フランス大会から約1ヶ月。世界選手権は、多くのトップライダーの地元でもあるスペインにやってきた。今回の会場は、大西洋に近いスペイン北部。同じスペインといっても、藤波を始め多くのライダーが住み拠点としているカタルニア地方からは、ちょっと距離がある。
会場はスペイン選手権で何度か使われたところで、チームのメンバーによると、藤波も数年前にここを走ったことがあるということだった。そう言われて現地入りした藤波だったが、パドックには見覚えがなかった。前日の下見ですべてのセクションを見て回っても、やはり見覚えもないし走った覚えもない。当日、すべてのセクションを走りきっても、やはり覚えがなかった。どうやら、藤波にとっては、初めての会場だったようだ。
第1セクションと最終セクションはインドアスタイル。第2から第4までは乾いた岩のセクション。第5からは川に入り、おおむね濡れたコンディションのセクションとなっていた。川の中はとんでもなく滑る石ばかり。磨き石のようにツルツルで、しかも色が真っ黒いので、水の中の石の地形を把握しようにも、なにも見えない。
あまりに滑るので、前日の下見の時に(前日の下見では、セクションに入って足の裏でグリップを確かめることができる)ライン上の苔を落とすなどしておいたのだが、それでもラインを少しでもずれると強烈に滑る。たいへんに緊張感を強いられる会場だった。
今回も、トップスタートはトニー・ボウ(モンテッサ)。藤波は、前回フランス大会の日曜日に4位だったので、4番手スタートとなる。ボウ、アルベルト・カベスタニー(シェルコ)、アダム・ラガ(ガスガス)と、ライバルが藤波の前を走る。
序盤、藤波は絶好調だった。カベスタニーが第3セクションで、ラガが第4セクションで、そしてボウが第5セクションでそれぞれ1点を失っていく中、藤波だけがすべてのセクションをクリーンしていく。わずか1点ではあるが、第8セクションまでは藤波がこの大会をリードしていた。
第9セクションは、ちょっと手ごわかった。ボウが1点、これでトータル2点になる。カベスタニーは2点。これでトータル3点。ラガはここで5点を取った。計6点。藤波も、ここはクリーンができなかった。しかし2点。ボウに同点まで追いつかれたが、まだトップは藤波のものだった。
しかしその後、藤波はちょっとペースを乱した。滑る川のセクションはたいへんに緊張感をともなうものだったので、肉体的にも精神的にも、だいぶ疲れていたという背景もある。10セクションで1点、11セクションでも1点と、細かい減点が重なっていく。しかし藤波は、まずまずリラックスしていた。10セクションではカベスタニーが5点になっているし、11セクションではラガが5点になった。他にも彼らは足をついている。ライバルの後からスタートすることで、彼らの失敗が見ようとしなくても見てとれる。トップの座はボウに奪われたかもしれないけど、まだいいポジションにいるはずだ。このあたりの順位でゴールできるのではないかと、少し気が早いことを考えてもいた。
藤波の減点は止まらなかった。12セクション、13セクションと続けて2点。前半トップは、13セクションの時点で8点減点となり、この時点でボウの3点に5点差をつけられた。それでも、カベスタニーの11点、ラガの14点には、わずかだが確かなリードをとっていた。
ところが、状況が一変した。最初のつまずきは、1ラップ目の最終セクションだった。人工セクションのここは、上から飛び降りながら降りてくる設定だった。そこで、飛び足りなかった。藤波は、前転を喫して5点になった。これで、藤波の1ラップ目の減点は13点になった。ライバルはみな最終セクションをクリーンしたから、点数は変わらず。藤波はカベスタニーに逆転を許して、3位で2ラップ目に入ることになった。
いつもなら、1ラップ目と2ラップ目の間は、ちょっとだけパドックへ帰って、簡単な整備をした後、すぐに試合に戻る。しかし今日は、パドックに帰るといったんトラックに入った。クリーンセクションで5点となってしまったが、まだ戦況は悪くない。1ラップ目の感触から、藤波は1ラップの減点を5点前後だと見ていた。藤波自身も、それくらいの点数で2ラップ目をまとめあげる自信は、充分にあった。
だから1ラップ目の最後に不本意な5点をとってしまった藤波は、ここでじっくり怒りを鎮めて、気持ちを新たに2ラップ目に突入したかった。トラックの中で、一人気持ちを静めた藤波は、最終セクションの5点を引きずることなく、2ラップ目の第1セクションに向かった。
第1セクションは、大きな丸太が置かれていた。丸太に乗るには、一度タイヤを濡らさなければいけない。1ラップ目は、巨大な丸太はびしょびしょの状態だった。2ラップ目、藤波が第1セクションにやってきたときには、すでにボウもラガも通過してしまっていて、丸太は乾いていた。
そこに、そっとフロントタイヤをのせていったところが、あっという間につるりと滑った。聞けば、ボウも同じようにフロントを滑らせて落っこちたという。なんと、気持ちを落ち着けたのにも関わらず、最終セクションに続いて、2連続5点となった。
これはさすがにこたえた。なにせ藤波は、2ラップ目の減点を5点ほどでまとめてくるはずだった。それなのに、第1セクションでいきなり5点だ。しかもこのセクションは完全なクリーンセクションの予定で、5点はもちろん、足をつく予定すらなかった。
気持ちが乱れ、1ラップ目のライディングとはほど遠い2ラップ目となった。川の中のセクションは、難度が高かったこともあって、力を入れて走っていたというのも影響があった。体力的にも、2ラップ目はかなり厳しいことになっていた。その後も、1ラップ目同様、ポロポロと足が出る。
2ラップ目後半、藤波には珍しく、チームスタッフに戦況を聞いている。いつもは最後の最後まで、戦況を知ろうとせず自分に集中することに務める藤波なのだが、今日の後半は明らかに乗れていない。体力をセーブできるものならセーブして、最低限のリザルトを残したい。戦況を聞けば、ファハルドには点差が開いているから、4位はまず大丈夫だろうということだった。しかし3位に浮上するのは、まずむずかしいという判断だった。
それで後半は、クリーンを狙って無理をするより、足をつきにいって点数をまとめ、あわせて体力もキープすることにした。この日、2ラップ目後半の藤波は、明らかに集中力が途切れていた。
結果、藤波はカベスタニーに8点差で4位となった。1ラップ目の最終セクションの5点がなければ、ラップ・トータルは8点。2ラップともに8点でまとめるのは、大いに可能性があるところだった。2ラップを計16点でまとめて2位になる。それが藤波の予定だった。
ファハルドが5位となったことで、ランキングが5位から4位に浮上したことが、今回のせめてもの不幸中の幸いだった。
「今日はだめでしたね。スタートはよかったんですが、2ラップ目からだめになって、最後はもうバタバタでした。今日は1日を通じて集中力を持続できなかったということになります。ほんとうにくやしい思いをしました。前回フランス大会でもあったのですが、クリーンセクションで5点となることが最近ままあります。これをなくしていかないとい、結果は出ないですね。次回はひとつでもふたつでも、上に行けるようにがんばります」
日曜日 | |||
---|---|---|---|
1位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・Honda | 9 |
2位 | アダム・ラガ | ガスガス | 19 |
3位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 22 |
4位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・Honda | 30 |
5位 | ジェロニ・ファハルド | オッサ | 38 |
6位 | ジェイムス・ダビル | ベータ | 61 |
7位 | ロリス・グビアン | ガスガス | 63 |
8位 | ジャック・チャーナー | ベータ | 65 |
世界選手権ランキング | |||
1位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・Honda | 75 |
2位 | アダム・ラガ | ガスガス | 65 |
3位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 62 |
4位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・Honda | 52 |
5位 | ジェロニ・ファハルド | オッサ | 50 |
6位 | ジェイムス・ダビル | ベータ | 37 |
7位 | ロリス・グビアン | ガスガス | 33 |
8位 | マイケル・ブラウン | ガスガス | 32 |