ポルトガルGPから1週間、今年の最終戦は、モンテッサの本拠地バルセロナから60km、ざっと40分の距離にあるパルクモトル(ParcMotor)という建設中のサーキット。トニー・ボウやライア・サンツの家からもほど近く、藤波にとってもホームグラウンド並の会場となった。
土曜日までは、藤波はポルトガルで発生したちょっとしたトラブルの解消に悩まされていた。藤波の左手は卓越したクラッチワークを発揮するから、クラッチに要求するレベルも高い。何度も組み合わせを調整して、それで練習もままならなかった。ようやく金曜日の午後になってマシンが安定して、ポルトガル以来の悩みはひとまず解消した。ただし、ポルトガルでの後味の悪いリザルトのひっくり返りは、そのまま。周囲は藤波に同情的だが、一度ひっくり返ったものは、再びはひっくり返らないようだ。藤波としては、失った2位の座が惜しいわけではなく(もちろん2位であればよりハッピーだが)、いつまでもこだわるつもりはないが、その過程が釈然としない。ともあれ、ここへきたら、最終戦この一戦をがんばることにこだわりたいところだ。
すでに藤波の世界ランキング3位は決定した。トニー・ボウ(モンテッサ)とアダム・ラガ(ガスガス)のタイトル争いは、計算上はまだ続いている。ただし、最終戦でランキングがひっくり返ることは、まずない。なのでこの大会は、各々、選手権の順位を押し上げるためではなく、1年の最後の戦いを、納得いくものにできるかどうかが課題となった。
ボウは、この日も調子がいい。第2セクションでアダム・ラガ(ガスガス)が5点、藤波が1点、ジェロニ・ファハルド(ベータ)が2点。藤波の幸先も悪くはなかったが、ボウはあっさりとクリーンして、さらにクリーンを重ねていく。
サーキットの周囲の山奥深くに入っていく沢筋に点々と設けられたセクションは、高い岩が目白押しで、難易度は高い。藤波がやや減点をとり始めた中盤、第7セクションの時点で、藤波の減点は7点。ラガ9点、ファハルド11点、ランプキン18点、カベスタニー20点に比べるとよいできだが、ボウはこの時点でたったの1点だった。ちょっと手がつけられない。
1ラップめ、藤波は15セクションを15点で終えた。14セクションを登りきれなくて5点となった以外は5点はないが、ボウは1点が3つのたった3点でラップを回ってきたから、勝利にはちょっと厳しい。順位的には藤波が2位、3位にラガ、ファハルドが4位。3人は1点ずつの間隔で続いていた。5位のカベスタニーは32点だから、トップのボウ、2位争いの3人、そして5位争いと、それぞれ間隔があいて、2ラップめに突入していく。
2ラップめ、1ラップめにはうまくあがった第2セクションで失敗。ここではボウも2点をとってしまっているが、ラガとファハルドは1点で抜けている。いきなり2位の座を奪われて追い上げにかかることになった藤波だ。その後はがまんを重ねてクリーンを並べたが、第6セクションでまた5点。ここもまた、ボウが2ラップめに3点をとった難セクションだが、一方ラガはクリーン、ファハルドは2点。状況は厳しくなってきた。もちろんラガもファハルドも、細かい減点はあるので、藤波が5点を重ねるほどには点差は開かないのだが、3人が3人とも、厳しい局面の中で試合を進めていっているのはまちがいなかった。
1ラップめに登れなかった14セクションを1点で攻略、ここで5点になったラガにつめよったかに思えたが、実はこの時点で、藤波の4位は事実上決定していた。2ラップめ、ラガとファハルドは5点をひとつずつに抑えている。たいして藤波はここまでにすでにふたつの5点を喫していたから、2位争いに勝つのはむずかしかった。
しかし藤波は、最後の最後まで気を緩めない。最終はジョルディ・タレス(スペイン。7回の世界チャンピオン)が設計した人工セクションで、難度か高い。岩から岩に一気に飛んでいくか、ひとつひとつ地面に降りて登っていくか。藤波は飛んでいこうと思った。しかし実際に飛ぼうとしたら、微妙にタイミングが合わなかった。それで途中で作戦を変更して地面に降りることにした。これが、藤波から時間を奪った。あとひとつ岩を越えるところで、残り5秒とカウントされた。リヤタイヤを理想の位置に置きなおしている時間はない。ままよと飛びついたが、マシンは無情にも岩を越えてくれなかった。
珍しく絶叫してくやしがる藤波。思いあまって、ゼッケンを引きちぎり、マインダーや関係者になだめられながらパンチを受け、ゴールすることになった。結果的には、最終セクションをもしクリーンしていても、ファハルドと同点となってクリーン差で破れての4位となっていたから、この5点が勝負に影響を与えたということはないのだが、1年の締めくくりにこんなかたちでセクション攻略を失敗して終わったわけだから、そのくやしさはいかばかりだったことだろう。
これでポルトガル大会と2戦続けて表彰台から脱落し、ランキングは3位。2008年シーズンは終わった。アメリカで1勝し、何度か勝利に近づいた大会もあったのだが、結果的には2位と3位が続き、最後には連続4位に甘んじた。本人の意識と、結果がうまくかみあわないという点では、不調に喘いだ2007年よりくやしいシーズンとなった。つまり藤波は、まだまだあきらめてはいない。最終セクションから落ちた瞬間、藤波の目は2009年を追い始めた。
「2ラップめの最終セクションがすべてという感じです。最初から飛ばないつもりだったら、そのつもりで時間配分をするんですが、飛ぶつもりだったから、狙いを定めたりして時間を使ってしまっていた。それで最後に時間がなくなってしまった。今日は、途中いくつか5点をとってしまって、そのたびに気持ちを切り替えてがまんを重ねて最終セクションまでやってきて、最後の最後がこの結果か、いったい5時間半、自分はなにをがんばってきたのかと、自分に対してとても情けない思いでした。それが、岩から落ちてからの叫びになってしまいました。今シーズンについていえば、勝てる兆しがまったくなかった2007年に比べて、実際に一勝したし、何度か優勝争いもしました。内容的にはずっとよくなっていると思います。それでも結果はランキング3位で変わらないので、結果として証明できるものがないというところが、残念でくやしいです。でも自分の中では評価すべきものがあると思っています。反省すべきところは反省しつつ、あまりネガティブにも考えないようにして、自分をほめるべきところはほめてあげたいと思います。そうして、また来シーズン、がんばりたい。1年間、みなさんの応援、ほんとうにありがとうございました」
日曜日/Sunday | |||||
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1位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・HRC | 3+7+0 | 10 | 23 |
2位 | アダム・ラガ | ガスガス | 16+10+0 | 26 | 19 |
3位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 17+10+0 | 27 | 19 |
4位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・HRC | 15+17+0 | 32 | 17 |
5位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 32+11+0 | 43 | 17 |
6位 | ドギー・ランプキン | ベータ | 35+25+0 | 60 | 9 |
7位 | マルク・フレイシャ | ガスガス | 56+25+0 | 81 | 11 |
8位 | ジェイムス・ダビル | モンテッサ | 47+44+0 | 91 | 9 |
世界選手権ランキング | |||||
1位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・HRC | 225 | ||
2位 | アダム・ラガ | ガスガス | 208 | ||
3位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・HRC | 183 | ||
4位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 142 | ||
5位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 133 | ||
6位 | ドギー・ランプキン | ベータ | 130 |