マシンへの悩み、そこから復調を期した矢先の大クラッシュ。2009年の藤波貴久は、14年間の世界選手権参戦経験の中でも、今年はもっとも試練の年を迎えてしまった。この10年間、藤波にとって特別な戦いとなっている日本GPも、今年はこれまでとは少し意味合いがちがう。起死回生。この2日間で、藤波貴久のあるべき姿を、日本のみんなの前で披露したい。そしてそうしなければいけないという、瀬戸際でもあった。
土曜日は、少し暗めの空。天気予報は雨が降る旨を示していたが、ふりそうでなかなか降らない。ただし金曜日の夜には雨がそこそこたっぷり降っていたから、地面にはしっかり水分が含まれていた。滑りやすい、むずかしいコンディションであることは確かだ。
藤波自身のコンディションは、悪くはない。もちろん、イギリスで受けた打撲の後遺症は、いまだ痛みを伴ってはいる。それ以前からあったひじの故障も、まだ完治はしていない。しかし走り始めれば傷みを忘れてしまうところは変わっていない。痛みにうめきながらはしりたいという意思にストップをかけられたイギリス大会でのくやしさからすれば、日本のファンの前で元気に走っている姿を見せられることが、まずは藤波の喜びだ。
今年は、スタートがグランドスタンド上の、中央エントランスに設置された。第1セクションも、そのすぐ横にある。いつもとは会場の雰囲気もちがう。しかしもてぎスタイルともいえるセクションの趣は、慣れ親しんできた感じもある。
白く輝く岩を組み合わせた第1セクションをクリーン、土の登りの第2セクションをクリーンして、斜面に黒い岩が配置された第3セクション。ロリス・グビアンが1点で抜けているから、クリーンができないセクションではなかった。しかしここで藤波は最後の登り2段に失敗。5点となってしまった。その後、ダビル、ファハルド、カベスタニーが次々にクリーン。まだまだ先は長いが、少し痛い。ここではラガも5点になっている。
その後の藤波は、6セクションまではクリーンが続いた。といっても、ラガもボウもクリーンを続けているから、試合の流れに変化はなかった。逆に藤波は、ハローウッズの入り口にある岩盤の7セクションで1点、続く第8セクションでも1点を加えて、ボウに7点差。ボウはここまで一度も足をついていないから、どうしようもない。この時点での藤波は、4点のカベスタニー、ラガの5点、ダビルの6点に続いて、ランプキンと同点5位。第3セクションでの5点のハンディをなかなか返上できない。
この日の勝負どころは第9セクションだった。泥沼と滑る岩が、ハローウッズの庭園に据えられたこのセクションは、運がよければ3点、ふつうは5点という難セクション。
「3点以外は考えられない」
1日を終えた藤波がこのセクションを振り返って言った。ファハルド、ランプキンは3点となっているが、カベスタニーやラガは5点。そして藤波は3点だった。これが、流れを少し変える結果となった。クリーン数の差はあるが、藤波、ラガ、ランプキンが10点で並び、カベスタニーの9点を追うという展開だ。ボウはここをたった2点で通過した。今日の流れでは、ここでの2点はクリーンにも匹敵する。ボウ圧勝の流れは、このあたりからかたまってきた。
この後、14セクションと15セクションで1点を加えた藤波だったが、14セクションは難セクションで、ランプキンが2点で抜けたのが上出来だったから、これで藤波はポジションを2位に引き上げられた。ボウは14も15もクリーンで、1ラップ目の減点はたったの2点。これはどうしようもない。
2ラップ目、1ラップめに5点だった第3を1点で通貨。ここではボウも1点をついてしまったが、すでにボウのトップの座は、よっぽどのことがなければ揺るがないものとなっている。対して藤波は、第4でも1点を追加してしまい、ラガに1点差までつめられることになった。
去年の鬼門だったハローウッズの玄関口の滝セクションは、今年は2回とも美しくクリーン。しかし反面、やや難度を落としている第7をクリーンできずなのは、ちょっとくやしいところ。2ラップ目も第7では1点を失った。
最大難所の第9は藤波、ラガともに3点。今回もまた、ボウは2点でここをまとめて、いよいよ独走が濃厚になっていく。ランプキンとカベスタニーが減点を増やして、2位争いは藤波とラガに絞られてきた。今年はじめて、藤波が2位争いを演出している。
2ラップ目も終盤、11セクションでラガが5点。この日の藤波は、ラガよりもだいぶスタートが早い。ラガが11セクションをトライしている頃、藤波は岩盤ゾーンに到着していた。1ラップ目に1点だった14セクションで、藤波は2点。さらに最終セクションで1点を失った。1ラップ目と同じポイントでの減点だった。
やるべきことをやって、ライバルの到着を待つ藤波。最終セクションをクリーンしてきたラガの減点は、藤波より6点多かった。藤波の2位が決定だ。
「イギリスは、クラッシュでたいへんなことになってしまったけど、開幕戦やポルトガルとはちがって、調子はよかったんです。それがクラッシュで、その調子よさを見せられなかったというのがすごくくやしかった。今回も、イギリスのときとマシンのセッティングは変わっていないです。なのでイギリスでほんとうはこんな戦いができたというのが証明できて、それがよかった。今日のボウはちょっとどうしようもないですね。9セクションの2点は、ありえないです。胸の痛みは、2ラップ目からちょっとひどくなってきて、スプレーしたり痛み止めを飲んだりして、2ラップ目中盤くらいから少しおさまりました。だいぶよくなっているんだけど、疲れてくると傷みも出るみたいです」
明けて日曜日。お天気はすっかり回復した。むしろよすぎるくらいで、朝から暑い。
モンテッサのプレスリリースでは「明日も今日のリザルトを維持したい、そしてチャンスがあればよりよいリザルトをめざしたい」と控えめなコメントが掲載されていたが、もちろん藤波自身がそんなに控えめな気持ちでいるわけがない。ボウの技術の高さは認めつつ、勝てない相手だと思ったことは一度もない。
しかしこの日は、前の日に走っているセクションだけに、全員が点数をまとめてきていた。ボウだけがライバルではなさそうだ。それが決定的になったのが、第6セクション。ボウは出口のカードを動かしたということで5点。その光景を、藤波は第7セクションの下見中に目撃している。ちょっと厳しいなとは思ったが、しかたのない5点ともいえた。結果的には、これが試合の流れを大きく動かした。
第6セクションでの順位は、ラガが3点でトップ。土曜日は3位に甘んじていたから、ラガはここで一気に突っ走りたいところだったはずだ。しかしこれに並んでいたのが、黒山健一だった。この二人に続いたのがファハルドで4点。ボウと藤波は、クリーン差はちがうが5点で並んでいた。
ラガの好調は続いた。きのうの鬼門だった第9セクション。5点と3点が続く中、藤波が意を決してトライ。2点でまとめて大喝采を受けた。これは大きなアドバンテージとなるはずだったが、しかしここをラガはクリーン。ボウも1点でまとめて、このあたりから、トップ3の争いが明確になってきた。
次なる勝負どころは11セクションだった。カードがひとつ加えられて、まっすぐに登れなくなった土の斜面。黒山が豪快に登りきって3点。これを見ていたランプキン、ファハルドがクリーン。そして藤波もクリーン。トップライダーにとってはここもクリーンセクションかと思われたが、なんとラガ、ボウともに5点。これで藤波が、一気にトップに出た。
そこからが、藤波の真骨頂だった。最終セクションまで、気合いのこもったトライが続く。最終セクションまで全部クリーン。1ラップ目を終えたところで、藤波の減点は唯一人一桁の7点。
藤波を押さえてトップを守っていたラガは、後半14セクションで5点になると、15セクションでも5点となって一気にポジションを落としてしまった。1ラップ目が終わったところで、ラガは5位となっている。
2ラップ目、藤波はステディにセクションをこなしていく。ここまで、5点がひとつもないのは藤波だけだ。そして迎えた第9セクション。ラガのクリーン、ボウの1点も、藤波はそれほど無理をしようとは思わなかった。1ラップ目と同じ、2点くらいで抜けられればと思った難セクションだった。ところがここで藤波が5点。入り口の岩に、ブレーキペタルがひっかかった。空を仰いで短く吠えた藤波。ここで、藤波とボウの減点が並んだ。しかしボウはまだここをトライしていない。ボウが勝利するには、ここをクリーンしなければいけない。この時点では、まだ藤波に分があったともいえる。
ラガが、藤波と同じように5点となった後、ボウがトライ。ボウは見事にここをクリーンして、藤波と同点に追いついた。クリーン数はボウのほうが多いから、ここで藤波はボウにトップの座を奪われたことになる。ただし、クリーン差での勝敗が判明するのは、あとのことで、この時点では情報は少し錯綜していて、藤波とボウが拮抗しているということだけがはっきりしていた。
1ラップ目に勝負の分かれ目となった11セクション。藤波の前に、ランプキンが2点で抜けていた。1ラップ目のことを考えると、いけるかもしれない。しかしコンディションは、1ラップ目よりもむずかしくなっていた。
はたして、藤波のトライは失敗に終わった。気持ちを切り替えて次へ向かう藤波を見送って、ラガとボウはさらに下見。藤波とは別の、まだ轍のない斜面で向きを変えて登っていくラインを見つけた。特にボウは、ここを抜ければ、藤波に対して決定的なアドバンテージを得ることができる。
ラガが登りきれずに5点。それを参考にトライしたボウ。しかしボウもやはり5点。結果、ここでの勝負はノーカウントということになったが、大きな勝負どころとなったポイントだった。
その頃藤波は、ボウがどこかでミスをすることに望みを託して、必死でクリーンを続けていた。守りに入っていけない。しかし守らなければいけないものがある。トライアルのもっともむずかしい局面だ。
最終セクションをクリーンして、小さく、しかし力強いガッツポーズを示した藤波は、そこでスタッフにボウの減点を確認した。ボウもまた、足つきなしで間もなく最終セクションを迎えようとしている。
藤波が見守る中、ボウがクリーンで抜け出してきた。土曜日の2ラップめには、まるでデモンストレーションのようなライディングで最終セクションを抜け出てきたボウだったが、この日は地味に堅実に走り抜けた。ファンサービスをしている余裕は、ボウにもなかったにちがいない。
1ラップ目、藤波7点、ボウ13点。2ラップ目、ボウ7点、藤波13点。クリーン数、藤波22個、ボウ23個。クリーン数たったひとつの差で、ボウの勝利が決まった。
両日ともに2位。惜しかった。本当に惜しかった2位となった。しかしこの日は、藤波貴久がやはり世界のトップを走るライダーだということをあらためて実証した。
始動が遅れて、そのうえアクシデントで大きなハンディを背負った2009年の藤波だが、母国ニッポンで、力強い再始動に成功した。
「ほんとうにくやしい。勝てた試合だったのに。2ラップ目の第9セクションは、ラインがほんの少しずれてしまって、ブレーキペタルが岩にあたって落ちてしまった。足をついてあがれば3点では抜けられて、それなら優勝だったという計算はできるけれど、それは結果論でしかない。きちんと勝負してのこの結果だからしかたない。でもくやしい。ただこれで、自分がこのポジションで戦えるのだという自信にもつながったし、今後にもつながっていくと思う。日本のみなさん、2日間応援ありがとうございました。おかげで2日間、2位の表彰台に立つことができました。真ん中でなくてごめんなさい。次、がんばりますから、見ていてください」
土曜日 | |||
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1位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・Honda | 6 |
2位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・Honda | 21 |
3位 | アダム・ラガ | ガスガス | 27 |
4位 | ドギー・ランプキン | ベータ | 31 |
5位 | ジェイムス・ダビル | ガスガス | 31 |
6位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 33 |
7位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 34 |
8位 | マルク・フレイシャ | ガスガス | 46 |
日曜日 | |||
1位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・Honda | 20 |
2位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・Honda | 20 |
3位 | アダム・ラガ | ガスガス | 31 |
4位 | ドギー・ランプキン | ベータ | 31 |
5位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 35 |
6位 | マルク・フレイシャ | ガスガス | 44 |
7位 | 黒山健一 | ヤマハ | 49 |
8位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 57 |
世界選手権ランキング | |||
1位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・HRC | 137 |
2位 | アダム・ラガ | ガスガス | 118 |
3位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 86 |
4位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・HRC | 83 |
5位 | ドギー・ランプキン | ベータ | 80 |
6位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 76 |
7位 | ジェイムス・ダビル | ガスガス | 67 |
8位 | マルク・フレイシャ | ガスガス | 60 |