | 81 |
6位 | ジェロニ・ファハルド | オッサ | 84 |
7位 | ジャック・チャーナー | ベータ | 91 |
8位 | ロリス・グビアン | ガスガス | 99 |
世界選手権ランキング | |||
1位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・Honda | 95 |
2位 | アダム・ラガ | ガスガス | 80 |
3位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 75 |
4位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・Honda | 69 |
5位 | ジェロニ・ファハルド | オッサ | 60 |
6位 | ジェイムス・ダビル | ベータ | 48 |
7位 | ロリス・グビアン | ガスガス | 41 |
8位 | ジャック・チャロナー | ベータ | 38 |