苦しい戦いだった。日本のファンのみんなの前で。大きな声援を受けて、1年で一番力を出せる本拠地。そして、一番力を発揮しなければいけない戦い。藤波貴久は全力で日本GPを戦った。しかし、土曜日はアダム・ラガと同点、クリーン数も同じ。1点の数の差で、表彰台争いが決した。日曜日は、ジェロニ・ファハルドが相手だった。今度は1点差。どちらも僅差での負け。藤波が表彰台を逃したのは、甲状腺疾患の影響をもろに受けた2006年以来。くやしい、母国での戦いだった。
ポルトガルで勝利していた藤波のスタートは一番。ラインのないところが多いもてぎのセクション群を走るには、一番スタートはたいへんな不利だ。第1セクションのような、乾いた岩のセクションなら、コンディションがしっかりしているし、スタート順の不利はそれほど大きくない。スペイン、ポルトガルの計3戦は、いずれもこんなしっかりしたコンディションの大会だった。もてぎは、切り開いたばかりの土の斜面が多くある。誰も走らない状態と、誰かが走った後では、トライアルのラインとしてのコンディションは、大きく変化する可能性がある。
もちろん、一番スタートの不利は、コンディションの問題だけではない。真っ先に走るから、その前には誰もいない。ジュニアの選手が前を走っていることもあるが、走るラインが異なるし、そのジュニアの選手も下位のグループだから、残念ながら藤波が参考にできることはほとんどない。対して藤波の後ろには、藤波の走りを最大限に盗み取って、自分の結果を優位につなごうというライバルがひしめいている。後ろに誰かがいれば、自分のラインは見られてしまうのだが、しかし二番手スタートのライダーは、三番手以降に走りを見られることはあるが、藤波の走りを見ることはできる。藤波は、まったくライバルから情報を得ることなく、戦いを進めていかなければいけない。
最初の失敗は第3セクションだった。藤波の失敗を見て、後続は1回足をついて着実にマシンを進めていった。第4セクションは、藤波の失敗を参考にしつつも、登れたのはファハルド一人だったから、こちらは不幸中の幸いだった。
実はここで、藤波はマシンを傷めてしまった。第4セクションで失敗して納得のいかない藤波は、ここを克服して次へ進もうと1分の持ち時間のあるうちにもう一度岩に挑戦。しかしここで同じように失敗して、しかも今度はマシンがもんどりうって下まで落ちてしまった。第5セクションで修理を始めるが、その修理に20分ほど費やしてしまった。
ふつうなら、ここで後続が藤波を抜いて先行するものだが、誰もトップを走りたくない。ボウやラガはもちろん、日本勢を含めても、誰も藤波を抜いていかない。結局マシントラブルから復帰しても、藤波はトップバッターでセクションインすることになった。5セクションから7セクションまで3連続クリーンは、そんな藤波の意地でもあった。このラップ、3連続クリーンをしたのは、藤波とボウだけだ。
続いて第8セクションは、去年は滑る泥が表面を覆って、難セクションだったところ。ここを藤波は手堅く3点で抜けていったが、ファハルドが2点、ボウが1点、ラガ、黒山とクリーン。ここも、藤波が一番でトライしたゆえの結果だったといえるかもしれない。
藤波の1ラップ目は、31点で3位だった。トップのボウは17点。ボウにはやや点差が開いた。2位のファハルドには5点差。4位のダビルには4点差。2位は狙える位置だ。
2ラップ目、連続5点となった第3、第4は1点と2点で切り抜けた。第8セクションも、今度は美しくクリーンして見せた。藤波の追い上げは、順調に進んでいるように見えた。
鬼門は、後半の岩盤ゾーンだった。12セクションの最後の絶壁を登れずに5点、続く14も3点。勝てなかったときの藤波は、ここで失敗することが多い。今回もまた、そのジンクスがあたってしまった。
最終セクション、藤波はチームから戦況を聞いた。ボウとファハルドはまだゴールしていなかったが、彼らには届かないことが、この時点でわかっていた。雨を予測してか、藤波を抜いて先にトライしたラガは、2ラップ目に絶好調で、藤波に5点差まで迫っていた。藤波にすれば、5点を取らなければラガの上位に出られることもわかっていた。
そして最終セクションにトライ。水の流れる最後の壁へは、右のラインからトライした。これは、1ラップ目に選んで1点で抜けたラインだが、これがうまくなかった。ちょうど、藤波が最後のポイントにさしかかったところで、猛烈な雨が降ってきた。水の流れるセクションだから、この雨はそんなに影響はなかったと思えるが、それでもライダーの気持ちを多少は揺さぶってくれたかもしれない。ここにはもう一本別のラインがあって、ここを抜けたライダーのほとんどは、そちらのラインからセクションを攻略していったのだった。藤波、5点。
5点となったところで、藤波は表彰台を失ったのを実感した。ラガとは同点なので、もしかしたらの可能性もあったが、結果はクリーン数も同じ、1点の数の勝負で、3位表彰台はラガの手に渡っていった。
くやしい戦いから一夜明け、しかしいつまでもくやしがってもいられない。マシンを完璧に仕上げ、気持ちを完全に入れ替えて、4番手スタートの利点を最大限に生かして、今日の日を戦わなければいけない。
土曜日、試合の後、ボウとの雑談の中で、藤波はボウにほめられたという。いわく、今年3戦連続でボウはトップバッターで走ってきた。今回初めて4番手スタートをして、トップスタートがこんなにたいへんなものだとは思わなかった。しかもトップスタートが特にハンディとなるだろうもてぎで、あれだけの走りをしたのは脱帽だ、というわけだ。確かに、藤波の直後でスタートしたカベスタニーは、土曜日に7位に低迷している。
ボウは、この日一番スタート。ボウは土曜日の試合後の記者会見で、セクションは中盤クリーンしやすかった、と語っている。第6セクション、ハローウッズの庭ゾーンから、第9セクション、ハローウッズの森ゾーンにかけてだ。しかしこの日、ボウはここで2連続5点を取ってしまった。
この日、朝から乗れていたのは、ラガだった。1ラップ目、藤波には全部で5つの5点があった。ちょっととりすぎだが、ファハルド、カベスタニーも5つの5点を取っている。土曜日とちがって、雲ひとつないいいお天気だったが、それでもセクションの難度はそれほど変わらなかった。ワイルドカードで参加の日本勢は、全部で30のセクションのうち、ひとつ抜けられたかふたつ抜けられたか、という戦いを繰り広げている。
1ラップ目の藤波は、第6セクションで5点となった。ラガは1点をついたが、ボウ、ファハルドとクリーンしているセクションである。藤波も、予定通り、マインダーのジョセップのライン指示通りにマシンを進めた。しかし登れず。ここと信じたラインの岩が、がらがらと崩れたがための失敗だった。すべて完璧に進め、指示の通りにマシンを走らせ、それで5点になったのだから、藤波のくやしさは爆発した。第7セクションに到着したとき、ジョセップは藤波に平常心を取り戻させるのに必死。しかし藤波も、そのへんは充分にわかっている。ひとしきりくやしさを発散させたあとは、確実に第7セクションをクリーンしていった。
藤波の1ラップ目の減点は32点。これはラガの12点、ボウの21点、ファハルド、カベスタニーの31点に続く、5位にあたる。このままでは、終われない。そして少なくとも、表彰台の一角を獲得する必要がある。
2ラップ目の藤波は、とても集中力よく戦っていた。11セクションは、誰も彼もが登れなかった難所だから、ここの5点はそれほど大きな痛手でもなかったはずだが、しかしそこを、ラガとファハルドは登っていった。特に2ラップ目、ファハルドに1点で登られたのは、藤波には痛かった。
ゴール近くになって、すでにラガとボウには手が届かないことはわかっていた。表彰台争いのライバルは、ファハルドとカベスタニーだった。2日間の仕上げの15セクション。1ラップ目は、ここで失敗して5点となっている。最後の最後にここをクリーンして、藤波の2日間の戦いは終わった。
藤波の減点47点。カベスタニーは49点だったが、ファハルドは46点。僅差の戦いの末、ファハルドが表彰台を獲得、藤波は2日間続けて4位ということになった。
5戦終わって、優勝が1回、4位が4回。今年はむずかしい戦いを余儀なくされている藤波である。
次の戦いはイギリス。6月26日・27日、スコティッシュ6日間トライアルが開催されているフォートウィリアムでの開催となる。
「ほんとうに、ほんとうにくやしい戦いとなってしまいました。日本のファンの皆さんに、もうしわけない。たくさん応援を受けて、力をいっぱいもらったのに、こんな結果です。今年はスタート順が変わって、前回勝利したライダーにはものすごく不利な状況になっています。採点の解釈もちょっと厳しくなって、ぼくにすれば、過去いちばん厳しい採点を受けたという印象もあります。採点は厳正なものですが、それでこちらの集中力にも影響があったような気がします。でも、とにもかくにも、なさけないです。1日目の最終セクションはラインミスでした。岩盤での失敗は、あそこはちょっと苦手意識もあるのですが、そういったちょっとしたマイナス要素が、すべて悪いほうの結果につながっています。今回はほんとうにプレッシャーも大きかった。このくやしさ、そのまま次の戦いにもちこみます」
土曜日 | |||
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1位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・Honda | 31 |
2位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 44 |
3位 | アダム・ラガ | ガスガス | 56 (1点6) |
4位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・Honda 56 | (1点4) |
5位 | 黒山健一 | ヤマハ | 72 |
6位 | ジェイムス・ダビル | ガスガス | 74 |
7位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 81 |
8位 | 小川友幸 | ホンダ | 98 |
日曜日 | |||
1位 | アダム・ラガ | ガスガス | 31 |
2位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・Honda | 35 |
3位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 46 |
4位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・Honda | 47 |
5位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 49 |
6位 | ジェイムス・ダビル | ガスガス | 58 |
7位 | 黒山健一 | ヤマハ | 60 |
8位 | ロリス・グビアン | ガスガス | 74 |
世界選手権ランキング | |||
1位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・Honda | 90 |
2位 | アダム・ラガ | ガスガス | 82 |
3位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・Honda | 72 |
4位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 66 |
5位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 65 |
6位 | ジェイムス・ダビル | ガスガス | 50 |
7位 | ロリス・グビアン | ガスガス | 32 |
8位 | ドギー・ランプキン | ベータ | 30 |