前回、イタリア大会で、トニー・ボウのチャンピオンが決まっている。チーム、レプソル・モンテッサ・ホンダにとっても、最終戦の焦点は、藤波がランキング2位を勝ち取るかどうか、に絞られていた。
チームは藤波をランキング2位にして、ランキング・ワンツーを独占するために、作戦会議に余念がなかった。スタート順から、ボウが先に走ることになるのはまちがいがない。ラガが、これにぴったりとついて走るのも、容易に予想ができる。だからボウは、思いきり突っ走ってラガのペースをかく乱する。あるいはまた、早いペースでラガの疲労をさそおうではないか。さらにラガの減点など、試合状況を極力把握して、フジガスの勝利を演出する……。
セクションは、とにかく滑った。走れば走るほど滑る。だから、最初はボウを走らせるにしても、できるだけボウにぴったりついて早い段階でトライしてしまいたいのが、おおかたのライダー心理となった。ラガは、ボウにぴったりついている。作戦通り、ボウはラガを連れて、ラガのペースを乱すべく突っ走るが、しかし彼らの前には、ジュニアのライダーの大群が待っていた。なかなかペースが上げられない。結局、ボウとラガは、いつもの通りのトップ争いを展開してしまうことになった。
しかし藤波は、チームが一丸となって藤波のランキング2位に向けて動いてくれていることがうれしかった。調子は悪くなかった。ランキング2位を取らなければいけないというプレッシャーも、それほど感じてはいなかった。もちろん、ランキング2位を意識していないことはなかった。2006年以来遠ざかっているランキング2位の座である。藤波の前には、大きなチャンスが広がっていたのだ。
第3セクションで、藤波は5点を取ってしまった。インして岩を上がり、とびついて2段を上がるという設定だった。その2段で充分に飛びきらずに、つんのめったかっこうになってしまい、リカバリーもならなかった。失敗だ。しかし藤波は、そんな失敗をしながらも、充分に挽回できるのではないかと考えていた。5点を取ってしまっても、たいしてナーバスにもならずにいた。
それ以降は、クリーンも連発した。10セクションで1点をついたが、これは1日トライアルをやっていれば、避けられない減点ともいえる。減点自体はもったいない減点ともいえるのだが、すべてのセクションを、まったくミスなく走るのはとてつもなくむずかしいものだ。
しかし、そのあとの12セクションはちょっといけなかった。4段をポンポンポンと越えていく設定。しかしふたつめでリヤが滑り、登りきれなかった。そして岩にアンダーガードがあたって、そのまま落ちてしまった。これが、大クラッシュになった。人間は無事だった。といっても、藤波をかすめてマシンが落ちていったから、あぶなかったといえばあぶなかった。無事でなかったのは、マシンだった。サイレンサーが上を向いてしまい、ハンドルが曲がり、ブレーキもすっとび、ステップにもダメージがあった。とにかく大ダメージだった。
現場で、修復作業が始まった。これで、ボウやラガとは、すっかり離れてしまった。2ラップ目、ラガはボウを追い抜いてトップを走るほどだったから、いよいよラガの姿は見えない。
修復は大特急で行ったが、まず、ダビルが先行していった。ドギー・ランプキンも先へ行った。ジェロニ・ファハルドも、マイケル・ブラウンも先行していった。しかしメカニックのがんばりで、全員に抜かれるということはなかった。ひん曲がったサイレンサーはしかし規則上交換できないので、力技で曲げておいて、無理やりボルトを通すという修復作業も行った。こうやって修復したマシンは、おおむね元通りの性能を取り戻した。パワーはちょっと落ちたかもしれないが、大きな変化はなかったといっていい。
1ラップ目が終わったところで、見ようとも思わず、見たくもなかったのに、スコアボードが見えてしまった。そこで、藤波が予想していたより、ライバルのみんなの減点が少ないことを知った。想定できない減点ではないが、トライアルではすべてをパーフェクトに走ることはとてもむずかしいから、予想できる減点より5点や10点はよけいにとっているのがふつうだ。しかし今日は、多くのライダーが予想通りの減点でまとめてきていた。
2ラップ目の藤波の方針は決まった。とにかく、オールクリーンするしかない。それで、ライバルが崩れてくるのを待ち受けるしか、藤波にできることはない。そしてそのとおり、8セクションまではオールクリーンで進んだ。9セクションは1点。この1点も、まぁしかたない。次の10セクション。ここはツルツルから、2台の岩を狙う設定だった。1点をつくなら、抜けていけたはずだった。しかし、がまんをした。耐えすぎて、足をついたときにはもう遅かった。5点になった。
最終セクションで、みんなの点数を見てしまった。勝利も、ランキング2位も、表彰台もなくなったのを、このとき知らされてしまった。「あー、負けた」。そう思ってはいった最終セクションで、5点を取った。完全にメンタルの問題だった。しかし結果的には、このセクションをクリーンしていたからといって、順位がひとつも変わることはなかった。残念ながら、今日は5位となる日だった。
ランキング2位にもなれなかった。しかもリザルトは5位。5位は藤波にとってワーストに近い順位でもある。この日のセクションは、苔むした岩が多く、簡単に5点を取れる設定でもあったのだが、それにしても残念だった。
今回、藤波は髪の毛を短く切って試合に臨んだ。ランキング2位を祈願して、ということではなくて、これはとある夏休み明けの日、ボウと高地トレーニングをしていて、最終日に二人で「髪の毛を切るか」という話になって、そのままふたりでバリカンを持って髪の毛を切りあったのだった。ボウとおそろいの、チーム・ヘアーである。
さてこれで、2010年世界選手権は終わった。翌週はトライアル・デ・ナシオン。デ・ナシオンの会場はポーランド。チェコの隣の国だが、藤波は一度家に帰って、家族との再会をしてから、日本代表チームとして、ポーランドでのトライアル・デ・ナシオン二挑む。
「チャンピオンになった2004年を含めて、最終戦では好結果を残した覚えがないですね。最終戦というプレッシャーもあるのか、正直、よくわからないですが、しかしこの過去3年間、最終戦といえば緊張でがちがちになっていた覚えがあるのですが、今年はそういうことはなかった。結果はともかく、それは悪くなかったと思います。今年は2勝できたし、シーズンを通して、昨年よりはよい戦いができたと思います。ランキングももちろん大事だけど、やはり勝てないでシーズンを終了するというのは、とてもつらいことでしたから。戦いが終わって、モンテッサのパドックに帰る前に、まずガスガスのラガのところに寄って、おめでとうを言いました。終わった直後は結果に対してもたいしてくやしくなかったのですが、次の日にはものすごくくやしくなって、チェコからの帰り道はたいへんでした」
日曜日 | |||
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1位 | アダム・ラガ | ガスガス | 9 |
2位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 12 |
3位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・Honda | 13 |
4位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 16 |
5位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・Honda | 23 |
6位 | ジェイムス・ダビル | ガスガス | 44 |
7位 | ドギー・ランプキン | ベータ | 44 |
8位 | マイケル・ブラウン | シェルコ | 61 |
世界選手権ランキング | |||
1位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・Honda | 200 |
2位 | アダム・ラガ | ガスガス | 172 |
3位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・Honda | 161 |
4位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 143 |
5位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 142 |
6位 | ジェイムス・ダビル | ガスガス | 109 |
7位 | ドギー・ランプキン | ベータ | 97 |
8位 | ロリス・グビアン | ガスガス | 65 |