リスボンで足に負傷を負ってしまったため、この1週間はほとんどオートバイには乗らずにすごした藤波貴久。さすがに、歩くのも容易ではないほどの状態だったから、これでオートバイに乗るとはふつうなら誰も考えないが、それでも藤波は「ちょっと様子を見てみたい」「オートバイに乗れば気分がよくなってなおりも早くなるかも」と考える。
しかし藤波がそんなことを考えているのは、つきあいの長い人々にはすっかりばれている。
「絶対に乗るな」と念を押してきたのはシレラ監督。言うだけではなく、藤波のマシンをモンテッサのガレージに入れ鍵をかけてしまった。マインダーのジョセップは、藤波が乗れないならたっぷり整備をしようと目論んでいたが、それもままならぬ。シレラ監督にすれば、ジョセップにマシンを預けるのは、藤波に渡してしまうのと同じようなものなのだろう。
かくして、藤波が負傷以来はじめてハンドルを握ったのは、木曜日になってのことだった。といってもトレーニングをしたわけではない。モンテッサの駐車場で、シレラ監督の監視のもと、テーピングの先生とどんなテーピングをしたらいいかを模索するためだ。
ケガから足を守るためだけなら、テーピングで足をがっちり固めてしまえばいいようなものだが、藤波の場合はトライアルができなければいけない。動くべきところは動き、守るべきところは守る。そしてまた、テーピングがじゃまをして、引っ張られるような痛みに発展しないような巻き方をしなければいけない。マシンのテストと同様、いや今回の藤波にとってはそれ以上に、テーピングのテストは重要課題だ。
ベストセッティングのテーピングを見つけるだけではない。先生はミラノにはついてこれないので、藤波自身がそのテーピング処方を覚えて、現地で巻けるようにしなければいけない。
テーピング実習が終わったら、マシンはさっさと片づけられイタリアへ。翌日藤波もイタリア行き飛行機に乗り、こうして事前にほとんど乗らないままのミラノ大会が始まった。
今回、スタート順がいつもとちがった。スタート順は一定の順番でローテーションということだったが、ライダーが5人いて(タデウス・ブラズシアクとジェロニ・ファハルドはワイルドカード扱いなのでこの5人とは別)大会が9戦しかない。ということは、順番にローテーションしていくと、不公平が生じることになる。ということで、5戦が終わったところで残りは抽選で、ということになったようだ。抽選の結果、最初(といってもファビオ・レンツィ、ファハルド、ブラズシアクらワイルドカード組の次)にスタートするのはアルベルト・カベスタニー、以下トニー・ボウ、ドギー・ランプキンと続いて藤波、最後がアダム・ラガという順番になった。くじ運は、なかなかいい。
しかし今回は、どうにもハンディが多い。マシンに乗ってないし、満足に歩けないから、下見ができない。インドアセクションに駆け登って、ぽんぽんと飛び移って状況を確かめるなんてことは、今の藤波の足では不可能だ。下から見上げて、なんとなく状況を確かめるのが精いっぱい。これでは、本来の実力が発揮できるのかどうか、不安は大きいところだ。
ウォーミングアップでマシンを走らせてみれば、ずいぶんと乗っていないせいもあって、足が引っ張られて痛みもある。それでテーピングをやりなおしたりして、なんとかスタートする頃にはベストではないが最善のコンディションを得ることができた。この頃になって、痛み止めも効いてきた。
こんなハンディを背負っていたが、出だしはよかった。第1セクションはボウもカベスタニーも落ちている。ファハルドはかろうじて登ったが、どうも難関のようだ。ランプキンは、ちょっとちがうやりかたをして、ぎりぎりで登った。しかし藤波は、ここはあんまり心配していなかった。そしてそのとおり、ずばっと登ってしまった。幸先がいい。
そのまま第5セクションまで5連続クリーンを叩きだした。第5セクションまで、ランプキンが11点、ボウとカベスタニーが6点、ファハルドが5点。これはなかなかいいではないか。今日はいけるぞ、と藤波は思った。足は確かに痛みはあるが、走っていると痛みを忘れる。去年の指の骨折は、なにがあっても忘れられないくらいに痛かったが、今回は忘れられるくらいの痛みだ。
そして第6セクションがやってきた。ここにもむずかしいポイントはあったが、そこは難なくクリアして、最後のポイントになった。ところが、そこは飛び降りだった。
足の先生からは「絶対に飛ぶな」と念を押されていた。しかも、スタート前になって、携帯電話にメールまでよこす念の入れようだ。もちろんシレラ監督もすぐ近くで藤波のトライを監視している。気持ちよく飛んだりしたら、大目玉だ。もちろん怒られる以前に、からだを壊さないように走りきるのが今回の一番の目的だったから、藤波本人も飛ぼうなんて思っていない。しかし、飛ぶ以外にどうやってここを通過しろというのか。
そのためらいが、結果にでた。飛び降りも、飛び降りたところでぴたりと止まらなければいけなかった。条件は厳しい。藤波は足をかばって飛び降りたところが、バランスを崩してそのままコースを飛びだしてしまった。5点だ。
ボウが6点、カベスタニーが7点でクォリファイラップを終えているし、藤波のあとにはラガも控えているから、ちょっときわどい戦況になってきた。
そして続く第7セクション。ここもまた飛び降りがあった。飛び降りた先にはスロープがあり、そこからもう一段越えるという設定。飛び降り自体もけっこうむずかしいものだった。ここでもまた、飛び降りに躊躇があった。降りたところで、マシンがぴたりと止まらず、少し走ってしまって足をついてこらえざるをえなくなった。
「足を痛めたらどうしよう」。その思いが、結果的に、藤波の減点を増やしていく。
最後の第8セクションは、斜めに設けられた鉄板から、ボックスに飛び移るものだった。このキャンバー状の面がとても滑って、ここでさらに1点を加えて、藤波の減点はトータル8点。タイムオーバーが1点あって、全部で減点は9。このあと、ラガがオールクリーンで8セクションを終えたため、ダブルレーンはラガとボウ、藤波とカベスタニーが競うことになった。カベスタニーは減点7。タイムはカベスタニーのほうが勝っているので、藤波がカベスタニーを破ってファイナルに進出するには、ダブルレーンで3点以上の差をつけなければいけない。競技の性格上、それはほとんど不可能なことだ。
ダブルレーンで勝利した藤波は、またも1点差でファイナル進出を逃す結果となった。しかし試合が始まる時点では「はたして走れるのか」という状況だったことを考えれば、今日の結果はまずまずといえるのかもしれない。
ボウがラガに勝ったことで、チームとしてもまずまずの結果。ボウのタイトルが戦いごとに濃厚になっていく中、モンテッサチームのチームワークはますます高まっている。ファイナルでは、ボウのためにアドバイスをする先輩世界チャンピオンたち。と同時に、藤波はボウにアドバイスをしている自分が、ちょっとくやしくもあった。本当なら、勝ちにいくのは自分でありたい。
さて試合の翌日、酷使された足は、また少し腫れを伴っていた。しかし痛みはほとんどない。この調子なら、今週あたりはオートバイにのってのトレーニングも再開できそうだと思いつつ、先生やシレラ監督の監視の目が、ちょっと気になる藤波である。
「また1点差です。今回は、まったくバイクに乗っていなかったから、乗れるのかなーという不安もあったのですが、前半は意外に調子よく走れました。それでも結局またこの結果です。カベスタニーとも、一時はポイント争いで僅差だったのに、カベスタニーがどんどん進んでしまって、アダムと2位争いをしそうな感じになっている。くやしいけれど、今は足をきちんとなおすことが第一です」
Final Lap(決勝) | |||
---|---|---|---|
1位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 12 |
2位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・HRC | 16 |
3位 | アダム・ラガ | ガスガス | 18 |
Qualificarion Lap(予選) | |||
1位 | アダム・ラガ | ガスガス | 0 |
2位 | トニー・ボウ | レプソル・モンテッサ・HRC | 7 |
3位 | アルベルト・カベスタニー | シェルコ | 8 |
4位 | 藤波貴久 | レプソル・モンテッサ・HRC | 9 |
5位 | ジェロニ・ファハルド | ベータ | 17 |
6位 | ドギー・ランプキン | レプソル・モンテッサ・HRC | 21 |
7位 | タデウス・ブラズシアク | ベータ | 31 |
8位 | ファビオ・レンツィ | モンテッサ | 35 |
PointStandings(ランキング) | |||
1位 | トニー・ボウ | 51 | |
2位 | アダム・ラガ | 41 | |
3位 | アルベルト・カベスタニー | 39 | |
4位 | 藤波貴久 | 32 | |
5位 | ドギー・ランプキン | 27 | |
6位 | ジェロニ・ファハルド | 26 | |
7位 | タデウス・ブラズシアク | 6 | |
8位 | シャウン・モリス | 4 |