大クラッシュ! そして病院行き。一時は場内蒼然で、安否も気づかわれる状態だった。とりあえず、ピンピンしているともいえないが、重大なケガというほどではないので、ご安心ください。しかし、たいへんな夜になったのは事実だ。
2011年、最初の世界選手権トライアル。Xトライアル第2戦はフランスの港町、マルセイユで、1月22日土曜日の夜に開催された。今回は、いつものノミネートライダー8名に加えて、フランスのロリス・グビアンがワイルドカードとして加わっている。
フランスのインドアセクションは、ひたすら高いスペインセクションとはちがって、滑るポイントがあったりして、難度はまた異なっている。
いつものように、最初は9名が規定時間内にセクションをこなして、セミファイナル以降に進出する6名を選抜するクォリファイ。今回は4セクション。上位6名に入ればセミファイナル以降に進出できるが、最終的に同ポイントとなった場合はクォリファイでの順位で優劣が決まるので、6位に入ればそれでいいという戦い方はできない。
トップを走るのはグビアン。次に、前回の5位から8位までの4人が抽選で出走順を決められて走った。最初にダビル、ブラウン、藤波、そしてチャロナーの順だった。
この4セクションがなかなかむずかしく、しかも時間も足りない。最初の1セクションを走り終えると、持ち時間6分のうち2分を消費しているという状態で、とても時間内に4セクションを走りきるのは不可能。事前にこの状況は予想できたので、ライダーも持ち時間延長の要望を出したのだが、中継などの都合があってスケジュールは変更できないという。くじで2番目を引いたダビルは、この時間配分もよくわからないまま、減点16、タイムオーバー5点、合わせて21点で絶望的な成績。うまく走破できれば問題ないとはいえ、今のルールでは、走行順も勝敗に少なからず影響してくる。今回のダビルは、ちょっと気の毒。とはいえ、それは昨年来、藤波もさんざん味わってきた不運でもある。続くブラウンはタイムオーバー4点を取りながらも17点。
減点を減らすこととタイムオーバーを極力減らすこと。これを念頭に4人目のトライが藤波。藤波は最初の2セクションを1点ずつで切り抜け、3つ目を2点。最後のひとつは5点となる要素が大きかったので、インですぐ自分から5点となってゴール。それでも1点のタイムオーバー減点がついた。グビアン20点、ダビル21点、ブラウン17点に対し、藤波は10点。この時点で藤波のセミファイナル進出は確定した。
その後、チャロナーが17点、ファハルドが10点をたたき出し、チャロナーとブラウン、ファハルドと藤波の間でタイブレイクがおこなわれた。クォリファイなれど、最終結果を左右する結果でもあるので、同点の場合は順位を決めておく必要があるのだ。チャロナーとブラウンの戦いは、ブラウンに軍配が上がった。
藤波はちょっと考えた。ファハルドとのタイブレイクに勝つと、藤波は4位でセミファイナルに進出する。するとダブルレーンの相手は、カベスタニーになる。一方、ファハルドに負けておくと、セミファイナルに5位で進出する。ダブルレーンで5位の選手と対戦するのは6位のブラウンになる。最近のXトライアルはダブルレーンが成績に影響する比重が高く、トップライダーは誰もが速い。カベスタニーは強敵だ。しかしまだ経験の浅いブラウンなら、ずいぶん楽な相手といえる。クォリファイの結果は、同点となった場合以外には、最終結果には影響がない。しかしセミファイナル以降は、減点はすべて加算されるから、ダブルレーンで減点しないために、ファハルドに負けておくという選択肢も悪くないものだった。
しかし実際には、藤波はファハルドに勝って、4位でセミファイナルに進出した。今回からオッサに乗るファハルドは、ずいぶんと気合いがはいっている。この大会前、練習場で顔を合わせた限りでは、マシンの仕上がりもずいぶんといいようだった。そのファハルドに、藤波は負けたくなかった。それに、もし最後に同点となったとき、自分から負けた結果で順位を落とすのもくやしいと思ったのだ。
クォリファイで、デビルとグビアン、チャロナーが敗退して、4人のスペイン勢に藤波とブラウンによるセミファイナルが始まった。
最初のダブルレーンは、ファハルドとブラウン。これはファハルドが楽勝だ。ブラウンはレースに負けた上に足つき減点も計上した。次が藤波とカベスタニー。残念、これはカベスタニーの勝利だった。藤波は1点減点となった。ラガとボウは、ボウの勝ちだった。
続いて4セクションによる勝負。これで、ファイナルに進出するトップ4を決める。第1セクションは、ラガとボウ以外は全員5点だった。第2セクション、藤波が2点とタイムオーバー1点で抜けた。ファハルドはここで5点。これでファハルドに対して逆転、1点リードをとった。その後、第3はボウを含み全員5点。第4はボウ以外は全員5点。ファハルドとの勝負は、ダブルレーンと第2セクションの二つで決まったことになる。1点差で、藤波のファイナル進出が決定だ。
ファイナルでも、まずはダブルレーンがおこなわれる。今回は、4人のライダーが総当たり戦で戦う。ラガとボウはボウの勝ち。次が藤波のレースで、カベスタニーに負けてしまった。次がカベスタニーとボウ。カベスタニーはボウにも勝っていい調子。次の藤波対ラガは、藤波が勝利した。みんなで勝ったり負けたり、ここまではいい戦いが進んでいた。
第5レースは、藤波とボウの戦いだった。ボウは速いし、まともに戦ったらなかなか勝つのはむずかしい。もちろんボウはチームメイトだし、今年もチャンピオンの有力候補だ。藤波は、ボウに「そんなに速くは走らないよ」と、暗に勝ちを譲るかのような会話もしている。勝ちを譲るかどうかはともかく、チームメイト同士、リスクの高いスピード競走でしのぎを削る必要はない。
なので、藤波とボウのダブルレーンは、ちょっとだけゆっくりしたペースで始まった。もちろん、ちょっとだけゆっくりであって、ダブルレーンだから、それなりのスピードではある。ボウがわずかにリード。そのまま、ボウが勝利して、藤波が2点目の減点を計上して終わるのが、ふつうのシナリオだった。
しかしどこに落とし穴があるかわからない。コンクリートのU字溝をぽんぽんと越えていき飛んでいく設定。ボウは青いU字溝のレーンを走っていた。藤波のレーンは、白く塗られていた。わずかに、滑り方に差があったのかもしれない。とはいえ、それが決定的な原因ではなかったはずだ。
藤波が白いU字溝に向かってマシンを飛ばしたところ、しかしフロントタイヤが届かなかった。瞬時に、フロントタイヤがU字溝の直前に落ちることになったのを察した藤波だが、もうこうなるとなす術がない。藤波は、うーもあーもなく前方に投げ出されてしまった。目の前には、白いコンクリートのU字溝。このままだと、顔面から着地する。とっさに、顔から落ちるのはいやだと思った。それで、首を丸めて、前方宙返りをするような態勢をとった。
ガンと、すさまじい衝撃があったのを、藤波ははっきり覚えている。意識は失わなかった。とにかく痛い。自分でも、たいへんなクラッシュになったという自覚はあった。もちろん、まわりは蒼然となっていた。
手足は無事に動いた。藤波は立ち上がって、次に始まるセクションへの準備をしようと歩き始めた。痛いながら、ライダーとしての本能と習慣がそうさせたのだろう。しかし無理だった。首が、まったく動かない。そのまま控え室に連れていってもらい、首を固定してもらった。しかしまた、首を固定するのが、また痛い。全身を固定されて、そのまま病院に向かうことになった。
ドクターが聞く。名前は? 奥さんの名前は? 娘の名前は? 監督の名前は?……。意識混濁を診断しているのだろうが、藤波自身は、猛烈に痛いながらも、意識がはっきりしていることと、今のところは手足も問題なく動いているという自覚はあった。最悪の事態ではなさそうだ。ドクターの質問にはすらすらと答える。「みんなの名前はゼンブスラスラと言えるけど、監督の名前だけは思い出せないなぁ……」。それで、心配して藤波も見つめていたシレラ監督を、ちょっと笑わせて、安心させた。でも、ドクターには怒られた。首のダメージは、冗談を言っているような場合でもなかったのだ。それに、奥歯も折れていた。
病院で、とりあえずレントゲンを撮った。写真を見ると、骨には異常がなく、神経に問題がありそうにも見えなかった。精密検査の必要はあるが、とりあえず大丈夫そうだ。それにしても、身動きが取れない。痛い。病院からホテルに連れて帰ってもらって「なにか食料を調達してくるから、休んで待ってろ」といわれたので、ベッドに横になろうとした。ところがそうそう簡単に横になれない。痛いし、動けない。やっとの思いでベッドに横たわったら、今度はそのままぴくりとも動けなくなった。しかたないので、深夜に食べ物を調達して帰ってきてくれるのを待ちながら、天井を見てすごすことになった。
試合は、藤波がストレッチャーにしばられて病院に向かう頃に、ほぼ終わっていた。ダブルレーンのあとは3セクションによって勝敗が決まる。藤波は当然3つとも5点となっている。しかしこの3セクションもむずかしく、ラガが13点、カベスタニーが14点を取っていたから、最終結果としては、藤波はカベスタニーに9点差をつけられての4位ということになっている。
翌日、藤波の首は、当日からすれば、ずいぶん楽になっていた。中継で映像を見ていたいろんなひとから、たいへんなクラッシュだったけど大丈夫か、という電話をもらった。いつもはほとんど連絡をよこさないラガも、心配して電話をかけてきてくれた。藤波自身は見ていないからわからないが、それはそれはショッキングな映像だったらしい。
今回は、正月早々のシェフィールドのインドア大会で負傷したマインダーのジョセップと、セカンドマインダーのカルロスと3人でのマルセイユ行きだった。ジョセップはいまだ骨折した手首を固定しているが、セクション攻略の相談に乗ってもらえることはできる。お助け仕事は、カルロスの役目だ。もちろんカルロスも、藤波と組んで長いので、いろんな相談相手になってもくれる。そんなこんなで、3人でクルマで移動して、3人で帰ってきた。手首を吊ったジョセップと、首を固定した藤波。ひどい風邪からようやく復帰したばかりのカルロスは、冗談まじりに「つ、次はおれかなぁ」と恐れおののくのだった。
とまれ、藤波は、首にひどい負傷を負った。たぶん、むち打ちの症状で、しばらくは首に違和感を残すことになるだろう。しかし症状は確実によくなっていくと思われるので、今は翌週に控えたツールーズのインドアトライアルへの出場をどうするかが当面のお悩みだ。その次の周にはバルセロナのXトライアル第3戦が控えているが、これはおそらく出場が可能だと思われる。
それにしても、まだ2011年も始まったばかり。ジョセップの骨折に続いて、なんともてんやわんやの新年のスタートとなっている。
「しかし、本当に痛かった。動けないし、痛いし、たいへんでした。今回、ようやくファイナルに進出できたと思ったら、ダブルレーンをみっつ走っただけで終わってしまいました。新年早々さんざんですが、ファハルドにだけは勝ちたいと思っていたので、それが果たせたのは、とりあえずよかったと思いますが、ほんとに、今でこそ少し笑えるようになっていますが、まったく笑えるようなクラッシュではなかったですね。みんなにも心配してもらって、ほんとうにありがたいです。とりあえず、大丈夫です」
Final Lap(決勝) | |||
---|---|---|---|
1位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・ホンダ | 16 |
2位 | アダム・ラガ | ガスガス | 29 |
3位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 31 |
4位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・ホンダ | 40 |
5位 | ジェロニ・ファハルド | オッサ | 20 |
6位 | マイケル・ブラウン | ガスガス | 23 |
Qualificarion Lap(予選) | |||
1位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・ホンダ | 2 |
2位 | アダム・ラガ | ガスガス | 6 |
3位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 9 |
4位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・ホンダ | 10 |
5位 | ジェロニ・ファハルド | オッサ | 10 |
6位 | マイケル・ブラウン | ガスガス | 17 |
7位 | ジャック・チャロナー | ベータ | 17 |
8位 | ロリス・グビアン | ガスガス | 20 |
9位 | ジェイムス・ダビル | ベータ | 21 |
PointStandings(ランキング) | |||
1位 | トニー・ボウ | 40 | |
2位 | アダム・ラガ | 27 | |
3位 | アルベルト・カベスタニー | 27 | |
4位 | 藤波貴久 | 15 | |
5位 | ジェロニ・ファハルド | 15 | |
6位 | マイケル・ブラウン | 8 |