イギリスのトライアルのふるさと、スコットランドはフォートウィリアムで開催された世界選手権イギリス大会。セクションのいくつかは、伝統のイベントSSDT(スコティッシュ6日間トライアル)でもセクションとして使われた場所に設営されていた。岩はすべてがツルツルの悪魔の沢。ここに、世界選手権にふさわしい難度のセクションが作られたのだから、そのむずかしさも特殊なものとなった。高さそのものは、いつもの世界選手権ほど高いものではないが、むずかしさは立派に世界選手権のそれだった。
土曜日の藤波は、もてぎでの日本GPの結果を受けて、4番手スタート。ラガ、ボウ、ファハルドに続いてのスタートとなる。もてぎ同様、コンディションがつかみにくいセクション。しかも岩はどれもこれも天下一品に滑るので、前に誰かが走っているかどうかは、まったく状況がちがってくる。誰かが走れば、その跡を正確にトレースすれば、まだグリップはするのだが、誰も走っていないところは、どうしようもない。
今回は、ラガも苦しい戦いを強いられたことだろう。しかし藤波も、この戦いは苦しいものとなった。まず第3セクションで、きっちり締めたはずのハンドルバーが、動いてしまうというトラブルに見舞われた。不幸中の幸い、ここはクリーンで切り抜けたが、修復して試合を続けた第4セクションで、またハンドルが動いてしまうトラブル。ここでは3点を失ったが、そのスコアより、トラブルが起きたことによる精神的なわずかな動揺の影響がこわい。
気持ちを落ち着かせようとしているさなかに、今度はブレーキトラブルが発生した。おそらく、第5セクションあたりでリヤブレーキディスクを打ってしまったようなのだが、残念ながらそれに気がつかなかった。7セクションまで走ったところで、リヤブレーキがロックする事態となってしまった。ブレーキが熱を持って、ピストンが戻らなくなってしまったのだ。
ここでは応急処置を施して先へ進むことになったが、ところがトラブルは解決しておらず、次にはブレーキがまったく利かなくなってしまった。トラブルは解決したいが、しかしこの日、コースも長く、滑る岩場でてこずるセクションも多く、各セクションでは渋滞が発生。藤波らのトライ前に、ジュニアの選手がセクションを埋め尽くしていた。原因が分からないままだったから、藤波はブレーキがないまま、セクショントライを続けることになった。リヤブレーキが使えないために、マシンのコントロールができず5点になったセクションもあった。そうやって、11セクションまでをトライし終えた。
12セクションに入る前、リヤディスクが曲がっていることが発覚した。トラブルの原因は分かった。そこでリヤホイールの交換が行われた。しかし、熱を持ってしまって一度スカスカになってしまったブレーキは、そうそう元には戻らない。しかしリヤブレーキキャリパーを交換している時間はなかった。1ラップ目の藤波は、こうして細かいトラブルに悩まされながら15セクションを走りきることになった。
1ラップが終わって、パドックでブレーキの交換。ホイールもあらためて交換し、これでマシンのご機嫌はなおった。しかし渋滞もあり、1ラップ目に2点のタイムオーバー減点を喫していた。2ラップ目も、修理のために15分くらいストップしていたので、時間的には厳しい。少しペースを上げて走って見るが、前回日本GPを欠席してラストスタートに近いドギー・ランプキンと同じくらいのタイミングで試合を進めることになった。
成績について、藤波は絶望していた。トラブルでまともに走れていないのだから、ちゃんとした成績が望めるわけもない。6位だろうか、7位だろうか、たぶんダビルあたりにはかなわないだろうし、もしかするとブラウンらにも上へ行かれてしまうかもしれない。今日の走りでは、それもしかたないと半ばあきらめつつ、試合を進める藤波だった。
それでも2ラップ目は、まずまず藤波らしいスコアをマークして14セクションを走りきることができた。14セクション、というのは、第3セクションの岩が動いたため、安全を期して2ラップ目のトライがキャンセルになったためだ。
2ラップ目、藤波は細かい減点こそ多かったが、ボウに次ぐ2番目のラップスコアをマークした。そして、最終セクションに近くなって、チームにこの日の戦況を聞くことになった。2位、だという。
2位? 6位か7位かとあきらめていた藤波にとって、これは驚く結果だった。確かに2ラップ目は悪くはなかったが、この日の走りっぷりで2位とは、ライバルのみなさんは、どんな減点をくらっていたのだろう? うれしいというより、首をかしげるような試合の動向だった。
結果的に、チームの調査と公式結果とにくいちがいがあって、ランプキンが2位に入り、藤波は3位ということになった。ランプキンのスコアには、一部疑問の部分もあったのが、イギリス大会だし、相手がドギーだし、藤波チームは3位の結果をそのまま受け入れることにした。2位のはずが3位になったというより、藤波にすれば望外の3位表彰台だったのだ。
勝利はボウ、2位にランキング争いと関係のないランプキンが入って、3位に藤波ということで、ボウのチャンピオンシップのリードはいっそうかたいものになった。藤波のランキング争いのライバルのラガは4位。藤波は、そのポイント差を、2点縮めることができた。
明けて日曜日。マシンは完璧。スタートも3番手と、悪い位置ではない。しかし藤波は、勝利についてはあまり期待していなかった。土曜日の結果から、ボウがやはり圧倒的に優位につけているのは確認できたし、それは日曜日になっても大きな変化はないはずだった。土曜日に取りこぼした2位の座を取り返す。それが、藤波に与えられた目標だった。
セクションは、特に8セクション以降のSSDTの雰囲気を強く出した部分が、スコットランド大会独特になっていた。長い。とにかくセクションが長い。いけるか落ちるか、のような大岩はないものの、ラインを一本でも外れるとつるっつるに滑る岩々。時間もないし、一度マシンを止めてしまうと、次に走り出すのもなかなか苦労する。残り時間を告げられたら、もう足をバタバタついてセクションアウトするしかない、そんな状況だ。
藤波は、そんないつもとは少し趣のちがうコンディションの難セクションを、しかし楽しく走ることができていた。藤波のトライアルの目標は楽しく。この日は下見中にもマインダーのジョセップやカルロスと冗談を言いあう余裕があった。もちろん、セクショントライの時にはきっちり集中することもできていた。その切り換えがバッチリできているのが、藤波流のトライアルの楽しみ方だ。
ただし1ラップ目第6セクション、1点で抜けていたはずのところで5点と宣告されたのはちょっと落ち込みかけた。マインダーの指示は「残り2秒」だったのだが、そこでオブザーバーの笛が響いた。タイムオーバーだった。計り方はちゃんとしていたか? とオブザーバーにお訊ねするも、これはオブザーバーが正しいということで納得のいかない引き下がり方をするしかなかった。ちょっとへこんでしまって、その後ナーバスになりかける恐れもあったのだが、なんとか耐えることができた。
そんな矢先、またトラブルが起きた。13セクションのトライ中、リヤタイヤがパンクだ。それもただのパンクではなかった。タイヤがリムから外れる重症だ。13セクションは、3段に岩が積み上げられている設定で、どうやら1段目でパンクして、空気の抜けた状態で3段目に飛びついた。そこで、タイヤがリムから外れてしまった。幸い、片側の耳が落ちずに残ったので、セクション出口まで勢いに乗せてアウトした。スコアは、クリーンだった。
パンクしたタイヤはホイールごとここで交換、さらに念を入れて、1ラップが終わってからパドックでもう一度交換した。この作業で、トップを走るボウらには置いていかれ、土曜日ほどではないが、遅いポジションでトライをしていくことになった。
しかしその2ラップ目、藤波はめっぽう調子がいい。藤波の目立てでは、むずかしいのは第7セクションまでで、残りは油断こそできないが、充分クリーンをしていけるセクション群だった。だから7セクションで2点をついて、2ラップ目の減点を小計5点としたところで、悪くない感触をつかんだのだった。
ただし、勝てるかどうかはまた別の問題なので、そこは過度の期待を持たないようにしていた。藤波が、点数状況を知りたがらないのはチームも知っている。だから藤波には、チームも点数を教えてくれない。一度、ボウがチームに点数を確かめて切る現場に居合わせて、藤波も寄っていったのだが、おまえは来るなと追い返されたりもした。それが藤波にとっていい結果を生む道なのだと、チームもよくご存じなのだ。
点数は分からなくても、この日の藤波は自分の走りに満足していた。ちゃんとイメージした通りの走りができている。これで負けるなら、それはそれでしかたがないと納得できる走りだった。ポルトガルでも、こんな感じで走っていて、そしたら結果的に優勝ができた。優勝できるかどうかはわからないにしても、悪い結果ではないというのは、点数を見なくても、だいたいわかる。
ところが、12セクションあたりで、激しい雨が降ってきた。13まではSSDTゆずりの沢のセクションで、ここは雨が降っても、それほど決定的なコンディション変化にはならない。問題は、インドア風に設営された14セクションと15セクションだ。14セクションへやってきたら、雨の中、先行していたライバルが皆待機している。ひどい雨だったから、いっそ雨が岩の表面の泥やホコリを洗い流してくれるのを待っているのだ。藤波も、その集団に混ざった。
やがてボウが、トライを再開した。先行するボウは、藤波のスコアも知っているのだろう、今日はおれには権利がない、フジがんばれ、と声をかけてきた。トライしたあとは、雨で濡れているけど、グリップはだいぶ回復しているから、ドライのときとそんなに変わりなく走れるとアドバイスしてくれた。
チームからは、とにかくこの二つのセクションはクリーンしろという指示がきた。今難点なのか、誰がトップなのか、どういう展開になっているのか、そういう情報はいっさいなく、ただ、最後の二つのセクションをクリーンしなさい。指示はそれだけだった。
そしてそのとおり、最後の二つをクリーンした。2ラップ目、フジナミのラップ・スコアは5点。スタート前のボウの予想では「調子が良くて、うまくいって5点くらいかなぁ。試合ではいろんなことがあるから、まぁ10点くらいではないか……」ということだった。ボウは1ラップ目12点、2ラップ目15点で勝利を逃している。そこに藤波が5点で回ってきた者だから、さすがのボウもびっくりだった。
チームが藤波にナイショで警戒していたのは、カベスタニーだった。1ラップ目に藤波より3点スコアがよかったカベスタニーは、1セクションで2点、最終セクションで1点をついて、その時点で藤波の勝利が決まった。
今回のセクションは、スコットランド独特のもので、流れるようなライディングをする必要があった。そのスタイルに、4ストロークの特性があっていたというのはあったかもしれない。あるいは、藤波も30歳になって、点数をまとめられるメンタリティを身につけたというのもあったかもしれない。しかしいずれにしろ、この日の試合は楽しかった。楽しく走れて、自分の走りに納得ができれば、成績は自然とついてくる。それは、この数年、変わることない藤波のトライアル哲学だ。
藤波が勝利、カベスタニー2位でボウが3位、そしてラガが4位となったことで、藤波はランキング2いのラガに1点差まで詰め寄った。しかし藤波は、ランキング争いのことはまったく考えていない。ランキングが何位になるかというより、ひとつひとつ、上を目指していくこと、それが、2010年シーズンの藤波の戦い方だ。
次戦はフランス。7月11日、イタリアとの国境に近いサン・ミッシェル・ド・モリエンヌで開催される。
「日本で表彰台に上がれず、日本の皆さんには申し訳なかったし、なによりとってもくやしい思いをしてのイギリスGPでしたが、正直、勝てるとは思っていませんでした。土曜日には細かいトラブルがあったし、日曜日もやはりトニーのアドバンテージは大きいと感じていました。それでも、日曜日は自分の走りがしっかりとできたし、納得のいくトライアルができました。これで2位や3位だったら、それはそれで文句はないという戦い方ができました。そういう走りができたときには、やっぱり結果もついてくるんだと、あらためて思ったトライアルでした。次回はまたトップスタートになりますが、トップでの走りやプレッシャーは日本でいやというほど味わったので、次は2度目。あの教訓を生かして、次はもう少し自然体でトップスタートを乗り越えたいと思います。優勝を日本でお見せできず、ごめんなさい。でも、やりました」
土曜日 | |||
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1位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・Honda | 25 |
2位 | ドギー・ランプキン | ベータ | 38 |
3位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・Honda | 39 |
4位 | アダム・ラガ | ガスガス | 41 |
5位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 46 |
6位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 52 |
7位 | ジェイムス・ダビル | ガスガス | 71 |
8位 | マイケル・ブラウン | シェルコ | 73 |
日曜日 | |||
1位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・Honda | 21 |
2位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 23 |
3位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・Honda | 27 |
4位 | アダム・ラガ | ガスガス | 30 |
5位 | ジェイムス・ダビル | ガスガス | 47 |
6位 | ドギー・ランプキン | ベータ | 52 |
7位 | マイケル・ブラウン | シェルコ | 56 |
8位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 62 |
世界選手権ランキング | |||
1位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・Honda | 125 |
2位 | アダム・ラガ | ガスガス | 108 |
3位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・Honda | 107 |
4位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 92 |
5位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 85 |
6位 | ジェイムス・ダビル | ガスガス | 70 |
7位 | ドギー・ランプキン | ベータ | 57 |
8位 | マイケル・ブラウン | シェルコ | 44 |